暴言カレンダーNG集① 殺村さんをストーカーしよう!(前編)

 九月二十五日。土曜日。とりあえず町田のお隣、相模大野駅の広場で待ち合わせ。

 大きな噴水のある気持ちのよい広場だ。

 春日さんと千代美先輩は既にベンチに座っていた。

「おはようございます。少々遅くなってしまい申し訳御座いません。いい天気でストーキング日和ですね」

「火野……くん?」

「おまえ……火野か?」

 ちなみに部長は四十五℃熱があるということでお休みである。

「ははは。お二人共変装姿がお似合いですね。春日さんは可愛らしいですし、千代美先輩はかっこいいです」

 春日さんは可愛らしいチョコレート色のニット帽を被り、赤ブチ眼鏡とピンクのマスク姿。千代美先輩は髪の毛をおろして大きなサングラスをしている。

「火野くんもかっこいいですけど……」

「やりすぎじゃねえか? そりゃあ」

 僕は赤と黒を基調としたカッコイイ覆面で変装をしていた。

「つーかどこで買ったんだよそんなもん」

「ウチは母がプロレスラーなのでこういうものが家にあるんですよ」

「ええええ! そうだったんですか!?」

「聞いたことありません? 『地獄の料理人』こと『デビルグリル・ヒノ』」

 女子レスラーとしてはかなりの売れっ子で、一年中全国を飛び回り毎日カラダを張って頑張っている。

「あー! 知ってます! あの体中からトゲを生やされてる方ですよね!?」

「そうですそうです!」

「……人間なのか?」

 収入は決して多くはないが、それでもそんな母を尊敬している。

「一応お二人の分の覆面も持ってきたんですけど被りますか? こちらの方が万全かと思いますが」

 カバンから取り出してみせる。

「わ、私はいいかな……」

「被るかバカ! もういいよ! はよ行こうぜ!」

「アレ。千代美先輩。あれほど渋っていたのに積極的ですね。納得して頂けたんです?」

「諦めたんだよ! おめーらどうせ言い出したら聞かねえから!」

 そう言ってスタスタと歩き出す。春日さんと顔を見合わせて苦笑。それを追いかけた。


 相模大野駅北口から歩いて十五分。坂をずーっとのぼった所に殺村家の邸宅がある。非常に有名な話で、地元の人間なら知らないものはまずいない。とはいえ、実際に訪れるのは三人とも今回が初めてであった。

「でけー! 何坪あんだよコレ!」

「東京ドーム何個分なんでしょうか」

『家』というより『城』だった。巨大な門の向こう側には広大な敷地、日本庭園が広がり、遥か遠くに五重塔のようなうず高い建物がある。あれがお宅なのだろうか。

「こんだけスペースあるなら住まわせてくんねえかなあ。ウチは狭くって」

「ははは。千代美先輩、分かります。ウチも六畳一間ですから」

「おめーの家は妹一人だからいいだろ。ウチは弟と妹が合わせて十一人いるんだぜ」

「そ、そうなんですか!? 私意外とお二人のこと知らないなァ」

 なるほど。それでこんなに面倒見がいいのか。

「でもどうするんだよ。お嬢が一日中引き籠ってたら」

「大丈夫です。今日出かける予定があることはそれとなく確認済です」

 予定を抑えるのはストーキングの基本である。

「うーん。うまく行くんかなあ?」

「なんとかなりますよ! とりあえずあそこの喫茶店に入りましょう」

 近くの喫茶店に座り、双眼鏡で入口を見張る作戦だ。

 首尾よく窓際の席に陣取ることができた。ここまでは全く問題なし。

「はあ。タイホされねえといいけど」

 なぜだか他のお客さんたちにチラチラ見られる。連れている女の子が二人共可愛いからだろうか。そういう関係ではないとはいえちょっと誇らしい。


「あっ! 出てきましたよ!」

 双眼鏡の映像。殺村さんらしき人影が門から出てくる。

「向こうも変装しているみたいですね」

 白い麦わら帽子を被り、マスクをつけ、さらにクロブチメガネをしている。

「金持ちって変装しないと命狙われんのかね?」

「でも学校には素顔で来てますよねえ」

 しかもなんだか大きなキャリーバッグを引いているようだ。

「とにかく追いましょう!」

 会計を済ませ店を出た。スリ足で後をつける。

(火野くん。ボディガードみたいな人がいなくて良かったですね)

(家の者にもナイショのお出掛けというわけですか。一体なんの用事なのでしょうか?)

(カレシじゃね?)

(カレシだったらもっとおしゃれするんじゃないかなあ?)

 ホシはこちらに気づくことなく駅に到着。小田急線に乗り込んだ。我々ストーカー部隊も乗り込む。

「どこまで行くんでしょうか?」

「電車賃イタイなあ」

 小田急線から新宿で乗り換え。現在は大江戸線に乗り込んでいる。

 もしかして物凄く遠い所に移動するつもりなのだろうか? だとしたらマズい。昨日貯金箱を粉砕したおかげで、手元に五〇〇〇円程度はある。しかし特急電車などに乗り込まれてしまったら手に負えない。

『次はートヨシマ園―トヨシマ園―』

「あ、降りるみたいですよ」春日さんが僕のシャツの袖を引っ張る。

「そのようですね。トヨシマ園っていったら遊園地ですよね?」

「プールアンド遊園地ですね。子供の頃一回来た記憶があります」

「ひ、一人で遊園地かぁ。あいつもなかなかのソロ活動家だなァ」

 もちろん我々も降車する。

 駅を出た殺村さんの目的地は。やはりトヨシマ園遊園地だった。

「ちょっと待てよ! あたし五〇〇〇円しか持ってねえぞ! 入園料払えねえ!」

「大丈夫ですよ! 大人一枚千円ですから!」

「安いな。まあそれなら」

 チケットを買い、入場口を通過した。

「でもなー。妹と弟たち置いて遊園地なんていいのかなあ」

「同感です。これなら妹も誘えばよかった」

「二人共家族思いなんですね。いいなあ。こんなお兄ちゃんとお姉ちゃん欲しかった」

 春日さんが微笑みながらこちらを振り返った。さすがに照れくさい。千代美先輩と顔を見合わせて苦笑した。

 さて。ヤッコさんはどこに向かうのだろうか。

「うーん。遊園地でもプールでもないみたいですね」

 春日さんによれば遊園地の入り口は既に通過。プールに行くならばこっちは反対側だそうだ。

「あとは確か釣り堀とかヤギとのふれあい広場みたいなものもあったような」春日さんが遠い記憶を探っている。

「そのためにこんな所まで来るか?」千代美先輩が大変ごもっともなことをおっしゃる。

 そうこうしている内に殺村さんが立ち止まった。

 ヤツが入っていったのは。

「こ、コスプレ広場!?」

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