第16話 暴食暴言デスマッチ

 午前八時十五分。生徒会室の前に立つ。

 肩にはサンタクロースが持つような巨大な袋。今日を闘うための武器がブチ込んである。

 背中には頼もしい仲間たちが四人。僕を後押ししてくれる。

「では参ります! うおおおおおおお!」

 僕は咆哮を上げながら跳躍、扉に対して強烈なドロップキックを放つ。

 ゴオオォォン! という除夜の鐘をついたような音と共に、扉はくの字に折れ曲がり室内にブッ倒れた。

「失礼致します!」

 生徒会室に堂々たる侵入を果たす。

 そこに存在していたのはもちろん。生徒会室の主。生徒会長。

 あやめさんは例の閻魔大王のような机にふんぞり返って座っていた。

 僕を認識するや、眉をひそめ不快感を露わにする。

「あれほど死んで下さいと言ったのに。まだ生きてやがりくさるんですの?」

 僕をゴミを見る目で見ながら吐き捨てた。ゾクゾクする。

「久しぶりに会話をしてくれましたね。嬉しいです」

 あやめさんは大きく舌打ちをした。

「なんの用ですの? 返答次第ではハチの巣に致しますわ」

 その言葉を受け、巨大袋からカレンダーを取り出す。

 そいつを両手で持ち、深々と頭を下げつつあやめさんに差し出した。

「これの販売許可を頂きに来ました」

 彼女はすべてを拒絶するかのような目で僕を見た。

「あなた。頭がおかしいんですの? それともふざけているんですの?」

 もう。そんな彼女が怖くはない。

「頭はおかしいのかもしれません。しかし。ふざけてはいません」

 まっすぐにあやめさんの氷のような瞳を見つめる。

「先日これを燃やされたとき。あやめさんは『私をバカにしているのか?』とおっしゃいました。そうではないと否定する僕に対して『口ではなんとでも言える』とも。大変正論だと思います」

「だったらなぜここに来た!」

 イスに座ったまま机を足で強烈に踏みつけた。

 一転して露わになる感情。目には怒りの炎が宿っている。

「僕たちは貴女をバカになどしていない! むしろ愛している! それを証明するために来ました! 言葉ではなく! 行動で! 体を張って! 命をかけて!」

 そう叫びながら袋を引きちぎり中身を全て取り出す。姿を現したのは『十合炊き 超大型炊飯器 オコメ・ザ・ジャイアント』。それからどんぶり、しゃもじ、箸。

「火野蛍は! 殺村あやめに! 『暴食暴言デスマッチ』での対決を提言する!」

 炊飯器に強烈な頭突きを喰らわせた。蓋がパカっと開き、炊き立てごはんの香りが生徒会室全体に広がる。

「な、なんですの? そのオバケみたいな炊飯器は! 何合あるんですのそれ!」

 さすがのあやめさんも目を丸くした。

「十合です! こいつを!」釜にしゃもじを突き立てお米をイイカンジに混ぜた。

「これを! あなたの暴言だけをオカズに食べきってみせます! それをもって僕の愛を証明する! 僕は貴女がオカズなら! いくらでもメシが食える!」

 生徒会室の窓ガラスを割るつもりで叫んだ!

「そ、そんなことできるはずがありませんわ!」

「できる!」

 睨み合い。無論。両者一歩も譲らない。

「いいですわ。ではこう致しましょう」

 あやめさんはゆっくりと立ち上がり、僕に歩み寄った。

「今からアナタに暴言の雨を浴びせてやります」

 僕の髪の毛をグシャっとひっつかむ。

「それを聞きながらその薄汚いクソ飯を召し上がりなさいな。見事食べきったら、もしくは私の暴言が出なくなったらアナタの勝ち。食べきれないか、暴言に本気で傷ついて泣いたらアナタの負け」

「僕が提案しようと思っていたルールと全く同じです。正直驚きました。もちろんなんらの問題も御座いません」

「アナタが勝ったらカレンダーの販売を認めましょう。負けたらなにをしてくださるんですの?」

 ――しまった。負けたときのことは一切考えていなかった。

「しょ、生涯を殺村さん専用の奴隷として過ごします」

 後ろの仲間たちがザワつく。

(おい……あいつワザと負ける気じゃねーだろうな……)

(大丈夫だと思います……たぶん……)

「ふふふふ。よろしいですわ。但し。私がアナタの喜ぶことをするなんて考えないことね。こっちもアナタを苦しめることに生涯を捧げてやりますわ」

「覚悟はできています。もし負ければの話ですが」

 ガンを飛ばし、中指を立ててやった。

「御託はいいですわ。とっとと始めますわよ」

 上着を脱いでセコンドの春日さんに渡す。

 そして炊飯器の前に大仏の如くアグラをかいて座った。

「準備はできました。いつでもかかってきやがって頂きたく存じます」

「殺村さんも準備よろしいですか?」

 春日さんが殺村さんに尋ねつつ、紙袋から母の私物であるプロレス用のゴングと、それを鳴らすための木槌を取り出す。

 殺村さんはアゴをしゃくり「早く鳴らせ」と春日さんを促した。

「それでは! 試合開始です!」

 木槌を振りかぶってゴングに振り下ろす!

 ――カーン!

「この汚らわしい、陰嚢をブラブラさせた野蛮人! あなたにはそんなしゃらくさ飯でもまだもったいないわ! もっと限りなくコエダメに近いドブ飯を喰らいなさい!」

 戦闘開始と同時、殺村さんは仁王立ちで僕を見下ろしながら叫んだ。

(このクソほどに軽蔑されている感じ……)

 僕のエンジンに早くも火がつく。

「始まった!」

「火野くーーーん! 頑張れー!」

「お兄ちゃん! ファイト!」

「負けたらぶっ殺すぞ!」

 しゃもじを釜に突っ込み米をどんぶりに投入。そいつを箸で豪快にかきこんでいく。

「なんですの! その食いっぷり! 完全なるブタ野郎! あなたはやはり日本一あさましい駄豚ですわ! この路地裏! 路地裏の貴公子!」

(米がスルスルはいっていく! 負ける気が全くしない!)

「その恍惚としたバカヅラ! オクスリやってるんじゃないの!? このジャンキー! 麻雀の鬼と書いてジャンキー!」

「すげえぞあいつ! ドンドン箸を動かすスピードがあがってやがる!」

「当然です! 火野くんの変態性はまだまだあんなもんじゃありません!」

「洞窟ドブネズミ! ぶら下がりヘチマ! サンダーボルトダブルバナナ! ラフレシアの姿焼き! ボロ雑巾のうま煮! ねたみそねみの刺身! 残留思念のにこごり!」

(謎の創作料理シリーズ! へっ! オカズには最適だぜ!)

「あなたは顔から判断して! 間違いなく痔を患っている! しかもイボ痔! あげくにイボはひとつではない! みっつ! 言って見りゃイボ痔のダグトリオですわ!」

(THE決めつけシリーズ! 春日さんが好きなヤツだ!)

「ひょっとこ! カワバンガ! ブサイクへのヒザ蹴り! ビッグマグナム張本先生! クラッシャー・リソワスキー! キングザウルス三世!」

(謎の偉人シリーズ! 大好物だぜ!)

「えーっと……バーカ! いかんせんバーカ! スイカの匂い! ホウ酸団子!」

「おい! もう半分いったんじゃないのか!」

「うん五合ぐらいいったよ! お兄ちゃん! 頑張れ!」

「火野くん! 手を休めるんじゃあないぞ! 相手も苦しい! ここがふんばり所だ!」

「くっ……! えーと! デベソ! あなたの御母堂デベソ!」

(小学生の悪口シリーズが出た! これは困っている証拠! 勝てる!)

 もう何杯目かも忘れたが、どんぶりにさらに米をブチ込む。

 体がめちゃくちゃに熱い。僕はたまらずYシャツを脱ぎ捨てる。

「あっ。けっこういい体……」春日さんのつぶやきが聞こえた。

「ウマズラ! チンピラ! 霊長類最後の恥知らず!」

「火野くん頑張れー!」

 春日さんの叫びにさらに力が沸き上がる。

 ――だが。その瞬間。あやめさんがニヤりと笑った。

「ま、あなたは最底辺のうんこですけど」

 突然。落ち着き払った声を発する。観客たちがザワめいた。

「一番クソなのは女の趣味ですわ」

 箸が止まる。

「あなたのカキタレのクソアマ。アレはなんですの」

 箸を動かすことができない。

「貧乳で貧相その上頻尿。しなびた野菜みたいなキリボシダイコンですわ」

「おい! まずいぞ! ヤツは自分のことならなにを言われたって平気。むしろオカズにするほどのド変態だけど!」

「周りの人間のことを言われると!」

「お兄ちゃんはそういう男です……!」

「どうしたのかしら! 手が止まってますわよ! もしかして「コレ」が清楚系ビッチ、言ってみれば精神的な汚ギャルだということに気がついたのです?」

 右手の小指を立てながら勝ち誇った顔。

「このリスザル! 乳なし! マカロニ! ミジンコの産まれかわり! パンツ盗まれてメルカリで転売されなさい!」

 もはや僕の方には目もくれていない。春日さんをまっすぐに睨み付けまくしたてている。

「火野くーーーーーーううううぅぅぅぅんんんんんんん!」

 だがそのとき。春日さんが突如、天地を揺るがすような声で僕の名前を叫んだ。

「忘れたの!? 私もドMだよ!」

 観客達がザワつく。あやめさんも目を丸くした。

「こんな暴言! むしろご褒美!」

 彼女は上気した顔でニヤりと笑った。

 そしてふところからメロンパンのようなものを取り出すと、

「うーん! おいしい! この糖分と暴言が奏でるハーモニー! 何袋でもイケる!」

 そいつをあっというまにに食べきった。さらにおかわりを取り出す。

 殺村さんの唖然とした顔。

(そうだ! 彼女は仲間だ! 僕の頼もしい仲間! 一番の仲間! そして僕は! 彼女のために! 負けるわけにはいかない!)

「うおおおおお! こんなものいらねえ!」

 僕はどんぶりを両手で握るようにして持ち、そのまま全身全霊の力を込める。

 どんぶりはゴリリと鈍い音を立てて粉砕、四散、雲散霧消された。

「あれは! フィンガーフレアクロー!?」

「知っているのかね! カスミちゃん!」

「父の――火野フレアボムズの必殺技です! お兄ちゃんは……パパの想いをも背負って闘っている……!」

 カスミの目に涙が浮かぶ。

「行けー! お兄ちゃん! 直接行ってやれ!」

 無論。そのつもりだ。しゃもじをつっこみ炊飯器から直食いする戦法に切りかえる。

「くっ! このゴキブリ水夫! なんて卑しい真似を!」

 さきほどの二倍の勢いで釜の中のごはんが消化されていく。

 だが。スピードが上がった弊害か体が異常な高温を発する。いわゆる人間火力発電所状態だ。

「暑いわバカ! 舐めとんのか!」

 制服のズボンを破り捨てるように脱ぎ、パンツ一丁になる。

 キャー! という悲鳴が数か所からあがった。

「なっ! そんなみっともないパンツ姿を晒して喜んで……!」

 殺村さんが両手のひらを頬に当てながら頬を赤く染めた。こんなときだがカワイイ仕草だなと思ってしまった。

「この露出狂! すっぽんぽん至上主義者! 洋服の虐殺者! ジャパニーズもち肌裸族! 裸だったらなにもかも悪いわ!」

 凄い密度の暴言。パンツ姿になったことであやめさんにも勢いが戻ってしまったようだ。

(かまやしねえ! 望むところだ!)

 さらに力を込めて飯を掬う。しゃもじという名の剣で未来を切り裂く!

「冤罪じゃない痴漢! 妹専門下着ドロ! 夜勤病棟! 団地妻! 社長秘書! 巨乳歯科助手! 山奥の尼さん! 温泉旅館の特別サービス!」

 ものすごい波状攻撃。それでも僕の心は折れない。折れないが。

(は、腹の限界が)

 物理的に詰め込むことが出来なくなってきている。しゃもじを動かす手が止まる。

「頑張れー! 火野―! あと少し!」

「火野くん! お願い!」

 応援してくれるファンのみんなのためにも。食べたい! 食べ続けたい! しかしながら物理的な限界には勝つことができない。

「ふん! もう限界のようね! だらしないコンニャク野郎ですわ!」

 あやめさんが怒鳴り散らしながらこちらに近づいてくる。

「とどめですわ! くたばりやがりなさい!」

 僕をビンタで吹き飛ばすと、プロレスの毒霧のごとくツバを霧状に吐き出し、炊飯器の中のごはんにかけた!

「き、汚ねえぞ! お嬢!」

「色んなイミでな……」

「そんなの反則です!」

「寝言はやめてくださる? 私は食べるのを邪魔しないなんて一言も言ってませんわ!」

 ――これが。あやめさんにとって致命的なミスとなった。

(これなら食える! まだ食いまくれる! あやめさんの聖水がかかっていると思うと! 腹が空いてくる!)

 足で反動をつけ起き上がった! 再びしゃもじをお釜に突き立てる!

(しかも! ごはんが湿り気を帯びて……お茶漬けみたいに食べやすいぜ!)

「くうううう! バカな! この変態だけはああああ!」

(しゃもじとか使ってんのもしゃらくせえ!)

 僕はしゃもじの両端を右手と左手で持ち、それを地面に立てたヒザに叩きつけた。必殺・シュミット式バックブリーカー。しゃもじはまっぷたつにヘシ折れた。

「ぬおおおお! 暑ちいいい!」

 自らの暴れによりさらに体温が上昇する。体から煙が出ているように錯覚するほどだ。

「邪魔くせえ! なんでこんなもん履いてたんだ! イミわかんねえ!」

 僕はパンツを脱ぎ捨てるとビリビリに破いてその辺にほおり投げた。

 凄まじい悲鳴。特に真正面にいるあやめさんの悲鳴が尋常ではない。

(よし! 行くぞ! これが最終形態だ!)

「とうりゃあ!」

 僕は逆立ちするような形で顔面を炊飯器の中に突っ込み、直接オコメにかぶりつく体勢に入った!

「こ、これは火野くんの愛読書の……!」

「犬神家の一族!?」

 僕は最高の好敵手に向かって叫んだ。

「どうしたあやめ! 必殺技で来てみろ!」

 彼女は静かに声を絞り出した。

「こんな汚らわしい粗末なものを……この私の前に晒して……しかも逆立ちしてお米を食べている……貴様だけは……貴様だけは……」

 地獄の底から湧き上がって来たような重低音。そして。

 あやめさんがスゥ……と息を吸う音がした。

「この……

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変態! 変態!」

「うおっ!」

「キャー!」

「なんだコレは!」

「これはまさか!」

(これが! 『マシンガンシャウト・ライク・ア・スコール』!)

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変態! 変態! 変態! 変態! 変態! 変態! 変態! 変態! 変態! 

変態! 変態! 変態! 変態! 変態! 変態! 変態! 変態! 変態! 

変態! 変態! 変態! 変態! 変態! 変態! 変態! 変態! 変態! 

変態! 変態! 変態! 変態! 変態! 変態! 変態!」

「うおおおおおおおおおおおおお!」

 もうなにがなんだか分からない。飯を食っているという感覚すらない。

 本能のままにめちゃくちゃに体を動かす。疲れや満腹感なんてもはや全く感じない。

 だが。

 やはり人間の肉体というものには限界が存在するらしい。

「がハッ……!」

 僕は全ての力を使い果たした。

「オゴッ……!」

 それと同時にスコールも止んだ。

 あやめさんは喉を抑えヒザをついている。僕も前のめりにばったりと倒れた。

 ぜえぜえと息をつきながら互いの目を見つめ合う。

 炊飯器のフタは閉じられていた。

「こ、これは……」

「しょ、勝敗はどうなるんだね!」

「炊飯器の中のごはんが無くなっていれば火野くんの勝ち、残っていれば殺村さんの勝ちでしょう」

 春日さんはそう呟き、炊飯器の前にしゃがみこむ。

「それでは! 蓋を開かせていただきます!」

 彼女の手により、炊飯器の開閉ボタンが押された。

 大きな蓋がゆっくりと開いていく。

 ゴクリとツバを飲む音が聞こえた。

 そして静寂。

「――!」

「――――!」

「――――――!」

「――――――――!」

「――――――――――!」

 静寂を破ったのは春日さんだった。

「か、完食! 火野くん完食! 米粒ひとつ残っていません! 暴食暴言デスマッチは! 火野蛍の勝利です!」

 そう叫びながら、床にほおり捨てられていたゴングを木槌で乱打する。

 ――ワっという歓喜の声。観客四人は抱き合って喜びを分かち合った。

 あやめさんは呆然としている。

(あやめさん……)

 なにか声をかけようと悩んでいる内に。彼女はこちらへ近づいてきた。

「負けました……わ」

 うつぶせに倒れる僕の右手を握った。

 どんな感情が現れているのかよくはわからない。複雑な表情だ。

 でも僕には。晴れやかな顔に見えてならなかった。

「カレンダーの発売を認めます」

 本屋部一同、歓喜に湧き立つ。

 僕の頬には熱いものがつたわった。

「なに!? 泣いてるんですの!? 大袈裟な人ね!」

「ずっとこのときを夢みていたんです。あやめさんに認めてもらえる。許してもらえるときを」

「みっともない泣き顔。本当にブサイクねゴミムシくんは」

 頭をやさしく撫でてくれた。

「パンツもズボンもやぶっちゃって。どうやって家に帰るつもりなの?」

「制服を、制服を貸してください……」

「仕方ないですわね」

 そう言いながらスカートのジッパーを下ろす。

 だが。あやめさんの前に春日さんが両手を広げ立ちはだかる。

「ダメです! 火野くんは私の制服を着るんです! か、彼は私のものです!」

 あやめさんは目ん玉を丸くした。

「おー! 萌美おねえちゃんがあんな自己主張を!」

「ハハハ! これは面白くなってきたではないか!」

「あたしのねーちゃんの制服をそんな変態プレイに……」

 互いに制服のスカートを下ろそうとする二人。

 僕は苦笑いするほかなかった。

「なんだー。お兄ちゃんもしかして一生童貞かと思ったけど、全然大丈夫じゃーん。わんちゃんサンピーもある」

 二人はしばらく睨みあいを続けていたが『間を取って部長のジャージを借りる』という落としどころがついた。

 あやめさん、春日さん、共になぜかわりと満足そうであった。それは彼女たちがホモサピエンスであるからかもしれない。


 着替えは完了。持参した炊飯器、しゃもじの残骸、どんぶりの残骸などを紙袋にしまい、撤収の準備はOK。今日中にカレンダーのデータを持って印刷所にかけこまなくてはならないのであまりゆっくりはしていられない。

「ではあやめさん。われわれはこれにて失礼致します。本当にありがとうございました。そちらのカレンダーは差し上げます」そう言って机の上に置いたカレンダーを指さした。

 あやめさんはそれをパラパラとめくる。

 なぜか。その表情がドンドン険しくなっていった。

「ちょっと待ちなさいな」

 ドスの聞いた声。僕たちをケモノのような眼光で睨み付けた。

「私個人は許しても! 生徒会長として! こんなドブモグラみたいなクオリティーの物体は認められませんわ! 舐めてるんですのあなたがた! これだから最底辺のクソ部活のクソ商品は!」

「えええーっ!?」「デザインとか頑張ったつもりなんですけど……」

「そんなこと言ってんじゃありませんわ! あなたがたは根本的に勘違いをしている!」

 机を両手の拳で思い切り叩いた。

「私がなぜこんなに暴言を吐いても許されるのか! 考えたことございます!?」

 部員一同、首を横に振る。

「それは私が美しいから! 美人だから! もしも私がブスだったら、こんな暴言を吐くメンヘラのメスアマは相手にもされずに今頃豚箱で臭い飯ですわ!」

 五人全員が「確かに」と声を揃える。

「従って! このカレンダーには最も大切なものが欠けている! それは写真! 私の写真ですわ!」

 全くもってその通りだ。やはりあやめさんは伊達や酔狂で生徒会長をやっているわけではない。

「いい!? 表紙を含めた全ページに私の写真を掲載するわよ!」

「ええええ!? 今からですか!?」

「印刷が間に合いませんよ!」

「チンピラ共! 四の五のヌカすんじゃありませんわ!」

 立ち上がって、クローゼットと思われる金色の扉に手をかけ、一気に全開にした。

「うおっ! これは!」

 中に入っていたのは大量の衣装。ナース服やチャイナ服、OL風のスーツに他校の制服、学ラン、浴衣、晴れ着にウェディングドレス。さらにさまざまなアニメのコスプレ衣装まで。ド派手なものばかりだ。

「うわあ……」千代美先輩が眉をひそめた。

「な、なんか文句がありますの!? コスプレが趣味で悪い!? 美しい人間がさらに美しく見えるように努めるのは義務ですわ! 納税ナミに!」

「あー! これ! トウラブの衣装じゃないですか! すげークオリティー! 先輩がつくったんですか?」

 カスミがあやめさんの腕にまとわりつく。

「……さっきから気になってたんですけど。この子誰ですの?」

「僕の妹です」

「そ、そう。案外と可愛いじゃない」

 カスミの頭をポンポンと撫でた。

「ゴホン……! とにかく! 時間がありませんわ! いますぐ始めます!」

 スカートのポケットからスマートホンを取り出し、なにやら操作した。――すると。忍者屋敷のごとく、壁の一面がウイーンと開いた。

「隠し撮影スタジオですわ!」

 みんなポカンと口。

「早くしなさい! 今日中に三六六枚! 間に合わなくなっても知らないですわよ!」

(イキイキとしてるな。久しぶりだ。こんなあやめさんは)

 撮影会を行った。せっかくなのであやめさんの写真だけでなく、僕や春日さん、千代美先輩や部長、カスミのコスプレ姿の写真もたくさん撮らせてもらった。いまでも大切に保管してある。ヘンなイミではない。大切な思い出ということだ。

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