第12話 まさかの顔面シャワー!

「ごめんなさいごめんなさい! あんなに良くして頂いたのにお礼も言わずにあんな限界集落ブタミミズみたいな態度を取って、私みたいなこのクソメスはホントにもおおお! お願いですからサツガイ、しかるのちに土葬して下さい! 市中を引き回すなどして! 或いは晒し首! 電気椅子! 断頭台! アイアンメイデン! 人間ミンチマシーン!」

 朝から春日さんのジャックナイフ式ローリング土下座が炸裂した。

「すげーうっせー。なにがあったんだおめーら」

「なにもなかったのがいけなかったのです」

 千代美先輩はなんじゃそらと首をひねった。

 それはまァいいとして。

「千代美先輩。部長から連絡は?」

 今日は朝の打ち合わせをする予定なのだが、部長の姿が見えない。

「いやあたしにもなんも。朝から病院に運び込まれてるパターンかな?」

「じゃあ打ち合わせ始めます?」

 などと話していると、突然入口のドアが開く。

 そこには一人の見知らぬ生徒が立っていた。

(んん!? こんな美少年ウチの学校にいたか!?)

 スラっとした長い手足、二重瞼と長い睫毛で装飾された宝石のように澄んだ瞳、高く整った鼻筋、透き通るような白い肌。まるで絵画に書かれた人物のようだ。

「あの。どなたですか?」

 そう聞くと彼は体をのけぞらせてハハハハと笑った。無造作にセットされた茶色い髪の毛がサラっとなびく。イヤミなほど爽やかである。

「なにをボケているんだい? 芥川又三郎だよ。部長の芥川!」

 僕と春日さんの「ええええーっ!」という声が重なる。

「幼稚園年少以来かな。体調がいい又三郎を見たのは」千代美先輩は苦笑した。

「失礼な。小学生時代も二日ぐらいあったさ」

 イスに足を組んで座る。それだけで王子様の雰囲気を漂わせていた。

「いやあ。やたらと調子が良くてね。今なら空さえ飛べる気がするよ」

「なにかよいことがあったのですか?」「あっ! もしかして!」

 春日さんと顔を見合わせる。

「そうだ! 例の奴、今日発表じゃないですか!?」

「ザッツライト!」

 部長はカバンから取り出したライトノベル雑誌を机にバチーンと叩きつけた。

 そいつを手に取りページをめくる。春日さんと千代美先輩が後ろから覗きこむ。

「あ、火野くん! 今のページじゃない!?」

「そうだ!」

 ライトノベルの新人賞『あかほしさとし賞』の発表ページ。

『金賞 賞金三〇〇万円:該当者なし』

『銀賞 賞金一〇〇万円:該当者なし』

『銅賞 賞金 五〇万円:「異世界に転生した俺のかっこよさがチートすぎてヤバイ」芥川又三郎(十八歳)』

「すごいですー!」「おめでとうございます!」「マジかー? アレでー?」

「ハハハハハハハハハハハハ! 大したことはないよ!」

 部長の素晴らしい満面のドヤ顔が炸裂した。

「ちょっと貸してみ」

 千代美先輩が雑誌を手に取り読み上げる。

「審査委員長のあかほしさとしのコメント『今回の応募作は本当に生ゴミにも劣る作品ばかり。読んでいて気が滅入り精神がどどめ色に汚染され、隣接宇宙のコスモ・ブリスコに飛ばされかけました。そんな中芥川さんの作品はなんとか食べられないこともない残飯。ゴミ捨て場に捨ててある残飯。そんな印象の作品でした』だって。ドエライ大絶賛だな」

「うるさい! 先生もボクに期待しているからそういうことを書くんだ! きっと!」

 千代美先輩を睨み付けた。怒った顔も大変絵になっている。

「なんにせよ。ボクはデビュー決定! 部の存続にも光明が見えたな」

「部の存続? どういうことです?」春日さんが部長に問う。

「わかるだろう? まずこのボクが『あかほしさとし賞』を受賞したことを宣伝しまくる。しかるのちに『未来の大作家芥川又三郎の作品が掲載された同人誌』ということで今作っているものを売り出すんだ!」

「おめーが自慢したいだけじゃねえのか?」

「違う! とにかく! まずはボクが受賞した旨を伝えるポスターを作って、学校中に貼りまくるぞ! さらにチラシも配る! 春日さん。ポスターとチラシの制作をお願いしてもいいかい?」

「わかりました!」春日さんがチェリコンを起動する。

「ホントにそんなんでウリアゲ上がるのかー?」

 まあ見てなってとばかりに満足げに腕を組む部長。

「賞金五十万円ってのも嬉しい所だ。なに買おうかな。ははは」

「パソコンを買ってはいかがでしょう。これから必要になるでしょう? なにせデビューされるんですから」春日さんが提案する。

「ああ。そうか。その通りだな。どんなパソコンがいいだろう? やっぱりファッキントッシュよりサクラコンピューターがいいのかい?」

「個人的にはサクラ推しですけど、最初はファックの方が使いやすいかも知れないですね。やや安価ですし、ウイルスやクラッキングにも強いらしいので」

「そんなことよりさ! なんか奢ってくれよ! 焼肉とか!」

 部長のおかげで。このところオツヤ状態だった本屋部にも明るい雰囲気が戻ってきた。

「あれーやっぱりパソコン調子悪いなあ。部長。ちょっと時間かかっちゃうかもです」

「昨日の台風の影響ですかね?」

「ハッキングでもされてんじゃねーの?」

 春日さんはうーんと唸りながら腕組みをしている。

「まあまあ。焦る必要はないさ」

 部長が爽やかな笑顔を見せつける。なるほどこれは千代美先輩がベタ惚れするわけ――

「そうだ」ひとつの妙案をひらめいた。「ポスターに部長の写真を載せてはいかがでしょうか?」

 部長は「ボク?」とでも言いたげに自分を指さした。

「今の部長はあやうくホモになりそうなぐらい美少年ですから。アピールすべきかと」

「自分ではそうは思わないが」

「なんでそんなとこだけ謙虚なんですか。春日さん。撮ってあげて下さい」

 春日さんがポケットからスマートホンを取り出す。はいチーズ! というと部長は髪をかき上げてかっちょいいポーズを取った。なんだかんだノリノリである。

「あ、いいこと思いつきました!」春日さんが写真の出来栄えを確認しながら弾んだ声で言った。「みんなで写真撮りましょうよ。たまには」

「えー。いいよあたしは」

「そんなこと言わないで。ほらほら。部長も」

 部長と千代美先輩の背中を押し、僕と春日さんが座っている後ろに立たせる。

「じゃあ撮りますよー! はいチーズ!」

 スマートホンを構えシャッターを押した。

「ほら。見て見て。すっごくいい写真じゃないですか?」

 画面を覗きこむ。

「ああ。これは大変よい写真ですね」「でしょ?」

 四人で身を寄せ合って。みんな自然ないい表情だ。

「これ印刷してみなさんに渡しますね!」

 僕だけでなく、部長と千代美先輩もまんざらでもなさそうな顔をしていた。

「二人は文化祭で引退か。寂しいな」

 春日さんが写真の先輩たちが写っている部分を拡大する。

「なあにショゲてんだよ」千代美先輩が僕の肩に強烈なチョップを打ち下ろした。「おまえにはこいつがいるだろう」

「うむ。キミたちはベストパートナーだ。なんとなく。来年も――なんだったら再来年も一緒に頑張りたまえ。留年して」

 春日さんは無言で僕を見上げた。

「よろしく、ね」「はい。もちろん」

「じゃあツーショットも撮ってやるかー。オラ! 笑え!」

 千代美先輩が春日さんのスマートホンを手に取り、なぜだかインスタントカメラを使うときのように、片目をつむりながらシャッターを押した。


「素晴らしい出来栄えですね。春日さんはデザインの才能もあるのでは?」

「ええっ!? ありませんよそんなの! だって私うんこですもん!」

 ポスターを貼りながら教室に向かって歩く。掲示板はもちろんのこと、廊下の壁、床、窓、天井。ありとあらゆるところにベタベタと貼付してしまった。あとで先生に怒らるかもしれないがまあよしだ。

「そういえば忘れておりましたが。お、お返し致します」

「制服と下着……ですよね。ありがとうございます。あの。妹さんのお洋服は今朝洗濯してまだ乾いてなくて」

「明日でも問題ありませんよ」

「妹さんに宜しくお伝えください。今度三人でお茶でもしませんか?」

 さらに教室のクラスメイトたちにもチラシを配布する。

「このイケメンだれ?」「こんなイケメンが書いた本なら読みたい」「本にイケメンとの握手券はつくのか」「てゆーか俄然付き合いたい」「男だけど突き合いたい」

 などと大きな反響があった。これは僕の功績であると言ってよいだろう。

 と。教室の後ろの扉がやや乱暴に開かれた。

 開いた扉の向こう側には、美しい黒髪とギラギラ輝く瞳が印象的な少女が立っていた。

 春日さんはその姿を確認するや、リスのように駆け彼女の前に立つ。

「殺村さんおはよー。あの。よかったらコレ」

 そういってチラシを渡した。緊張に心臓が高鳴ると同時に、暖かい気持ちもこみ上げてくる。春日さんは『仲直り』のきっかけを作ろうとしてくれているのだろう。

 しかし。あやめさんは春日さんにもチラシにも一瞥もくれず、まっすぐ席についた。

(――春日さんにばっかり頼っているわけにはいかない!)

 僕もマッハのスピードで教室内を移動。あやめさんの机の前に立った。

「おはようございます。あやめさん。よかったらコレ見てあげてください。ウチの部長が小説の方で賞を。その。えーっとですね……」

 能面のような表情で僕の顔を見上げている。

(どうしよう。あんまりしつこくても逆効果かな。今はこれぐらいに。いやでも――)

 などとゴチャゴチャ考えていたら。

 彼女は突如、ガタっと音をたてて立ち上がった。僕の顔前、ほんの数センチの所に殺村さんの顔。そして。

 ――プッ! というキレイな音が鳴った。

 ざわめきが教室全体を包む。あやめさんが僕の顔面にツバを吐きかけたからだ。

「殺村さん!」

 春日さんが珍しいことに怒りを顔に浮かべてあやめさんの腕を掴んだ。あやめさんは冷めきった顔でそれを見下ろしている。

「春日さん。大丈夫ですから」ハンカチで顔を拭き、彼女を制止する。

「でも……」

 春日さんの困惑した顔。殺村さんのポーカーフェイス。三人の時間は止まった。教室のざわめきがドンドン大きくなっていく。

 ――やがて。

「席につけー。ホームルーム始めるぞ。あーめんどくせー! 酒飲みてえ!」

 教室前方の扉が開き大森先生が入ってきた。生徒たちがバタバタと自席に戻る。

 僕たち三人もいやおうなしに席に着いた。教室はまだザワザワと落ち着かない。

 そんな中。僕はこんなことを考えていた。

(これからは。毎朝『おはよう』だけは欠かさないようにしよう。仲直りのきっかけになるかもしれない)

 それに。

(そうすれば。またツバを吐きかけて貰えるかもしれん)


 あやめさんとの決裂から一ヶ月。

 みんなのおかげでようやく気持ちが前向きになってきたころ。

 最悪の事態が静かに足音をたてて訪れようとしていた。

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