第10話 暴言カレンダー制作秘話 ラストスパート!
十月十二日(月)は体育の日で祝日、十月十三日の火曜日は創立記念日。
したがって。十月十日の土曜日から十月十三日まで、我が校は四連休ということになる。
生徒たちは各々、デートをしたり、家族で旅行に行ったり、引きこもってゲーム三昧をしたり。素敵な休日をすごしていたそうだ。
しかし。我々本屋部には休みなどない。連日、部室に泊まり込んでの烈々たる作業が行われていた。目標は連休中でのカレンダーの完成である。
カレンダーの内容自体は既に確定し、現在行っているのは春日さんが先日購入した四台のノートパソコンを各々操作しての編集作業だ。
慣れないパソコンに悪戦苦闘。結局一睡もできず現在に至る。
十月十三日の深夜。現在四徹夜目。
暗い部屋の中、みんなでわきあいあいと作業を行っていた。
「イーヒヒヒ! なんか楽しくなって来たぜええぇ!」
千代美先輩のテンションが高い。いつも以上のとんでもないダミ声だ。
「ワハハハ! 見てくれたまえ! ついにすべての指の骨が折れた! キーボードどうやって叩けばいいんだいコレ!?」
部長も大変ご機嫌である。
「ガハハハ! 部長! 大丈夫です! 両手を取られてもまだ足がありますよ!」
僕も心臓がバクバクして、体中が燃えるように熱く、両手両足がビリビリに痺れている。非常にキモチがよい。
「キャハハ! みんな目ん玉が真っ赤でウサギさんみたい! 可愛い! キャッキャ!」
春日さんも目がうつろで、クチビルはパンパンに腫れ、髪の毛もボサボサ。なんだかいつもよりセクシーだ。
「モエ坊! てめえ! なんかイイカンジにヤツレ可愛くてずりいぞ!」
「千代ちゃん先輩もゾンビのミイラみたいにボロクソのガリガリでキュートですよ!」
「二人共大変魅力的だと思います! 背徳的で大変助平です!」
「火野くんもヒゲズラと頬のコケ方がお薬ヤってる文豪みたいでイイカンジ!」
「又三郎は全然ヒゲとか生えてこねえな! ……又三郎? マタサブロウーーーー!」
「部長――――――!」
「し、死んでる……」
肉体と精神に少々ダメージを追いながらも順調に作業は進んでいく。
「十二月二十四日の暴言『この泥棒白ヒゲメタボ!』まで完了しました!」
春日さんが進捗状況を報告する。あと一週間!
「よおし! ラストスパートだ! キミたち! ふんばりたまえ! 今晩中に決めるぞ!」生き返った部長がわれわれを叱咤激励する!
「「「おう!」」」三人が声を揃えた!
「ダメだー! それでも物書きか! もっとオリジナリティーのある返事―!」
「ボルガ―!」
「ズイジャーノ!」
「ロス・インゴベルナブレス!」
徐々に意識が遠のいていく。それでも指だけはキーボードを叩く――
淡い陽光がマブタを貫通し眼球を刺激した。徐々に意識が覚醒してゆく。
「あっ! 火野くん!」
「大丈夫かおめー。息してなかったぞ」
「心臓も止まっていたようだったぞ」
春日さん、千代美先輩、部長の声が聞こえる。ぼんやりと三つの人影が見えた。
「ええ。大丈夫です。ただ、まだ視力が戻っていないようです」
「目ヤニで目が開いてないだけだよ。目ぇ擦ってみろ」
千代美先輩の言葉に従う。
するとイスに腰掛ける三人の姿が見えた。それに机、本棚、カーテン、いつもの光景だ。
ただし。ひとつだけみなれないモノが机の上にある。やたら分厚いわりにタテヨコは小さい、豆腐を一回り大きくしたようなフォルムの物体だ。
「これは――!」
そいつを手に取った。
『毎日殺伐! 日めくり暴言カレンダー!』
「おおおうう……ついに我々の悲願が」
思わず喘ぎ声を上げてしまう。
「まだ試験印刷ですけどねー」
「まったく完成した途端寝オチしやがって」
「早く出来上がりチェックをしたまえ」
三人とも大変よい笑顔である。心臓を高鳴らせつつ表紙をめくった。
『一月一日 おみくじの結果など関係ないですわ! あなたは今年も大凶よ!』
「おうふ!」
『一月二日 あなたの今年の書初めの文言は『死にたい』がいいんじゃなくって?』
「アバゴーラ!」
素晴らしい。ページをめくるごとにアドレナリンが噴出される。そして。
――グキュルルルルル。
お腹が鳴った。どうも食欲を刺激されたようだ。感染拡大するようにして、春日さん、千代美先輩、部長のお腹も順に音を立てた。
「朝ごはんにしましょうか。もう丸三日なにも食べていないですし」
春日さんが提案する。全員お腹を抑えながら頷いた。
朝日がとてつもなく眩しく感じられる。
しかしながら、それほど悪い気分ではない。
四人で学校から歩いて五分のコンビニに向かった。普段は殆ど利用しないが――
(今日だけは買い物をしてもOKとしよう。いわゆるガンバッタワタシへのご褒美だ)
インスタントのカップライスなどという超贅沢品を購入し部室に戻る。まあボロを着ててもなんたらというくらいだ。使うべきときは豪快に使わないと小さい人間になってしまう。ここはこれでよし。
「はぁ。おいしい。菓子パンが五臓六腑に染み渡ります」
「やっぱりあやめさんの暴言を見ながらのごはんは最高ですね。紙に印刷するとまた味わいが全然違います」
春日さんとふたりでカレンダーをめくりながら朝ご飯を取る。
「暴言をオカズに……。じ、じっさいやってる所みるとヒクなあ」
「うむ。同意する」
千代美先輩と部長は二人仲良くシュークリームを食べている。まったくもって甘い物好きが多い部活である。
「まァともかく。これで我が本屋部も安泰だな」部長は満足げに椅子にふんぞり返った。
「ホントかー?」千代美先輩が首を捻り疑問を呈する。
「ボクが言うのだから間違いない。殺村さんには感謝しなくては」
「殺村さんには――」春日さんが小さく呟いた。
「でもこれからも結構大変だぞ。いつもの同人誌のほうも文化祭までに――」
「んー?」春日さんが腕を組み天井を見上げる。
「どうされたんですか? 春日さん」
「い、いえ。ちょっと気になることが」
「なんです?」
「コレって殺村さんの許可はいらないのかなーと思いまして」
心臓が脈打つ。マンガならば『ギクッ!』という効果音が鳴る所だろう。
「火野くん、最近殺村さんと仲良いけど。このカレンダーのことって話してますか?」
僕は首を横に振った。
「なんというか。あやめさんとの関係が芸能人感覚と申しますか『ファン』でスタートしてしまっているので、このカレンダーの作業と今の『友人』の彼女が自分の中で結びつかなくて……」
「確かに。『ファン同人誌』感覚で作ってる部分はありましたね」
「なるほど。カレンダー作り始めてから仲良くなったからややこしいことになってるっつーわけだ」千代美先輩がガシガシと頭を掻く。
「別に殺村さんの写真や名前を使っているわけではないから、違法行為や校則違反には当たらないだろうが」部長は腕を組み天井を仰いでいる。
「お嬢にひとこと言っといた方が良かったなー」
「も、申し訳ありません!」
「別におめーを責めてるわけじゃねえよ。私だってお嬢とは最近ちょこちょこ喋るし」
「黙っていればバレないかもしれないが」
「バレますよー! マンガのキャラ以外で『~~ですわ』なんて口調使う人、殺村さんしかいません!」
部長の言葉を春日さんが否定する。僕も春日さんと同意見だ。それに。例えバレないとしても。やはり本人に無許可というわけにはいかない。
「伝えてきます。僕の方から」
両手の拳をぎゅっと握りしめた。
「あたしも行こうか?」「わ、私も!」
「一人で行かせてください。大丈夫です。あやめさんの暴言が好きだという話はしてありますから。たぶん。大丈夫です。たぶん……」
八時十五分。一時間目の授業開始の三十分前。毎朝この時間には登校し、生徒会室でモーニングコーヒーを淹れるのがあやめさんの日課だそうだ。
僕は息を深く吸い込み、しかるのちに生徒会室の扉をノックした。
「あやめさん。火野です」
「入っていいですわ」
失礼します、と言いながらドアを開く。
「おはようございますゴミムシくん。珍しいじゃない。今朝も腐り落ちそうな汚い目をして――」
部屋の中は流石というかなんというか。
真っ赤なカーペットにシャンデリア、テカテカ光るクリスタル調のソファーテーブルなど、洋画でしか見たことのない調度品ばかりが置かれていた。あやめさんが座っている机もなんだかすごい。アメリカの大統領或いは閻魔大王が座るような物々しい一品だ。あの金色の観音開きの扉はクローゼットか何かだろうか。
「どうしたんですの!? その顔!」
殺村さんが目を丸くして小走りで近づいてきた。
「ヒドイ顔色! まるで退廃したクソったれ社会の薄汚れたアスファルトみたい!」
僕の頬に触れつつ声を上げる。フワっとシャンプーの匂いがした。
「ちょっと文化祭の準備でムチャを」
「文化祭の準備でどうやったらそんな状態になるのよ!」
「四連休で四日徹夜してしまって」
あやめさんは目を飛び出そうなぐらい見開き、マジですのなどと呟いた。
「とりあえず座りなさいな」
ソファーテーブルに座るように促される。テーブルには豪華なクロスが敷かれ、その上にはキャンドルやフラワーアレンジメント、どういう来客を想定しているのか大きな陶器風の灰皿まで置いてあった。
「いつもながらやることがめちゃくちゃですわねぇ。春日さんたちも一緒に?」
僕が頷くと、アメリカのアニメでよく見る『やれやれポーズ』をしてみせた。
「今日は授業休んだら? ここで寝ててもいいわよ。どうせ授業に出たところであなたクラスのババロア脳味噌は一ミリも理解できないんだし」
キャンドルに火をつけてくれた。ライムのような香りがする。アロマキャンドルという奴だろうか。それから僕のおでこに手を当てて「熱はないみたいだけど」などと優しい声で呟いた。
「こんな腐ったボロ雑巾の死体みたいになるまでなにをやっていたの? 同人誌を書いていたんですの?」
――そうだ。そのことを伝えに来たんだ。
「それはですね。実は持ってきているんです。成果物を」
カバンに手を突っ込みカレンダーを掴む。しかし。取り出すのが躊躇われる。
(まずい。優しくして貰っちゃったから余計に話しづらい)
「早く見せなさいよ! 重っ! なにこの分厚い物体!」
あやめさんが僕に代わってカレンダーをテーブルの上に置いた。
「殺伐……? 暴言カレンダー……?」
なんじゃこりゃと表紙を凝視する。
「あの……以前からあやめさんの暴言が好きだという話はしていたと思うのですが。今回その……それをまとめた日めくりカレンダーを作りまして」
あやめさんはカレンダーをパラパラとめくっている。
「無断でと申しますか、事前にお伺いを立てなかったのは大変申し訳なかったのですが」
その顔がドンドン曇っていく。
「これを販売する、その、許可的なものを――」
彼女は僕の発言をさえぎって、
「随分凝ってますわね。毎日違う言葉を入れてるんですのコレ?」
という言葉を口に出しつつ、氷柱のような冷えきった目を僕に向けた。
「このためだったの? 昼ご飯に誘ったり。放課後遊びに誘ったり。それから。デートに誘ったり」
そうです。と答えなければウソになる。
「でもあやめさ――」
「こんなふざけた人をバカにした冊子を作るためにわざわざ? ご苦労ですわねえ。しかも四日も徹夜して? アホですわねえ。春日さんと一緒にゲラゲラ笑いながら作っていたんでしょう?」
僕の声を強いトーンで掻き消した。背中から冷たい汗が噴出する。
「おかしいと思ったんですわ。私なんかに急に話しかけてくるから」
ソファーから立ち上がり僕に背向けた。
「私のことが嫌いな人なんて山ほどいますからね。たぶんそういう人にバカ売れするでしょう。あなたたち意外とやり手ですわね。部の存続のためなら手段を選ばない」
「あやめさん! それは違います! 僕は!」
僕も立ち上がり彼女の背中に近づ――
「黙れ!」
振り向きざまの平手打ち。頬に鋭い痛みと痺れが走った。
「初めて。友達ができたと思ったのに」
震えた声。少し涙が混じっている。僕の胸に細くて硬い針がささった。
「もう二度と」あやめさんはカレンダーを灰皿に乗せた。「私に話しかけないで。できれば死んでくださいな。あなたの顔は二度と見たくないです」
キャンドルの火を灰皿に垂らした。
カレンダーは赤く光りながら灰になっていく。
「あやめさん。確かに。僕たちが殺村さんに話しかけたのはこのカレンダーのためです。でも。僕たちは本当にあなたのことが好きなんです。だからこんな分厚い物体を徹夜してまで。バカにしているなんてとんでもな――」
「黙れよ。口裂け男」
あやめさんはまだ火が着いた灰を手で掴み、それを僕に向かって投げつけた。
炎が空中を舞う。こんな時だが、火の鳥のようで美しいと感じた。
「口ではなんとでも言えますわ」
こちらを睨みつける。感情のない目だ。まるで濡れたビー玉。
なにか言わなくてはいけないと思うのだけど。
声がなにも出てこなくなってしまった。
僕は静かに生徒会室を去った。
ビー玉のような目はずっとこちらを睨み続けていた。
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