第9話 暴言カレンダー制作秘話 休憩もしよう! (三人で仲良くしよう!)
それからというもの。
僕たちは連日深夜に至るまでカレンダーの制作作業を行っていた。
毎晩毎晩、守衛さんが見回りにくるまで粘っていたため、とうとう守衛さんの顔と名前が全員一致するようになり、コーヒーやカップラーメンなどを差し入れてくれるほどの仲になってしまった。
土曜日曜も例外ではなく、朝七時から日付変更線をまたぐまで部室に籠城して作業を行っていた。これらをマチダモールの本屋の通常営業と平行してやっていたのだから、ブラック企業の中間管理職顔負けの過労死ライン生活である。
そんな生活を送る中で。一日だけ『休暇』を取ったことがあった。
面白いものでその日のことを一番鮮明に記憶している。
休みを取った理由は、部長と千代美先輩が休みで僕と春日さんしかいなかったから。
部長は『胃に麻雀のキューピンのように大量の穴が空いた』千代美先輩は『十年に一度のアノ日が来ている』とのことである。
僕と春日さんだけで作業を進めてしまうと混乱を生むし、だいいち二人とも疲労困憊状態だ。ここはひとつ安息日にしよう。とあいなった。
そんなわけで。僕と春日さんは本屋部の部室でゆっくり読書をしていた。
『家帰れよ』ってなものなのだが、文科系部活動の部員というものは放課後は部室でダベらないと落ち着かないという性質を持つのである。
窓の外からぽつぽつという雨音が聞こえる中、僕は愛読書である横溝正史先生の金田一耕助シリーズを、春日さんは闘犬乱舞のノベライズ版を読んでいた。やはり大変落ち着く。僕はイスをロッキングチェアーのように傾けて机に足を乗せながら、春日さんに至っては自分のイスと千代美先輩のイスをいい感じの距離感で並べて、その上にうつ伏せになって読書をしていた。ぽっかーんと口を開けながら足をパタパタと動かしたり、ネコのように目を細めつつぐぐーっと体を伸ばしたり。無論本人はそんなつもりはないだろうが、僕はあざといなあ(かわいいなあ)と感じた。チラチラ春日さんの方にも視線を送りつつ書面に目を走らせる。すると。
ずばちこーん!
と部室のドアが音をたてた。プロレスを見慣れている僕に言わせると、明らかに『ノック』ではなく『蹴り』を入れている音である。ワイルドなお方だ。しかしせっかく直したドアをまた自分で壊すのはいかがなものか。
「どうぞー」と返事をするとあやめさんはドアを勢いよく開いて入室してきた。
「……なによ二人してそのリラックスぶり。夫婦? 見ていてなんか恥ずかしいですわ」
顔がカーっと熱くなる。慌てて姿勢を正した。春日さんもイスからアクロバティックに立ち上がり自分の席に座り直す。
「ご、ごようはなんでしょうか」あやめさんに問う。
「本屋部の売上明細について千代美さんに聞きに」
「今日は体調不良で休まれています。僕でよろしければ回答しますが」
「あなたたちポンコツのトンチキオケサでは話になりませんわ。あした千代美さんに聞くから大丈夫です」
事実であるのでなにひとつ反論はできない。春日さんは少しばかり頬っぺたをふくらませていた。
「無駄足をさせてしまって申し訳ありません」
「いいけど。ここ生徒会室から遠いのよね。疲れたからちょっと休んでもいい?」
僕と春日さんが首肯するとあやめさんは僕の隣のイスにどっかりと座った。
「そんなに楽しそうになにを読んでいたの?」
僕は『犬神家の一族』という文字と、あのあまりにも有名な逆立ちしておけつと両足を海から出しているシーンのイラストが書かれた表紙を見せた。
「へえ。意外ね。推理小説が好きなの? 春日さんは?」
春日さんは小さな両手で一生懸命表紙を隠しているが、あやめさんに対してそんなワザが通用するはずもない。綺麗な水平チョップにより春日さんの手は簡単に払われ『闘犬乱舞外伝 すごいよ! ダルメシアンさん』と書かれた表紙が露わになる。あやめさんは口に手を当てプッと笑うと意外な一言を漏らした。
「なに? あなたもスキなの?」
僕と春日さんはおっぴろがった目を見合わせた。
「そんなに意外? 言っておくけど原作はもちろんのこと、アニメのDVDやノベライズ版、スピンオフ作品、さらに同人誌やコスプレ衣装も山ほど持ってますわ」
驚愕に空いた口がふさがらない。
「殺村さんのその堂々たる所。見習いたいです」
春日さんが両手の人さし指をつんつんと合わせながら呟いた。
「どういう意味ですの? 別に好きなものを好きと言っているだけじゃない。堂々としないイミがわからないわ」
春日さんは一瞬複雑な顔、それから「そうですね」と目を細めた。
「どのキャラがお気に入りなんですか?」
「私は断然『バミリオン・アメショー』派ですわ」
「へー女の子ですか。そういえばあの子ちょっと殺村さんに似てますよね。黒髪ロングでスタイルがよくて美人で」
二人はしばらくの間闘犬乱舞談義に花を咲かせていた。
(そんなに闘犬乱舞がお好きなら『ハルヒ』っていう人の同人誌はご存じですか?)
僕はそんなことを殺村さんに対して問いかけたかった。だがなんとか呑み込んだ。
「ちなみに他に好きなジャンルとかは?」春日さんが殺村さんに問う。
「最近はプロレスね。特に森日本プロレスの棚町さん」
「まさかのナマモノ!?」
「本当ですか? 嬉しいですね。後楽園ホールにお連れした甲斐がありました」
ちなみに『ナマモノ』とはアニメやゲームなどのキャラクターではなく、実在の人物においてホモホモしい妄想をすることを示す専門用語だそうだ。
「そういえば。ゴミムシくん知ってました? あの私たちが闘ったJBGが森日本プロレスをクビになったんですって。メシウマですわよね」
「へえ。そうなんですか。それは確かに牛脂が進む話ですね。でもどうして?」
「なんかテロ組織のほうのJBGとの接触が問題になったんですって。面白いですわよね。名前でシンパシーを感じちゃったのかしら」
「ええっ!? プロレスラーさんにそんなやばい方々がいるんですか!?」
春日さんが反応を見せる。
「ご存じなのですか? テロ組織のJBG」
僕が問うと春日さんは首をカクカクと縦に振った。
「『ジャパン・バッシング・ゲリラス』日本のコンピューター会社をターゲットにしたアメリカのサイバーテロ組織ですね。サクラコンピューターも何回かやられかけています」
春日さんは苦々しい表情。どうやらサクラコンピューターにとってJBGとは天敵であるらしい。
「さすがに詳しいですわね。ま。そんな奴らが森日本からいなくなってよかったわ。ねえ。また連れて行ってくださいな」
殺村さんが僕の顔を少し甘えた感じに覗きこんできた。
「ええ是非」僕は迷うことなくそう回答した。
「えっズルいな。私も行きたい」
「三人で行きましょう。今度の両国国技館大会で棚町さんがタイトルマッチやるから」
と春日さんにスマートホンの画面を見せる。
「棚町さんやっぱりかっこいいですねー。対戦相手の方もカワイイ」
「彼はオカヤマカズシって言って――」
春日さんだけでなく、あやめさんも穏やかに微笑んで楽しそう。少し前であれば珍しいと思ったところであろうが、ここ最近ではそう珍しくもない。
――そうして約四十五分が経過した。
どうも居心地がよくなってきてしまったのか、殺村さんはなかなか帰ろうとしない。
今は部室をうろちょろと歩きまわって本棚を物色している。
「あらあ? これは?」
彼女は一冊の本を取り出して「これ読んでみてもいいかしら」と問うた。
「是非読んで「絶対ダメです!」感想を聞かせてください」
僕と春日さんの声がまた変な感じに重なってしまった。今度は内容も真逆である。
「……どっちなのよ」
あやめさんが取り出したのは僕たちが今年の夏に作成した同人誌だった。
春日さんと顔を見合わせる。今回は春日さんが「わかりました。読んでみてください。でもお手柔らかに」と折れてくれた。
殺村さんはうきうきとした様子でイスに座り直し目次のページを広げる。
「ふーん。スプリングデイっていうのが春日さんのペンネームなの。なんだか安直ね。ヒネリが感じられないわ。それに人名なのかなんなのかがわかりづらくて、目次ページを見ていてどっちがタイトルでどっちが作者名かわからなくなりそう。えーとそれから。火野・フレボムズ・ジュニア……。これがあなたのペンネーム? お父様を尊敬するしているのは素晴らしいのだけれど、いかがなものかしら。そもそもプロレスラーの名前としてもエッジが効きすぎなのに、小説家がコレは――」
目次ページひとつでこの文句のつけよう。お手柔らかにという要望は一切聞き入れられていないらしい。
「じゃあまずは春日さんのマンガの方から――あら? この絵どっかで見たことが……」
案の定、どこかで『ハルヒ』の同人誌を見たことがあるようだ。春日さんが青ざめる。
「いえ、気のせいかしらね。ごめんなさい。オリジナリティーゼロのテンプレ判子絵だなんてディスるつもりはないの。大変お上手だと思います」
でもまさか春日さんが『ハルヒ』であるとは夢にも思わなかったらしい。
春日さんは胸を抑えながら溜息をついた。
あやめさんは真剣な顔で僕たちの作品に目を通してくれている。
固唾を飲んで読み終わるのを待つ。
数十分後。あやめさんは静かに本を閉じた。
「ど、どうでしたか。ご感想は……」
「そうね。面白いか面白くないかでいったら――」
ゴクリ――ツバを飲み込む音が二つ重なる。
「面白かったですわ。両方とも」
フィー! という安堵の息遣いが二つ。
「但し。『あなたたちが書いている』という前提があってですけどね」
僕は首を傾げた。春日さんも同じ方向に首を倒す。
「面白いものね。春日さんが描いた漫画の主人公がドMの男の子で、ゴミムシくんが描いた小説の主人公がドMの女っていうのは。いつもそうなの?」
春日さんは「大体そうです」僕は「このとき初めて挑戦してみました」と答えた。
「しかも作者が逆だって言われた方が納得するくらいにお互いに似ているわ。ゴミムシくんの小説の主人公は春日さんにそっくり、春日さんの漫画の主人公は顔以外ゴミムシくんそのものですわ」
僕と春日さんは目を丸くした。僕も春日さんもお互いをモデルにしたようなことは一切なく、お互いに読み合ったときもそんな感想は全く出て来なかった。
「へえ~意識せずに自然と似ちゃったんです? 面白いなァ」
あやめさんはケラケラと笑った。
「そうか。それは目から鱗です。まあ小説とか漫画っていうのは、頑張って血の通ったキャラクターを作ろうとすると自然と身近な人に似てくるものですからね」
僕がそう考察すると春日さんも首をカクカクと倒しこれに同意した。
「あらそう。でもね。正直なこと言っていい? どちらのキャラクターもあんまり血が通っているようには思えなかったわ。どちらもドMと言うには中途半端だし、なんていうか心の奥でなにを考えているかわからない、フワーっとしたキャラな気がしますわ」
ショックな言葉だ。だが。言われてみればまったくその通りだ。自分でも薄々はそう思っていたが認めたくはなかったところをズバリと指摘されてしまった。
「そう考えると。もしかしてアナタたち、いつも一緒にいるけど、お互いの理解が不十分なんじゃない?」
「そ、そんなこと!」
春日さんが反論しようとする。が。あやめさんはそれを遮って、
「大丈夫。それは簡単に解消する方法があるわ」
と少々興奮したような声で言った。僕がそれは? と問うと。
「アナタたち付き合えばいいのよ」
机に頬杖をついてこちらを流し目で見ながらそんな言葉を発する。
なにか背中がゾクっとするような妖艶で挑発的な響きを含んでいた。
「それでひととおり色々ヤッてから、もう一回書き直してみれば? きっと何倍も面白い作品になると思うわ」
僕は頬がカーッと熱くなるのを感じた。春日さんも同じような反応をしているかな、と思ったが――
「殺村さんはそうなってもいいんですか?」
彼女は少し顔を赤くしながらも、珍しく険のある声色でそう問いかけた。
あやめさんは実にさっぱりとした口調で、
「もちろん。なにひとつチリほども問題あるわけがありませんわ」
と回答。それから。
「おっと。もうこんな時間。いい加減に生徒会室に帰らないと」
あやめさんは素早く立ち上がり、
「じゃあね。引き続きごゆっくり」
さっそうとした身のこなしで扉を開き、部室を後にした。
僕たち二人は部室に取り残されてしまった。
この上もないくらいに気まずい。
なにかわざとらしくないくらいに、イイカンジに話題を変えなくてはと思っていたら、
「ふん! 殺村さんのバカァ! ちょっとキレイだと思って!」
春日さんはそう言って床を踏み鳴らした。それから。僕の方を見てこういった。
「火野くん。どうするこのあと。まだここで本読んでいくよね?」
実にケロっとした表情だ。
僕が首肯すると、彼女は嬉しそうに微笑んで先ほどまでと同じイスの上にうつ伏せの体勢に戻った。
(僕には永久に女の子の気持ちなどわからないだろうな。やっぱり女性主人公の小説なんか諦めよう)
犬神家の一族のページをめくりながらそんな風に思った。
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