第2話 火野蛍と春日萌美

僕は本が好きだ。

 両親は体育会系の武闘派で自分も結構体はデカいのに、どういうわけか子供の頃から毎日毎日読書に没頭、肉体派もやしっ子の名を欲しいままにしてきた。

 高校に入ってからは自分でも小説を書くようになる。

 そのせいで、勉強のためにとさらにさらに本を読む時間が増えてしまった。

 そんな僕にとって学校の図書室とは大変ありがたい場所だ。なにせお金が掛からない。

 放課後。今日も僕は図書室のドアを開いた。すると。

「あっ火野くん」

 そこにはよく見慣れた顔があった。栗色のショートボブカットが特徴的な女の子だ。

 ――本というのは不思議なもので、フィクションの世界に没入させてくれる一方でまた、現実の世界での人と人との繋がりを与えてくれたりもする。

「今日はなにを借りるんですか?」

「いやちょっとまた読みたくなって」

 僕は愛読書である横溝正史先生の作品を棚から取り出した。

「またそれですかー?」

「いい加減購入しようかなとも思うんですが、いかんせん金欠で」

 彼女は口に手を当ててくすくすと笑った。

「春日さんはなにを?」

 なぜか少し照れくさそうに持っていた本の表紙を見せてくれる。

「はは。可愛らしいですね」

 表紙には『世界の犬図鑑』の文字と共に様々な種類の犬のイラストが描かれていた。

「ちょっと資料にしようと思いまして」

「ほう。今度は動物モノの漫画を描かれるんですか?」

「えーと……。そんなようなものです」

 二人で一緒に貸し出しカウンターに並び、手続きを済ませた。

「さて。それじゃあ今日も部活にいきますか」

 大変朗らかで癒される微笑みを見せてくれた。僕も笑顔で首肯する。


 放課後の廊下はたくさんの生徒で溢れていた。

 二人並んで渡り廊下を歩く。

「おっと。もう『開店』しちゃいますね。ちょっと急ぎますか」

「そうですね。千代ちゃん先輩は先に『マチダモール』に行かれているそうです」

「部長は?」

「今日も休みらしいです」

「大丈夫なんですかね?」

 そんな会話をしているところに――

「ああー! 火野くんと春日また一緒にいるー!」

 廊下で女子三人組に話しかけられる。一年生の時同じクラスだった子たちだ。

「いいなー微笑ましいなー」

「もう付き合ってるの?」

「ぶ、部活に行くだけだから!」僕の隣を歩く彼女は、目を丸くして両手を必死に振った。

「ま、そういうことにしといてあげる!」

 三人組はケラケラと笑いながら去っていく。

 隣の少女は「もう……」などと漏らし、ぷくっと頬を膨らませた。

「ご、ごめんね。火野くん。その――」彼女は僕の目をじっと見つめながら言った。「私みたいなクソバエの便所虫とあんな風に言われて」

「べ、便所虫――!?」

 小さくて可愛らしいクチビルから飛び出してくる強烈なダーティーワードに驚かされる。まあいつものことではあるのだが。

「僕は全く気にしてないですよ」

「そう言って頂けると……でも申し訳ないです」

 気になるのはむしろ。彼女がなぜいつもいつも自分を卑下するのかということ。

(卑下する必要なんてどこにもないと思うけど)

 テストの成績は常に上位。美術や音楽、家庭科といった実技科目も器用にこなしている。性格も温和で悪く言われているのは聞いたことがない。

(第一――)

 改めて彼女の顔を見つめる。

(ツヤツヤの真っ白な肌にパッチリした大きな目。サラサラのショートヘア。客観的に見ても……か、可愛いよなあ)

 本人は身長が小さいことを気にしているようだが、そんなことは問題じゃない。いやむしろそれが――

「ど、どうしたんですか? そんなに私の顔を見て」

「いえ! なんでも!」

 さすがの正直者の僕も「可愛いなあと思いながら見ていた」とは言えない。

「ごめんなさい。やっぱりキモチが悪いですよね。私の顔。歩くグロ画像っていうか」

「なっ! そんなことあるわけないじゃないですか!」

 なぜこんなにもネガティブなのだろう。なにか特別な理由があるとしか僕には思えない。

 彼女の名前は春日萌美という。一年生のときからのクラスメイトで部活仲間でもある。

「す、すいません! 間違えました! 動いたりしゃべったりしますから『グロ画像』じゃなくて『グロ動画』ですよね!」

 どうでもいいことだけど。僕の名前は火野蛍。高校二年生です。ホタルじゃなくてケイと読みます。

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