答.
好きかどうかなんて、わからない。
シラフでなんて会えるわけない。酔って分からなくなってるときだけ、会える。酔って分からなくなっていれば、何を言ったってお酒のせいにできるから。
「海斗?」
「ん?」
「いや、酔ってるのかと思ってた」
「酔ってるよ」
彼の言葉は嘘だった。へらりと笑った彼は、グラスに目一杯ついた水滴をなぞる。酔ってないでしょ。全然グラスの水かさ減ってないじゃん。
いつもの如く電話がかかってきて、「待ってるから会いたい」と言われれば、行くしかなかった。いざ来てみたら、酔っているのかと思っていた相手はどうやらシラフのままみたいだった。一杯しか頼んでいないであろうハイボールでさえ、ほとんど飲んでいないし、もう氷が溶けて色が薄まっている。
「私、帰る」
「なんで」
なんでって言われてもなぁ。
大きい目が私を捉えて離さない。帰るなと目で訴えられる。
何度も泊まった第2の家のような彼の部屋で、この目に何度素直な気持ちを誤魔化せず、無理やり隠すということをしているのか、私はもう数えることを放棄していた。
海斗に見つめられると苦しくなってどうしようもなくなる。だから、どちらかが酔っていて、どちらかが想いを伝えたとしても一方通行になる時だけしか会えるわけがない。
だって、お互いに本当の気持ちなんて伝えたら迷惑でしかないでしょう?
「帰るの?」
口が滑って、一緒にいたいだなんて言わないように、彼の黒目がちなタレ目から視線を外す。
「いてよ。まだ、帰らないでいて」
その言葉に引き寄せられるように、またカウンター席に座る。
呼び止められて安心している自分は、相当嫌なやつだ。
「飲まないの?」
自分だってあれからいっこうに飲んでいないのに、海斗は私にそんな問いかけをしてきた。
「飲まないよ、今日は」
「そっか」
「どうしたの?なんかいつもと違うけど」
「ん~?別に、いつもと変わんないよ?」
口角をきゅっと上げて、ん?とお決まりの顔で彼が言う。この顔、すごく綺麗なのわかってるんかな。女の子にそんな顔したらすぐに落ちてまうと思う。
正直、今まで出会った素敵な人も、海斗の前だと霞んでしまう。どんなに素敵な人に食事に誘われたって、やっぱり海斗の顔ばっかり浮かんでくる。こうやって、綺麗に笑う海斗がよぎってしまう。
「なぁ、今日は?どうする?」
もう遅いって気づいてるんでしょう?
これは愛なんかじゃない。じゃあなんなんだろうね?それとも、私が誤魔化してるだけ…?
「悠?」
苦しくて、苦しくて。
声が出る前に、お洒落な彼のきちんと仕立てられたスーツの裾をつかむ。
「…うち、いこっか」
きっと彼はこっちを向いたのだろうけど、またあの大きな目に捕えられたら、感情が溢れてきそうだったから私は下を向いたまま。
飲まないなんて言わないで、酔っておけばよかった。彼が酔わないならなおさら、浴びるように飲んでおくべきだった。
彼の横を半歩遅れて歩いて、もう見慣れた部屋番号の部屋に入る。
「なぁ、」
海斗が、ベランダに続く窓を開けながら聞いてきた。
「なに?」
「悠はさ、いっもどんな気持ちでこの家くんの?」
あわよくば。
あわよくば、目の前で月明かりに照らされてる彼が、私のことを好きになっちゃえばいいのにって思って来てる。なーんて、ね。
「わかんないよ。だって、いつも酔ってるか、海斗の介抱だから」
振り向かない彼の背中に言えば、くるりと彼が振り向いて、なんとも穏やかで儚く笑って言った。
「そっか。そうだよな」
こんな悲しそうな顔でさえ、もっと見ていたいなんて思ってしまう。
本当に嫌な奴だと思うよ、私って。
「素直になれたら、幸せになれんのかな…」
「え…?」
「いーや?なんでもないよ」
強がりを捨てて素直になるだけでいいなら素直になれるかもしれないけれど。
それだけだったら、うまくいかないことだってあるでしょう?
お互いに都合の善し悪しがある。仕事も世間体も、今後の人生とかも。私なんかの存在で、海斗の何かを壊してはいけない。もう既に、こんな関係が彼を壊しているのかもしれないけど。許して欲しい、なんてやっぱ私は馬鹿なんだと思う。
私は、海斗に呼ばれたから来ているだけだし、海斗だって、私に呼ばれたから来るだけ。ただそれだけの関係なんやから。
そこに、うっすらと欲望を感じても目を瞑ってくれないかな。ねぁ、お願いだから。
「悠、好き」
こちらを見て、少し俯きながら言うものだから。そんなのされたらさ、私だって勘違いしてまうでしょ?言葉がうまく出てこない。
いつもそう。好きなんて言葉が出ると、黙ってしまう。
「あっ、や、冗談…でしょ…?」
「…あ、バレた?」
少し茶化すように聞けば、おどけるように返答された。
あぁ、ここで"私も好き"と言ってしまえたら、どんなに楽なんやろ。その言葉を吐けるのは、どうしたって夢の中だけなの、海斗は知らないでしょう?この強がりに気づいてよ。本当は、海斗だけなんだよ。
寝室に手を引かれれば、ゆっくりとキスを落とされる。
酔っていないから、いつもと違う。何もかも違うから、私ばっか困惑してしまう。
「どうした?」
心配そうな顔に見つめられて、困惑している顔が表に出ていたのかと気がつく。
「いや、なんでもない」
「そう…」
その後は、いつもと同じ。
いつだって海斗は私にベッドを譲って、自分はソファで寝る。「客なんだから、ちゃんとしたとこで寝た方がいいでしょ」と、「俺、このソファお気に入りだから気にしないで早く寝ろ」と、まるで兄の様に言われてからずっと、こうして泊まっている。さっき、キス、されたけれど。もうそれは忘れてあげる。だから今日も、そうやっていつもと同じように海斗のベッドで一人、彼の匂いに包まれて果てなく深い夜に飲み込まれる、はずだったのに。
「んっ…」
「悠、…すき」
「んん、…」
「すき、すごく…、悠」
いつもの夜が訪れると思っていた私の思考は、手を引かれて寝室に連れられた瞬間に砕け散った。私をベッドに押し倒して、手は絡みとられた。そんな苦しそうに言わないで欲しい。酔ってないんでしょう?
ならなおさらそんな顔しないで欲しい。私は、どうしたらいい?
この気持ちが、どうか、海斗に聞こえなければいい。
「好きだっ、なぁ…ずっと、ずっと……悠が、すき…」
絡め取られていた手を、どうにか外す。海斗は外された手を私の顔の横について、私を見下ろしている。その時、海斗の瞳に宿った哀しみの色。それが綺麗だと思ってしまった。そのまま、私は海斗の耳を両手で塞ぐ。
小さく、息を吐いた。
海斗を見上げると、目と目が、視線が、絡み合う。声を出さず、空気を使わずに、表情筋だけを使って。
"海斗のことが----"
海斗の目が見開かれ、空気が揺れた。
腕に力を入れて彼の顔を近づけて、私の唇と海斗の唇が、触れる。熱を帯びていく。ちゅ、と小さく響いて熱と熱が、離れる。そして海斗の胸を、押し返す。
「ゆう「おやすみ、海斗」
どうしたらいいのがわからなくなった。頭を掻いて、そのまま海斗に背を向けて首元まで布団をかぶる。
海斗にはどうか、この声が、この鼓動が、聞こえませんように。
願わくば、この気持ちだけ、伝わってくれますように。
私は、海斗のことが好き。
fin.
…、」
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