第4章
1
「私、大会は出ないよ」
その言葉に、一同の動きが一斉に止まった。唐澤さんは読んでいた詰将棋の本をテーブルに置いた。僕と崎原は、対局の手を止めた。新入生の一人、
「えー、なんでっすか」
そして真っ先に声を上げたのが、もう一人の新入生、青田だ。入部してから一切物怖じしない彼は、棋力は別にして「大物ルーキー」と呼ばれている。
「出ると思ってたの?」
「そりゃそうっすよ。唐澤さんとチーム組んだら最強じゃないすか」
三年生は春の大会で引退するのが通例らしい。唐澤さんと胡屋さんは今度の大会が最後になるのだ。
秋の大会は途中入部した崎原と四人で出たものの、予選全敗であっさり敗退してしまった。一人メンバーが少ないうえに崎原は初心者。結局僕か胡屋さんが負ければ敗退という、かなり厳しい戦いだった。
しかし今回は違う。唐澤さんと蜜さん、二人が勝ち続ければ優勝濃厚だ。夢の全国大会にチームで行ける、と内心皆が思っていたはずだ。
「でも、私いなくても六人。二チーム組めるよ」
「そうだけどさ……なんで出ないの?」
胡屋さんは動揺しているようで、少し声を震わせながら聞いた。
「なんて言うか……やっぱり奨励会をやめて、その時に一区切りつけたから。もっと強い人がいっぱいいるの知ってて、高校生の大会に出るのは申し訳ない気がする。うん……なんていうか、もっと上のステージじゃないと、許されない気がしてる」
「わからなくもないな」
唐澤さんは頬杖を突きながら、大きく頷いた。
「いや、でもさ……」
「じゃ、みっちゃんはアマ日本一とか目指すんすか?」
「そうね……大会に出るときは、そうかも」
「すげー」
胡屋さんは納得していない顔だった。結果は残せていないものの、部の活躍を一番願っていた人だから当然かもしれない。
「高嶺君、説得してよ。出るべきだよ」
「え……いや僕は蜜さんの意見は尊重します」
「まあ、了君はそうだよね」
にやにやしながら言う崎原。
「俺たちが頑張ればいいっていうことですよね」
そして、携帯をしまいゆっくりとそう言ったのは光城。口数は少ないけど、必要な時にははっきりとものを言う奴なのだ。
「うむ。だいたいだ胡屋君よ、君が成長していて、しっかりと勝てれば問題はないはずなのだよ」
「いやまあ……」
「ま、これでAチームは去年と同じメンバーか。大将は高嶺だな」
「え、僕?」
「そ。二年が頑張るのがいいチーム」
去年大会に出ないと言った二年生は誰だろう、と思ったが口には出さなかった。蜜さんに負けたあの日以来、唐澤さんは部室に来るようになったのだ。強くなるだけなら家でネット将棋を指している方が良かったはずだから、何か思うところがあったに違いない。まったくルールを知らなかった崎原にも丁寧に指導していた。青田や光城にも、定跡や時間の使い方を唐澤さんなりの理屈で説明している姿をよく見かける。あの勝負が、唐澤さんを変えたのだ。
「じゃあBチームは俺と崎原さん、光城っすね。俺大将やりたい!」
「別にいいけど……じゃあ私三将」
「俺、副将ですか。いいですよ」
Bチームの面々は大会に出られるというだけでかなりテンションが上がっているようだ。ひょっとしたら三人とも「自分が余りものになってしまうのではないか」と思っていたのかもしれない。蜜さんが出ないことにより、この三人のことも丸く収まったようだ。
「じゃあ蜜さん、大会には来ないの?」
「もちろん行くよ。面白そうだし」
「つまり、前川監督ね」
「おー、みっちゃん監督、いいっすね」
胡屋さんと二人で部室にいることが多かった一年前、こんな状況は想像できなかった。たぶん光城は将棋が好きでここにいるし、青田にはきれいな女性部員という要因が大きい気がする。崎原は何で将棋部員になったのか今でもよくわからないけど、案外自然と馴染んでいる。
二年前僕は、島で一人将棋の本を読んでいた。強い人に教えてもらうとか、大会に出て協力して戦うだとか、そんなこと考えてもいなかった。あの日、蜜さんに出会えて。そしてそれから、二人の時間があって。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます