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「言っただろ。秋は五人制。このままじゃ無理。俺も暇じゃない」

 久々に部室に来た唐澤さんは、やはり指すつもりはないらしく本を数冊カバンに入れそのまま立ち去ろうとした。それを胡屋さんが必死になって引き留めたのだ。

「でも、これから入るかもしれないだろ」

「まだ入ってないような奴が今さら入っても同じだろ」

「そうとは限らないだろ。まだ時間はあるし、鍛えれば……」

「そういうお前自身全然伸びなかったじゃねーか。だいたい俺はもうチャンピオンだし、連覇しか目指してないわけね。団体戦はパス」

「それはないだろ……」

 大会の時の唐澤さんはちょっとかっこよかったものの、こういう時はやっぱり相変わらずだ。しかしこの前のことを思えば、たとえ人数がそろったとしても苦戦は必至だろう。それはわかる、わかるけど……やっぱり大会には出たい。

「あの……」

「なんだ、高嶺」

「唐澤さんは、家に帰ってネットで強い人と練習してるわけですよね」

「まあな。その方が強くなれるから」

「じゃあもしこの部に強い人入ったら、部に来てくれますか」

「まあそりゃ来ないでもないが。そんな奴いるわけないだろ」

「……心当たりがあります」

「ああっ」

 唐澤さんの目つきが異様に鋭くなった。思わずびくっとなってしまうが、言い出してしまった以上やめるわけにもいかない。

「事情あってあまり学校来れてないんですけど……何とか引っ張ってきますから」

「そんな奴いるならなんで春大会で連れてこなかったんだよ」

「それは……その時はまだ将棋が強いって知らなくて」

 適当な嘘をついてしまった。あとでいろいろと口裏を合わせなければならない。

「わかってんのか。俺、個人戦優勝したんだぜ」

「いやその、やってみないとわかんないですけど……」

 ここで人に頼るのは情けないとは思う。けれども、何かいい効果があるのではないか、という気もするのだ。唐澤さんも彼女も、思い切り戦える相手が目の前にいない。もしそういう人が現れたら、お互いにとっていい変化が生じるのではないか。

「いいよ。連れてきな。万が一負けたらなんでも言うとおりにするよ。そんなことになったら、勝つまで部室来ようと思うだろうしな」

「わかりました……交渉してみます」



「趣味かと思っちゃった」

 崎原がにやにやしながら言う。確かに冷静になって考えてみれば、そう言われても仕方がない。

 口から出まかせに言ってしまったため、いろいろと不都合が生じてしまった。その中でも一番困ったのは、どうやって在校生だと思わせるか、だ。そこで崎原に制服を借りようと思ったのだが……

「いやあ、まさか」

「了君そういうとこ謎だもんね。変な趣味とかありそう」

「ないない。普通です」

 蜜さんに話したら、一週なら土・日と休んでも大丈夫ということだった。おばあの体調のこともあり、宿の予約も受け付けを減らしているらしい。この夏が終わったら休業する予定とのことだ。

 どうせなら土曜のうちから来て、ゆっくりこのあたりも見て回りたいとのことだった。すでに宿もとってある。

 そんなわけで崎原と二人、バスの到着を待っている。

「でも、将棋部も大変なんだね」

「そうだね。こんなに人気ないとは思わなかった」

「でも、了君がのめりこむんだから、面白いのかな。私もやってみようかな」

「え」

「何かしてみたいもの。面白くなかったらやめたらいいわけだし」

「本当なら大歓迎だよ。一度部室に来てみなよ」

「うん」

 バスがやってきた。僕らの前で止まり、前方の扉が開く。キャリーバックを抱えながら、ふらふらと降りてくる女性。そういえば初めて見たときも、こんな感じだった。

「久しぶり」

「うん。疲れてない?」

「大丈夫。あ、えーと、崎原さんだっけ」

「はい、初めまして」

 二人はなぜか、しばらく見つめ合っていた。そういえばこれまで、この二人に接点はなかったのだ。何となく二人からぎくしゃくしたものを感じる。

「とりあえず、案内して」

「うん」

 キャリーバッグを地面に下した蜜さんは、空いた方の手で僕の手を握った。

「さあ、行こう」

 並んで歩く僕らの少し後を、崎原がついてきた。なんか、すごく恥ずかしかった。


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