6

 挫折だ。

 高校生活は、楽しいことばかりではない。そんなことは当たり前だけれど、最初の躓きは、とっても大きな躓きだった。

 浜辺に腰掛けて、ぼうっとしている。こんな時には、海を見るしかない。陽気が良くなってきたので、すでに泳ぎ始めている人もいる。近くに貝殻が落ちていたので拾った。耳に当ててみたが、何の音も聴こえなかった。

「やっぱりここにいた。隣いい?」

 崎原の声だ。そういえばさっき電話の鳴る音がしていたっけ。

「もちろん」

「じゃ、失礼」

 ぴったり横に、崎原が腰掛ける。僕は貝殻を砂浜に戻す。

「沈んでるね」

「撃沈してる」

「テスト?」

「そう」

「どれぐらい悪かったの」

「言いにくいぐらい」

 一応プライドというものがある。数学、二つ足しても100点無かったなどとはとても言えない。

「勉強は?」

「……したつもり」

「もっとできるんじゃないの~?」

「崎原はどうだったのさ」

「まあ、そこそこってとこかな。再試とかはまずないよ」

「……そっか」

 考えてみれば崎原は私立も受かっていたのだから、元々勉強はできるのだろう。中学校の時は周りの成績なんて気にしたこともなかった。運動もできて勉強もできて。僕らはどちらも苦手だ。

「危ないんだ?」

「危ないんだ」

 小さな女の子が、無邪気に目の前を駆け抜けていく。砂に足を取られてこけてしまったが、気にせず立ち上がった再び駆け出した。

「中学生の時にさ……」

「うん」

「もっと話せばよかったね。了君が勉強苦手ってことも知らなかった」

「そうだね。あんまり話したことなかったね」

 今、こうして崎原と話しているのは実は不思議な感じだ。風のことがなければ気にすることなんてなかったし、一緒の高校に行くなんてことも予想できなかった。そして今だって、二人の接点は何かと聞かれれば困る。ただ、一緒にいることに不自然さは感じない。

「了君はさ……あの宿の人と……」

「蜜さん?」

「……その、蜜さんと付き合ってるの?」

「うん」

「そっか。いいな、あの人綺麗だよね」

「そうだね」

 僕の頬に、さらさらとしたものが触れた。風に吹かれた崎原の髪が、撫でていったようだ。

「私も彼氏欲しいな」

「できるでしょ」

「誰でもいいわけじゃないから」

「高望みなんだ」

「そう。すごく高望み」

 崎原の向こう側に、僕らの島が見える。いつだって変わらないけれど、こちらとの距離はいつも違う気がする。とりあえず夏になるまでは、帰ることはないだろう。

「どんな人がいいの」

「それは……内緒だなあ」

 さっきの女の子が、また走って戻ってきた。それを見る崎原の瞳が、とても優しいことに気が付いた。崎原も走り始めた頃は、あんな感じだったのだろうか。

「私もなんか、見つけなきゃな」

 僕が置いた貝殻を拾って、崎原は立ち上がった。

「喉かわいちゃった。なんか飲みに行こうよ」

「了解」

 最近、この海のことも好きになってきたと思う。故郷はどこよりも大事な場所だけれど、今いる場所も大事になってくるものだ。

 勉強のことは、後回しにする。暫定的にそう結論を出して、僕も立ち上がった。


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