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「で、個人戦はどうなったの?」
「一回戦で強豪と当って、負けちゃった」
「ふーん。そんなにいっぱい強豪いるんだ」
「ほんと、びっくりした」
「で、その唐澤さんって人は?」
「優勝したよ。その昔のライバルって人ともう一度決勝で当たって、勝った」
「へー、すごいんだ。私も一度対局してみたいかも」
受話器の向こうで、蜜さんの声は弾んでいた。将棋の話は、活力になるのだろう。そして強い人と将棋を指したいという本性があるに違いない。勝負に対する恐怖心は、薄らいできているのではないか。
「今度こっちに来てよ。まあ、唐澤さん自体があまり部室に来ないけれど」
「……うん。そうだね。何にしろ、了君のところには行ってみたい」
「待ってるよ」
個人戦を終え、寮に戻ってきたのは十時過ぎ。明日も普通に学校に行かなければならないし、蜜さんにも宿の仕事がある。
「あのさ……」
「なに」
「最近、おばあの体調が悪いんだよね。いつ宿閉めるかわからないって」
「そうなんだ……」
「それに私も、いつまでもこうしてるわけにはいかないと思って……」
「どうするの?」
「……なんかすごい恥ずかしいけどさ……了君と同じ高校に行こうかなって」
予想外の言葉に、僕はしばらくその意味をかみ砕く必要があった。蜜さんは高校を中退していて、僕より年上で、そして僕の好きな人で。
「いいんじゃない」
そして、結論は、そんなに難しくなかった。
「そう思う?」
「蜜さんが決めたことなら。大変なことも、わかってのことでしょ」
「うん。またダメかもしれない。でも……ずっとこのままってわけにもいかないのはわかってるしさ……了君に変な虫がつかないか監視しなきゃいけないし」
「全然もてないよ」
「そんなことはないと思う。あ、なんか嫉妬する人みたいでやだな。とにかく……この島は居心地が良すぎて、大人になるのを忘れちゃいそうで。だから……寂しさが原動力の内に、頑張ろうかなって」
「うん、待ってるよ」
しばらく、声が聞こえなかった。いや、少しだけ、しゃくりあげるような声は聞こえた。
「ありがとう。困った時は、助けてね」
「了解です」
ずっと殻に閉じこもることはできない。僕もまたいずれ決断しなければいけない時が来る。その時は蜜さんにも手伝ってもらえばいいか、なんてことも思う。
「ちょっといい人過ぎるな。少しあくどい位がいいよ」
「そんなんでもてたら、心配するんでしょ」
「はは。そうだね。ありがと。そろそろ寝ようか」
「うん。おやすみ」
「おやすみ。またね」
僕がいない間に、どれだけ悩んだのだろう。僕に出会う前に、どれだけの悩みを抱えていたのだろう。蜜さんは素敵な人だ。僕が何かできるのならば、なんでもしてあげたい。
恥ずかしい位に蜜さんのことが好きなんじゃないかって気づいて、誰も見ていないとわかっているのに布団の中にもぐりこんだ。
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