2
久しぶりの島は、当たり前だけれど、前と何も変わっていなかった。そしてそんな僕の前を、以前と同じように駆け抜けていく影。
「崎原」
「あ、了君」
ピンぴょんと跳ねていた髪が、背中にくっつく。以前と変わらない、つまり最近にはなかった笑顔。
「こっち来てたんだ」
「うん。なんか……ほら、やっぱり落ち着くと思ったから」
「そうだね」
「了君もずっと?」
「連休中は」
「じゃ、また会えるかもね」
「うん」
「じゃあ、また!」
走り去っていく背中は、本当に前と変わらない。けれども、頑張って同じことをしているのだと思う。
僕は、ただここでのんびりしている。けれども、前のように何をしていいのかわからないということはない。
海を見るといつも81マスが浮かび上がってくるようになった。今僕は将棋が本当に好きなのだと思う。そしてそれは決して一人で得たものではなくて、蜜さんがいて、崎原がいて、そして風がいてたどり着いたものだと思う。
来週は、初めての大会。
この街に来るのはいつ振りだろうか。長く続く繁華街に、頭がくらくらとする。
「んー、なんだろうね」
四人掛けの席に、三人で座っている。僕の向かいには胡屋さん。
「なんですか」
「似ているのは当然なんだけど、双子って言うほど似ていないね」
「いや双子ですし」
「そうですよ」
僕の隣には風。
明日からの大会のため来たのだが、せっかくなので弟に会いたい、と言ったらこうなったのだ。ちなみに唐澤さんは「飯なんかつるんでられるか」と言ってどこか行ってしまった。
「そっかあ。風君は将棋しないんだよね」
「はい。趣味とか何もなくて」
「もったいない。今度是非してみようよ」
「機会があれば」
「うーん……了君よりもしっかりしてそうだね」
「よく言われます」
風は以前と変わらず元気そうに見えた。ただ、以前と変わらず上手く気を遣えるだけなのかもしれないと思った。
風はこの数か月の間に、僕以上のいろいろな経験をしてきたのだ。いい高校に合格して、街中に暮らして、レベルの高いクラスメイト達と勉強して。そして、女の子に振られた。それらのことを何事もなく乗り切れるほど、頑丈じゃないことはよく知っている。
「これ、地元料理なんですね。うちでは出なかった」
風がおいしそうに食べるのは、豚肉を煮た料理だ。そういえばうちでは豚肉そのものがあまり出ない。すごくおめでたいことがあるときに食べるものだと、どこかのおじいに聞いたことがあるような気がする。
「地方によって違うのかもね。風君の寮でも出なかった?」
「はい。いや、出てたかな……忘れちゃいました」
食事は楽しいものになった。胡屋さんも基本的に明るくて、この場を楽しんでいるようだった。唐澤さんもいれば、と思ったが、あの人はどうも集団行動が大嫌いみたいだ。蜜さんもそうだけれど、将棋が強い人というのはそういうものなのかもしれない。周りに壁を作って、それに耐えられるのか。ただ、明日は団体戦だ。
「あの……了」
「なに」
「頑張ってね」
「ありがとう。風も、いろいろ大変だろうけど頑張って」
「うん。大丈夫だよ」
僕は、弟のことが好きだ。そう思った。今までだって仲が悪いことなんてなかったけど、嫉妬することはあった。
けれども、兄弟がいて本当に良かった、と思うのだ。僕らには劇的な共感とかそういうものはないけれど、友人には決して築けない信頼関係がある。そんな気がする。
「よし、そろそろ行くか。睡眠が一番大事なんだよ」
胡屋さんの言葉で、僕らは立ち上がった。風との時間は終わりだ。しばらくはまた、信じ続ける時間。
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