2

「負けました」

 明るく染められた茶色いポニーテールが、ひっくり返って僕の目の前に飛び出てきた。それほどまでに、蜜さんは深々と頭を下げていた。

「強くなったね」

「……そうかな」

 まだ実感はわかない。たまたまかもしれない。それでも……それでも、ようやく二枚落ちで勝てたのだ。喜びがへそのあたりからじわじわとこみ上げてくる。

「定跡は覚えられてないところもあるけど……地力がついたってことかな」

「だといいな」

 将棋が強くなっている実感は、ある。以前は指せなかったような手が、時折見えるようになってきたのだ。

「そろそろじゃない」

「……うん」

 そして今日は、結果発表の日。いつも郵便が来る時間は決まっており、ちょうど今がその時間だ。家に帰れば、合否の書かれた封書が届いているだろう。

「受かってるといいね」

「まあ……そりゃね。でも、どっちでも一区切りかな」

「……そうだね」

 立ち上がろうとしたその時、ポケットから軽快なロックナンバーが流れてきた。着メロだ。蜜さんは目の前にいる、ということは家族からだ。

「はい」

「ああ了、受かってたよ」

「……え?」

「結果来てたから。よかったね」

「あ、うん」

 母さんは、それだけ言うと電話を切ってしまった。

「了君……」

「受かってたって」

「……おめでとう」

「うん。ありがとう」

 確かに、開けるなとは言わなかった。が、開けてくれとも頼まなかった。受かっていたからいいようなものの、何とも拍子抜けする話ではないか。

「でも……」

「ん?」

「さびしくなるな」

 こんな時、どう対応すれば一番いいのかはわからない。けれども本当にさびしそうな蜜さんの顔に、僕は思ったままのことを言った。

「僕もさびしくなる」

 小さく笑って、蜜さんも立ち上がった。そして、両手で僕の体を包んだ。まだ少し蜜さんのほうが背が高く、僕の体は蜜さんに埋まってしまった。

「了君には新しい場所ができるもの。さびしくなくなる」

「それはわからないよ」

「わからないけど……たぶん了君は大丈夫だから」

「蜜さん……メールしてよ。電話も……」

「する……けど、男の子のそういう言葉は、信用しきらないから」

 蜜さんの過去が、重い言葉となって僕の心にのしかかってくる。きっと僕も、今信じていることをいつまでもめできるわけではないだろう。ただ、嘘をついているわけじゃない。本心しか言わない。

「蜜さんが……蜜さんが来てくれたっていいんだ」

「了君……」

「どの島にだって、居場所を作ることはできるよ。どの島でも、大変かもしれないけど」

「……そうだといいけれど……」

 なんとなく、わかってはいる。蜜さんが弱いとか、そういうことじゃない。僕はまだ何もしていないだけだ。だから、蜜さんがどれほど苦しいのかなんてわかってはいない。わかるとは思えない。

「僕だって、どうなるかわからないよ。案外ふらっと戻ってきちゃうかもね」

「そうかもね」

 高校生になるんだ、そのことを初めて実感していた。僕たちはいろんな道に分かれていく。どうなるのか、何が待っているのかわからない。とても不安になってきた。

「……ごめん。わがまま言いすぎて……」

 それでも、蜜さんは腕を解かなかった。僕も、こうしていてほしいと思った。

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