9

 新学期が始まった。

 なんとなく、これまでとは違う空気が感じられる。当たり前に一緒に過ごしてきた島の仲間と、もうすぐ別々になってしまうのだ。島に残る奴もいれば、県外に行く奴だっている。僕らは、ばらばらになっていく。

 授業なんて、真面目に聞く気にならない。前の方に座る、風のことを眺める。一生懸命ノートを取っている。多分クラス一真面目だ。

 そんな風が、恋をしているということが信じられない。勉強一筋で、余計なことは考えていないように見える。僕にわかってると思ってたのに、と言っていた。いったいどこから感じ取れというのか。

 放課後。僕らは並んで帰る。信号を越え、まっすぐな道をずっと。左右に畑が広がっている。そしてところどころにある、平べったい屋根の家。何年も何回も、この道を歩いてきた。

「風」

「なに」

「遠回りしないか」

「え」

 ちょっと、感じたことだった。どこまでも平らで、せまくて、ちょっとぐらい道を変えてもたいして何も変わらないだろう。でも、だからこそ同じ道じゃないときがあってもいいのではないかと思った。

「たまには、さ」

「いいけど」

 曲がって、曲がって、海沿いの道。少し変わった景色には、工場も見えてくる。港と島烏を結ぶ道でもある。

「こっちの方が……ちょっと、風が強いかな」

 そう言う風の髪の毛が、乱れてたなびいている。自分の頭に手をやってみる。同じ髪質のはずだけれど、何となくべたっとしている気がする。風よりも多く、塩分を取りこんでしまったのかもしれない。

 後ろから、こぎみのいい足音が聞こえてくる。誰かが走っているようだ。そして、なぜか隣の足音が消えた。風が立ち止まったのだ。

「おっ、珍しいなー」

 駆け寄ってきたその人は、僕らの前で止まっても足踏みを続けていた。上下青いジャージ、無造作に束ねられた髪がぴょんぴょんと跳ねている。

「なんだ、崎原か」

 彼女は、同級生の崎原。クラスの女子では一番運動神経がよい。将来は陸上選手になりたいらしいが、うちの学校には陸上部がないので、いつも島内を一人で走っている。

「いつもここ通らないだろ」

「今日はたまたま」

「そっか。……こうやってみると、二人本当に似てるね」

「双子だからね」

「ふふふ。じゃ、また明日ねー」

 手を振りながら、崎原は颯爽と走り去っていった。しばらく僕も手を振った。そして隣を見ると、風はうつむいていた。耳が真っ赤になっている。

「あのさ、風」

「……何」

「学校だと普通にしてるのに」

「……何のこと」

「何のことかなあ」

 ようやく顔を上げる風。走り去っていく崎原の背中は、随分と小さくなっていた。

「素敵だと思わなかった?」

 ちょっと、考えた。確かに、かっこいい。ただ、それはすごく客観的な、海を見て綺麗と言うような、牛の出産を見て素晴らしいと思うような感じだ。崎原が特別に感じるというようなもの特にはない。

「風はそう思ってるんだね」

「……うん」

「伝えればいいんじゃないの」

「……え、ええっ」

「いいじゃない。付き合っちゃえば」

 首筋まで真っ赤にした風は、首をぶんぶんと降った。

「そんな……できないよ。了みたいには……」

「え、俺?」

「了は、蜜さんに言えるだろ。……そういう、なんというか」

「……言わないよ」

 そして、言おうと思ったこともない。改めて考えると、僕と蜜さんの間には、そう言う言葉が介在する余地がないように思えた。向こうがどう思っているかは分からないけれど、そういうことがないからこそ安心して一緒にいられる気がするのだ。

「そうなんだ」

「今度風も話してみなよ。そしたらわかる」

「……うん」

 もう、崎原の姿は見えない。けれども、僕の目にも揺れる髪が焼き付いている。


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