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 夏が来る。

 風はますます勉強に励み、両親はますます風のことにかまいっきりだった。僕は行ける高校に行けばいいらしい。夏休みは勝負の時だと言うが、勉強しないのも勝負の一つではある。

 もう、島に残りたいのか出たいのかもよくわからない。少なくとも風には家業を継がせたい様子はないけど、馬鹿だから僕に継げと言うわけにもいかないのだろう。僕は宙ぶらりんだ。

 島の暮らしは落ち着く。そうかと言って、島を愛しているかと言われると戸惑ってしまう。別にどこでも生きていける気がする。何事も、やってみないと分からない。

 この季節になると観光客がたくさんやってきて、島のあちこちで見かけることになる。彼らにとってこの島は非日常的な場所らしい。僕はたまに本島に行くが、確かにそこは非日常的世界だ。住んでみたら、何かが変わるだろうか。

 風が静かに勉強していると、家の居心地が悪い。部屋にいたら邪魔してはいけないと思うし、居間にいても自分だけ勉強していないのが後ろめたくなってしまう。

 ほとんど同じなのに、風は賢くて、僕はそうじゃない。脳の作りが違うなんてなんと残酷なことだろう。もし風がいなければ、僕は自分自身に特に不満を抱く点などないのだ。風がいるばかりに、自分が努力を怠っているんじゃないかと思わされる。

 まあそれでも申し訳程度に参考書を開いてみる。世界で一番つまらない本だ。将棋の本ならば楽しいのだが、島では売ってないし、この時期にねだって買ってきてもらうのもなんか気が引ける。こんなことなら前回本島に行った時に、もっと買っとけばよかった。

 僕は、将棋のことをまだよく知らないらしい。駒を落とした対局があることも、プロになるのにショーレーカイというところに入ることも知らなかった。詰め将棋の本には、「大倉寛和六段」の文字が。この人もプロの一人なのだろう。

 将棋のプロ。将棋でお金をもらう人。蜜さんよりも強いわけで、どのぐらいのレベルかちょっと想像が付かない。

 机の上にある、おじいが作った盤を見る。駒も乗せるのも苦労するほどデコボコだ。蜜さんのものは艶やかで、手入れも行きとどいていた。ああいうものも欲しいけど、きっとすごく高いんだろう。

「了」

 突然、声をかけられた。風がこちらを向いている。

「なに」

「あのさ……島烏に来たお姉さんいるでしょ」

「ああ、蜜さん」

 勉強中に僕に話しかけてくるなんて珍しい。しかも、ちょっとためらいがちに。

「仲いいよね」

「まあね」

「……綺麗だよね」

「そうだね」

「それだけ」

 風は、何事もなかったかのように再び勉強を始めた。でも、耳の付け根が少し赤くなっている。

 こいつも、本当は何をしたいかなんてわかってないんじゃないか、と思った。風は不安だから勉強をして、僕はどうでもいいからしない。ただそれだけの違いじゃないか。

 綺麗だよね、か。会うたびにそれは分かってくるし、感じなくもなっている。綺麗ということは、すっきりとしているということじゃないか。色々なものを見せないから、整っているところが目立つ。彼女はまだまだ、色々隠していると思っている。

 まあ、そんなことはどうでもいいか。

 できないことは諦めて、席を離れた。空が青いじゃないか。


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