第10話

薬剤師の頭上に赤い三角アイコンがくるくる回っているのを見たら、思わずふいてしまった。シュールすぎる。ゲームなどでよく見ていたが、実際出会うとなんだか滑稽で笑いが止まらない。

周りには当然見えないものだから、薬剤師を見て何故か笑ってる不審者にしか見えないと思う。でも、薬剤師が悪いんじゃない。そこは弁解させてもらおう。

肩を震わせる自分を直也が少し心配そうに見ているのもわかる。わかるがもう少し笑わせてほしい。こんな無意味に笑うのは久々だから。




腹筋が崩壊する寸前、薬剤師の申し訳無さそうな表情を見てようやく笑いが収まった。




「浄和様にお願いする内容ではないと思いますが、よろしくお願いします。」

薬剤師がうやうやしく頭を下げる。

内容は調剤に必要なもの薬草を所定数集めるというもの。以前は街の周辺に生えていたらしいが今では街の周辺には無く、魔物が棲む山岳に生えているとのこと。

コマンドウインドウからマップを『選択』、依頼されたネノハナをマーカー表示させると確かに街の周囲にはなく、少し離れた山岳と思しき場所にマーカーが表示される。それと同時にマップに黒いモヤのような色が動いているのに目が止まる。

「直也、これなに」

素直にその黒いのを指差し尋ねる。

「このモヤの近辺は敵性生物の居る、という目印となります。戦闘が予想される場所、と考えてください」

今いる場所と山岳の間にちらほら存在するモヤは不規則に動いている。避けることも出来そうだが、中には道幅全体を塞いでいるものもある。




戦闘。

朔サマとのものは戦闘というよりただのお遊びだ。

戦う、と言うことは命のやり取りを意味する。




元現実で好戦的な敵になんて遭遇してないし、命のやり取りなんて以ての外。食品加工のための屠殺さえ、やったことはない。




でもこの世界に来たからにはそうは行かないだろう。魔法が使えるということは魔法を使う必要性があるということ。

武器を持つということは何かの命を奪うことになる。




その覚悟の『選択』を、していない。




魔法が使えたらいいな。

かっこよく敵を倒せたらいいな。

それは端的に言えば「敵を傷つけ」、「敵を殺す」と言う言葉に他ならない。そこは逃げられない事実。

倒す、なんて言い換えても、事実は変わらない。




生きるために殺す。

必要だから殺す。




だが、楽しくて殺すことは決してしてはならないと思う。

いくら自分だけの世界でも、その道理は捨ててはいけないと思う。




この依頼で、初めて「手を汚す」ことになるのだろう。それに酷い不快感や抵抗を覚えるのならば武器を持つことも魔法も使うことも出来なくなるだろう。






まだ覚悟は『選択』出来ない。




それでも示された方向に、足を向けた。

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