第39話 散り桜、ピンクい

 体育館倉庫裏は、体育器具やら屋内競技用器具などが搬入しやすいように、ちょっとした空間になっている。そこに一本だけ植えられている枝垂れ桜が、実は学園の裏名所の一つで、春過ぎのカップルどもがお弁当を広げている……らしい。本庄情報だし、僕らが入学して落ち着いた頃には、もう桜も散ってたからしょうがないよね。


 でも、女子を呼び出して告白するには絶好のポイントなんだとさ。ヨシクニ情報だと。


 確かに人目もつかないし、コンクリート塀で外界からも遮断されているし。告白に成功して歓喜の声を上げるもよし、失敗して苦渋の涙を流してもよしだ。


 いつか僕もここにお世話になるのかしら。と、思ったけど、今どき呼び出して告白ってのもねえ。九割五分キョトンとされるか、ドン引かれるだろ。そもそも呼び出して告白するってことは、スマホとかの連絡先を知らないからで、ということは面識も定かではなく、つまりは一方的な片思いであると断定できる。


 ∴フラレる。なんつーの、女心と男心の綱引きで勝者がカップルになるはずで、その綱引きをするためにも駆け引きツールは必須だろう。


 そんなもんのなしに、一方通行の思いの丈をぶつけるって、それって玉砕って言わないか?


 恋愛テロリストだ、そんなもん。


 ということは、体育館倉庫裏で告白成功例は極く少数に過ぎず、逆に言えば失恋峠っていってもおかしくないじゃねーの。峠かどうかは知らんけど。


 まあ、失恋による負のバイブレーションの溜まり場にあることは確かだな。


 そんな場所に僕を呼び出したレツさん。たぶん、野良猫でも拾ったんだろ。で、お家で飼えないからって、ここで育てる気になったんだろ。「ふふ、お前も独りかよ」って自嘲気味に笑ながらミルクでも上げるんだろ。ヤンキーだし。そうに決まってる。


 ということは、段ボールか何か持ってきた方が良かったかな。と手頃なモノが落ちていないかキョロキョロしながら到着すると、やっぱり猫。


 否、百田がいた。


 は、百田!?


 彼女はまだ僕に気付いていないらしく、物憂いそうなその後ろ姿から察するに、枝垂れ桜を眺めているようだ。


 えーーと、えーと、えと。


 どういうことだよ!?


 え、ええ、えええ!!


 こ、この場所というか、このきっかけをセッティングしたのはレツさんで、そこにいるのが百田で、それを訪れたのが僕ということは……。


 マジか。


 姉さん、俺に百田に告れと。


 百田も僕のことが好き好き大好きで、両想いだから、お前ら見てらんねえ。さっさとくっついてしまえと。


 マジかー!!


 そんな気は薄々感じていたんだよ。


 レツさんも粋な計らいをするじゃないか。後で高級なチョコレートを買ってやろう。


 超人生イージーモードじゃん。


 フラレることがない告白って、それ、チートっしょ。無敵状態ザンザンバラバラじゃん。


 やべえ。俺の人生株、急上昇だわ。


 もう老後も安泰ですわ。


 お互いの親共々、顔見知りだし、こりゃ話は早いぞ。もう告白すっ飛ばして、プロポーズするか。しちゃおう。するぜ。


 ごほん。げふげふ。


 まず後ろから百田の肩をすっと抱いて。


「君には、今のこの樹は似合わないよ」


「あ、あれぇ? カル君!? ぇえ。どぅして!?」


「この樹だって君の美しさに萎縮して、花を散らしてしまったのさ」


「ヤだぁ、ロマンティックに溢れてぇる! 素敵ぃ!」


「だけど、安心してくれたまえ。来年から、この桜は君のためだけに咲くんだ。そう君色の輝きにね」


「子供は二人でいぃ?」


 はい。ここで問題です。今の会話の中で間違いを探しましょう。


 では、正解はこちら。


「(小声)も、も、ローちゃん……」


「あ、あれぇ? カル君じゃぁない? どぅしたの?」


「(小声)いや、うん、レツさんがね」


「あぁ、見てぇ、カル君、毛虫だぁ。わぁ、うねうねしてるぅ」


「(小声)いや、うん、そうだね、毛だらけだね」


「それにしても、暮内くれうち先輩、遅いねぇ」


 舌を噛んで死にたい。


 百田の半径一メートルすら近づけねえし。


 いやね、僕だってバシッと百田が蕩かしちゃおうと思ったんだよ。だけど、顎がね、ガクガク震えるの。歯がガチガチ鳴るんだよ。


 告白って、こんなに度胸のいるもんなの!?


 これ、どっかの未開民族とかの成人の儀式にいいんじゃないの!? 告白できなかったら一生、未成年。おお、中年ピーターパンが大量に空に飛び交う未来が見えるぜ。


「で、カル君は何の用ぉ?」


「ぇえ? にゃ、まあ、レツさんが野良猫をね、『あたしと一緒だ』とか言ってて」


「?」


「ごめん、ローちゃん、僕、泣きそうだわ。うん、実質、泣いているよ」


「あ、暮内くれうち先輩、来たぁ」


「Oh, God!!」


 いや、天の助けだ。デウス・エクス・マキナだ。この進退窮まった状況を打破すべく、運命を正しくする正義の味方だ。


 ありがとう、レツさん!!


 僕と百田の明るい家族計画のために、本当にありがとう!!


 そんなに豪快にお胸を揺らして走らなくて良いんですよ!!


 鬼みたいな形相しないでください。祝いの席です。あなたはその天なる御使い、微笑んでください。


怒隷狗ドレイク、こっから先はあたしだけで充分、ありがとな!! くれぐれも他言無用、すぐさま立ち去れ!! 後は、あたしの独壇場だ!!」


「「「はい!! 気をつけて!!」」」


 え、怒隷狗ドレイクさんも来てたの?


「おい、牛乳!! 何、ボケッとしてんだ!! さっさとその女から離れろ!!」


 意味がわからない。


「その女はヤベえ!! いいから逃げろ!!」


「何言ってんすか?」


 振り返り百田を見た。


 百田は微笑していた。気怠そうに、退屈そうに。


「ぃやだ、ひょっとしてぇ、バレた?」

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