5

 妖精族は謎に包まれた種族である。体が手のひらに乗るほど小さいこと、美しい4枚の羽根で飛ぶこと、好奇心旺盛で自己中心的な性格であること、姿隠しの魔法を使うと他者が体に触れることが出来なくなること。


 それくらいの情報しか残されておらず、あとは「食べられるが必然ではない」「睡眠不要」「排泄行為はない」「知識が豊富」など真実不明の噂がある程度だ。

 これは妖精族が他種族と滅多に交流しないのが原因だった。


「妖精ちゃん、ご飯は食べるかしら?」

「食べられるけど魔力を取り除かなきゃ、魔力過多でこの辺りが吹っ飛んじゃいます…」

「あらあら、それは大変だわ。きちんと魔力を取り除いておくから一緒に食べましょうね」

「ありがとうございます、シアチアさん」

「食べてはいけないものはないのかい?」

「えーっと…。…特にないみたいです。魔力さえ気をつければ。わたしたちは食べたもの全部体の中で分解して魔力として吸収するから、栄養とかも考えなくていいって」

「不思議な体なんだねぇ、妖精族って」


 一家団欒の席で父と母が興味津々に彼女と話している。その話を聞きながら私はこれからのことを考えていた。


 休暇は残り2日。最終日は王都に戻らなくてはならない。帰れば当然山積みの仕事に励まなければならなかった。

 それはいい。問題はこの子のことだ。


 ここには、置いていけないだろう。彼女との約束もあるが、森の異常現象は子爵の耳にも届いている。そして今日唐突に正常に戻ったことも伝わって、恐らく調査が入るだろう。

 調査員がもしここに残していったこの子を見つけたら。──間違いなく子爵の元へ連れて行かれるだろう。

 現在のウィルディー子爵は悪い人物ではない。慕っている領民も多い。しかし貴族とはどこでどんな繋がりがあるか分からないのだ。


 妖精族の希少さを考えると、王都も危険だがここも危険だ。それならば私の目が届く王都に連れて行きたい。

 だが、そうしたとしてまた新たな問題が浮上するのだ。…ほぼ1日の全てを本部と城で過ごす私の不在中、果たしてこの子は部屋で大人しく待っていられるだろうか。


 好奇心旺盛と聞く妖精族だ。そして知識はあるが賢くはないのである。…何かに興味を引かれて後先考えずに部屋から抜け出すことがないとは言い切れない。寧ろその可能性が高く思える。

 しっかり言い聞かせたとしてもどこまで拘束力が続くか…。


「どうするんだい、バルド? 私たちは彼女がいても構わないよ。家も賑やかになるしね。何よりお前は仕事がある。何十年も帰って来られないほど忙しいんだろう? ここでなら寂しい思いもさせずにすむが」

「いや。この子は一緒に王都へ連れていく。仕事中も連れ歩けばいいだけのこと…」


 無意識に私はそう口にしていた。自分の発言に驚く中、振り返った少女の目が嬉しそうに輝いている。ぱぁっと花が咲くような笑顔というのはこのことだ。

 そんなに嬉しそうにされたら、今のは失言だったとは言えない。


「隊長さん、いいの?」

「…約束したからな。それに君は、君が思っている以上に危険な状況にいる。私の傍にいた方が安全だ」

「危険…? ……あ、珍しい妖精族だから捕まっちゃうってことですね。捕まる前に姿隠ししちゃえば大丈夫だけど、怖いのは嫌だからわたし隊長さんと一緒にいます!」


 にこにこと私を見つめる彼女を見れば、完全に信頼されていると察せる。泣いているこの子を慰めはしたが、これほど信頼を寄せられるようなことでもなかったと思うのだが。

 けれど、こうして絶対の信頼で頼られるのは素直に嬉しい。こんな感情は久しぶりだった。まるで前世の、結希と兄妹でいた頃のような。


「…必ず君を守る。だから君も私の言うことをよく聞いてほしい。約束してくれるか?」

「はい!」



 その日の夜、わたしは部屋で1人彼女の名前を考え続けた。

 彼女は今両親の寝室で過ごしている。妖精族は寝ない、という噂は誤ったもののようだ。「魔物さえ眠るのに、妖精族に寝るなって世間はとても冷たいんですね…」と落ち込んでいたな。


 名前の候補はいくつか考えた。そしてその中から本人に決めてもらうのが1番かとも思ったのだが、名前というものは人からもらう初めての贈り物である。あの子にその経験がない事実を作ってしまうのは悲しいし、私も嫌だ。

 気にいられないかもしれないが、その時はまた違うものを用意しようと「スノーティア」に決めた。


 この世界の名付けにもいろいろあるが、知人友人、親の名前を一部受け継ぐというのが一般的か。私のエルバルドというのも、フェアル家の先祖エルヴァスとバルドナートの2人からつけられたものだ。


 エルヴァスはこのエルフの集落を作った初代村長、バルドナートは結婚して10年で亡くした妻との子どもを育て上げ、その後再婚も恋人も作らず生を終えたエルフだ。エルヴァスは父の、バルドナートは母の希望で私の名前はこうなった。


 彼女にスノーティアと名付けたのは、幸せになってほしいと願っているからだ。

 こちらでは造語になってしまうが「スノー」はsnow、雪と結希をかけて。「ティア」はtears、涙から。


 無力な陽希が救えなかった後悔を2度と抱かないために、私が絶対に彼女を守るのだという誓い。どれほど長い生になるのか分からない日々を、結希の分まで元気に笑って幸せになってほしい。

 そんな私の気持ちを込めた、半分は自己満足の名前だ。

 当然本当の由来は誰にも言えない。


 ──名付けた日に、まさかそのスノーティアが結希自身だったと知ったのだが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る