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200歳になってからはやたらと見合い話が増えた。理由は恐らく近衛の副隊長になったからだろう。
故郷からの見合い話であれば伝達魔法でひと言「忙しいので先方にはお断りしておいて下さい」ですむ。問題は職場からの話だ。
もうずっと想い人がいるのを理由に断り続けていたが、階級が上がってから「それはそれ、これはこれって言うだろ。もしかしたら新しい出会いで愛が芽生えるかもしれねぇじゃん」といろんな同僚たちに言われ、嵌められ、何度か実際その席につくことになったこともある。
しかも大抵が貴族の令嬢。伯爵位以下からの縁談だった。騎士は一応貴族という扱いではあるが、エルフの里出身の単なる村長家の跡取りである私に一体どうしてほしいのかと本気で思う。
断りにくいことは事実だが、今まで通りに断った。納得しない貴族にはいずれは村に戻ることを伝え、寿命が違い過ぎる相手との婚姻は望まないときっぱり告げておいた。
大抵、寿命の話をすると相手が諦めてくれる。エルフの「婚姻相手が亡くなってもよほど想える相手が現れない限り、そのまま妻または夫を死ぬまで思い続ける」という特性が有名だからだ。
竜人族より効果は薄いが、使えるものは何でも使う。私は結希以外と結婚するつもりはない。
その肝心の結希は未だ現れず。
あの女性が言っていた「まだまだ先」とは一体どれほど先なのか。私は本当にただ待っているだけでいいのか。
そんな不安が大きくなってきた頃のことだった。父から森の魔力濃度がおかしい、1度帰って来られないかと連絡が来たのは。
縁談を持ちかけられることもあって、暫く帰省せずにかれこれ…90年以上ほど。100年にはなっていないはずだが。
私だけでは帰らないと思ったのか、父はシアンにも連絡を入れていた。シアンは私とは違い近衛に所属されてから時々帰っているらしい。
少々億劫ではあったものの、森がおかしいなら調べるべきだろう。ウィルディー子爵も把握しているとは思うが。
2人揃って4日の休暇を取って、ある程度仕事を前倒しで片付ける。1番調整が厳しかったのはこの数年手を焼いている、王妹殿下の護衛予定だ。酷い癇癪持ちの殿下の護衛につきたがる騎士は一部のみである。
どうするかと悩んでいたら、ありがたいことにマーティン副隊長含め女性騎士も護衛に入り、4日間乗り越えるから安心して行ってきてくれと言われた。
こうして私とシアンは、故郷へ里帰りしたのである。
まさか「まだまだ先の未来」が目の前まで迫っていたとも知らずに。
☆
森の奥には、少し開けた場所がある。そこは普段狩りに出た者たちが休憩の場に利用するところだった。
帰省して2日目。帰って早々確かに森の魔力が異常なほどに濃く漂っていることに気づいた。これではいつ魔物が引き寄せられてもおかしくない。
だが、村の者に話を聞いても異常はこの魔力濃度だけで魔物は現れていないらしい。シアンと首を傾げながら、とりあえず森を見て回ったのだが昨日は原因にたどり着けなかった。
今日こそはと森に入り、息苦しさまで感じるほど付近の魔力が濃くなって先に気分を悪くしたのはシアンの方だった。
魔力は体に害を及ぼすものではない。だがこれだけの魔力を含んだ空気に私たちは慣れていなかった。
通常、私たちは大気中の魔力を息と共に吸い込んでも摂取出来るのは極々僅かと言われている。ほとんどを吐く息と一緒に外へ出しているらしい。
だが濃度が高いと吸い込む息と一緒に体内に入る魔力が僅かに増える。そうなると息苦しさや気分の悪さを感じることがあった。──魔力酔い、と呼ばれるものだ。
騎士はこの魔力酔いを避けるために訓練を受けているのだが、流石にこれは濃すぎた。
先に進むのは危険かと考えた時だった。あれほどの魔力が霧が急激に晴れるように消えた。魔力濃度も十分おかしいが、この現象もおかしすぎる。
「…シアン、ここで休んでいろ。先を確認してくる」
「危なそうなら、戻れよ」
「ああ」
異常が消えたからと体調がすぐによくなるわけでもない。何があっても対処出来るように、シアンは置いていくことにした。
そうして足を進めた私の耳に、やがて小さな小さな泣き声が届いてくる。どれだけ泣いていたのか、声は既に掠れていたが嗚咽は続いていた。
そして辿り着いたその場所で、私は小さな妖精の少女と出会った。
最初こそ弱々しく感じられた妖精族の少女は、私に警戒心を見せることもなくすぐに懐いた。
妖精は希少な種族である。生まれたばかりとはいえ見知らぬ男にこんなに簡単に懐いていいものかと、私の首に小さ過ぎる両手をついてバランスを取りながら肩の上に立っている少女に頭を抱えたい心境だった。
そして、それは起こる。一瞬だった。正直意味が分からなかった。
「えいっ」と耳元で聞こえたと思ったら、少女が地面に真っ逆さまに落ちていたのだ。不覚にも動けなかった。
というか、何故落ちた? やはり危ないから座れともっと強く言うべきだったか。「大丈夫だよー、落ちないから」の言葉とその背にある4枚羽根を信じたのがいけなかったのか。
いや、しかし。先程私は確かに声を聞いたぞ。えい、というかけ声を。…自分から、飛び降りた、んだな?
遅れて、少女を拾い上げた私の手の上で「飛べない」と彼女は項垂れた。
その直後、彼女の行動の意味を察した私は声を荒げて叱りつけてしまう。小さな子どもには私の声量は大き過ぎたかもしれない。だが、こちらは意図しない自殺を目の前で見させられたのである。私が気遣いを出来なくても仕方のないことだったはずだ。
森の異常現象の原因だったこの妖精は、生まれたばかりというのが嘘のように振る舞った。自分である程度の知識も、常識非常識も分かるのだとも語った。
妖精族について分かっていることは少ない。だからこそ私は生まれたばかりであっても妖精とは知能が高く賢い種族なのだと考えていたわけだが。
これは、多分…頭を使うのが苦手な種族なんじゃないだろうか。知識はあるがそれを上手く利用することが出来ない。
「人攫いという犯罪があることは知っている。だが、目の前の見知らぬ人物が危険人物とは疑わない」「高所から落ちると最悪死に至ることを知っている。しかし自分が落ちるとは考えない」
…非常に、残念なイキモノのように思えてきた…。
これが妖精族に共通することなのか、それともこの子個人の問題なのかは分からない。だがそんなことはこの際どうでもいいことだ。
私は泣いている彼女に一緒にいると約束した。他の妖精がこの子よりも賢い頭脳を持っているのだとしても私には関係ないことである。私が知るべきなのはこの少女自身のことなのだから。
村に戻る途中、置いてきたシアンと合流する。少し休んだおかげか、魔力酔いは治まって体調も戻ったようだ。
「うっわ。ちっさ! この大きさで自分で動けるのかよ」
「動けるよ」
「喋った!」
「生きてるからね! わたし、まだ名無しの妖精族です。お兄さんは隊長さんのお友達ですか?」
「ああ…。俺はグラシアノって名前の、ハーフエルフだ。隊長さんとは同じ村の出身で幼馴染みで、今は部下でもあるな」
「ハーフエルフ!! あとの半分は?」
目をキラキラさせて尋ねる彼女を、誰が見ても疎ましく感じているとは思わないだろう。嫌悪でもなく、無関心でもない
この少女の警戒心のなさをどうにかしなければとは思うが、今はシアンが心を許せる相手に出会えたことを喜んでおくことにした。
「あー、母親が魔族だ…」
「魔族!! 一緒に暮らしてるの? 村に行けばグラシアノさんのお母さんと会える?」
「会えるが…会いたいのか」
「うんっ! 隊長さんはエルフで、グラシアノさんはハーフで、お母さんが魔族で…ふふふん」
「……おいバルド。何をこんなに喜んでるのか、分かるか?」
「さぁな」
そのひと言と苦笑で返事をして、私たちは帰りを待っているだろう村へ足を向けた。彼女が何を思って笑っているのかは知らないが、非常にご機嫌そうなので放っておいても大丈夫だろう。
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