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「…バルド、俺さ。騎士辞めるかも」
「……」
「魔族との混血のくせに純エルフと堂々とヤり合える俺を異常者だって言うやつ結構いるじゃん? まぁ俺もハーフにしては異常だと思うけど。貴族相手だとさー、ちょっと風当たり強そうなんだわ」
「それで、らしくもなく逃げ出すのか」
「んー、逃げるっつうより周囲の安全のために離れるって感じ? 嫌々お偉いさんの護衛してやんのに、その相手から好き放題言われるんだぜ? 寛大な俺にも限度ってもんがあるっつの。キレて大きな被害出す前に自分から遠ざかった方がいいじゃん? 牢屋暮らしにも憧れたことねぇし」
だから、とシアンは笑った。「かも」と言っていたくせにその笑顔の中には迷いが見られない。恐らくもうほとんど心は固まっているのだろう。
190年も一緒にいた。エルフにとってはまだ短いとも言える期間ではあるが、その時間のほとんどを私に付き合わせてしまっている。
シアンにはシアンの人生があるのだから、私が引き止めるのは間違っているのだろう。こいつの言い分も理解出来ないわけではないし。
「…そうか。辞めたあとは冒険者に戻るのか」
「ああ。暫くはこの辺を拠点に、お前と魔物狩りしてやるぜー」
「…それはありがたい心遣いに感謝したいところだが」
「──あ? なんだよ?」
「残念ながら私はもうすぐここから離れることになる。今度は王都住まいだ。魔物との戦いからも離れることになるだろうな」
「………は? ちょ、はっ? 王都って」
「私は常々お前には申し訳なく思っていたんだ。互いに冒険者になりたいと夢を持ちはしたが、その生活のほとんどを私の事情に付き合わせてしまった」
「いや、そんなことは…ってそうじゃなくてだな」
「そうと分かっていながらシアンとの旅は楽しくてな。私は1人でも平気だと…お前はお前の道へ行けと言ってやれなかったんだ」
「なぁ、俺のこの声を聞いて。マジで聞いて。俺さっきからお前の王都でってやつがすげぇ気になってんだけど!」
「騎士になってからもなんだかんだこうして共にいて、真剣に話し合うこともなかったな」
「まだ流すのかよ?! 聞けよ、答えろいい加減!」
「……はぁ」
せっかく気恥ずかしい気持ちを堪えて伝えるべきことを告げておこうと思ったのに、台無しだな。
私は騒がしい相棒を冷ややかに見つめてから、再度口を開いた。
「次の移動で私は近衛に移ることになっている。お前と一緒だと聞いていて楽しみにしていたんだが…」
「近衛!? バルドも?」
「ああ。どうやら隊長が推薦して下さったようでな。1度は近衛に行って経験を積んで来いということらしい。…しょっちゅう隊を抜け出して来るお前と一緒に。──だが先程も言ったが、シアンはシアンのやりたいようにすればいいと思う。騎士を辞して冒険者に戻るというなら、私はそれを支持しよう」
それからシアンは暫く黙り込んでいた。どうやら考えをまとめる時間が必要なようなので、私は書きかけの書類仕事をして待つことにしよう。
「…辞めるの、止める…」
やがてそんな小さな声が零された。
あまりにもそれが不貞腐れた幼い子どものようで、不覚にも笑いかけてしまったじゃないか。
「──嫌なんだろう、近衛。無理をすることはないぞ」
「嫌だけどさ…お前が一緒なら、暴走しねぇし」
「同じ隊でも護衛対象は別だと思うぞ?」
「いーんだよ。ストレス発散相手が近くにいれば!」
「……素直になったかと思えば、また捻くれたことを。生きにくくないのか? 別に私と一緒にいたいと言えばいいのに」
「──ばっ、語弊!! 言い方考えろよバカヤロー!!」
ギャーギャー騒ぐシアンに肩を竦めて、私はまた仕事に戻る。
実は私は知っている。こいつがどうして私と離れたがらないことを。
『ねぇ、いいじゃない。あたしとパートナーになってよ。相棒解消なんて珍しい話じゃないんだしさ! ハーフ同士だもん、絶対いいパートナーになれると思うの!』
冒険者時代にそう言ってシアンに言い寄る女性冒険者がいた。少し席を外している間の出来事で、彼女はもちろんシアンも私が戻っていたことに気づいていなかっただろう。
『あのなぁ。何度も言ったけど、俺は一生他のヤツとは組む気ねぇの。これ以上付きまとうな、迷惑だ』
『何で? 同郷で幼馴染みだからってそこまで義理立てる必要ないじゃない。それに男同士で旅するよりさ、あたしみたいな女が一緒の方が絶対楽しいよ?』
『…何と言われようが俺の気持ちは変わらねぇぞ。別にそういう意味で女に困ったこともないし。──俺はあんたと違って生まれた時から幸運に恵まれてんの。ハーフでも関係なく接してくれて、異常な力を嫌悪もせずそれどころかもっと一緒に強くなろうって言ってくれるヤツが傍にいてくれたからな。パートナーなら他のヤツを誘ってやれば? 俺みたいな幸せ者じゃなくて、慰め合えそうなヤツをな』
異種族が惹かれ合って婚姻関係になることは珍しくない。そして生まれた子どもは当然ながら混血だが、体に現れる種族の特徴によってどちらの種族を名乗るか決められる。
シアンの見た目は魔族に近い。耳はエルフのように長くなかった。だというのにハーフエルフだと名乗っているのは、体のどこにも魔族を示す紋が浮かんでいなかったからだ。
耳は丸く、紋もない。村の人たちはそれに困って、結局赤子の魔力量と魔法の素質を見てどちらにするか定めたらしい。
見た目は完全に人族なシアンを、村の一部の連中が疎ましく思っていたことは子どもの頃から知っていた。たまにきつく当たっていることも。
だがシアンはそのことについて私に話したことはない。愚痴の1つや2つ聞いてやるのに、と何度も不満に思った。けれど次第に気づいたことがある。
そういう嫌なことがあったあとの鍛錬では、シアンは荒れるのだと。私を相手に剣を打ち合えば、鍛錬後はスッキリした顔を見せるのだと。
私自身はハーフということについては何も思わない。寧ろどうしてそんなに気にするのかが分からなかった。
シアンはシアンだ。自分と同等の才能を持った、優秀で明るくてお調子者で素直じゃない、幼馴染み。…確か前世ではシアンのような者を「ツンデレ」というのだったか。
『わたしね気づいたの。
『…ツンデレ? 2人が?』
『そう! だからいちいち腹立てないで温かい目でスルーしてあげようと思う』
『…せめて返事くらいはしてあげなよ…』
『陽くん、ツンデレと付き合うコツは適度なスルースキルの発動だよ!』
と、ずっとずっと昔に結希から言われたことを思い出して、私はその通りの対応をシアンにしている。
それはまぁ置いておいて。
私はただ普通に接していただけなのだが、それがシアンにとっては特別なことだったようだ。たったそれだけのことで自分の人生を私に縛られていていいのか、と思いもするが今はこれでもいいのかもしれないと自分を甘やかしている。
結局、私もこの幼馴染みと過ごす時間が好きなんだ。離れるという幼馴染みに寂しさを覚え、話せば戻ってくると分かっていたからこそのちょっとした嫌がらせをした。
…190歳になってもまだまだ子どもだな、私も。
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