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 オレンジもどきを食べると、減っていた魔力が回復していくのが感じ取れた。今日はチョコパイ作りに集中してたから水分摂取も足りていなかったようである。いつもなら薄皮で包まれた1個で満足するオレンジもどき(魔力除去済み)を、なんとまるまる1個分完食した。それでもまだまだ食べられそう。

 …朝から夕方までほぼ1日変身したままだったからこんなに魔力が減ったのかなぁ。前に変身してどれくらい持つかって隊で調べた時は夜まで全然平気だったんだけど。


「今日はよく食べるな?」

「うーん? 変身魔法しか使ってないんだけど、魔力減ってるみたい」

「宝箱の魔法とやらは? 伝達魔法も使っただろう」

「どっちも魔力残量にほとんど影響しない魔法だよー」


 妖精族にはって注釈が入ることくらい、理解してる。うん。だから呆れた目でこっち見ないでくれないかな、エルくん。


「はぁ…。だが、それなら減少の理由は何だ? 変身中は魔法は使えないだろう」

「何だろう? お菓子に愛情と一緒に魔力まで込めちゃったかな?」

「………」

「つっこんで! そこでスルーされるとツライから!!」

「いや、ティアならやりかねないと思った」

「エルくんの中のわたしはどれだけ鈍感さんなの!? さすがに魔力込めてたら気づくよ!」


 なんてやりとりも交えながら、結局オレンジもどきを3個完食。ごちそうさまでした。


 お腹いっぱいになったから、隣の寝室を借りて変身! わたしの服は当然ここにも置いてあるから困らないよ。


 ちょっと悩んで、エルミラさんに無理を言って作ってもらった高校の制服に似せた服を着てみた。

 チョコブラウンのブレザーに、深い緑のリボンタイ。スカートはプリーツで膝上丈のチェック柄。黒のロング靴下に革靴…にできるだけ近づけて作ってくれたエルミラさんには本当に感謝している。「絶対にフェアル隊長の前でしか着ちゃだめよ!」って言われた。


 制服着るなら結希の姿の方がいいかなとも考えたけど、今はこっちの姿の方が自然体に感じられるから、姿は変えない。


「お待たせ!」


 今世、制服姿を披露するのは実はこれが初めて。袖を通すために作ってもらったわけじゃなく、記憶がはっきりしている間に何か前世を偲べるものを残しておけないかと考えた結果が制服だった。高校には1年しか通えなかったけど、制服可愛いからお気に入りだったんだよ。


 エルくんにはどうして制服を頼んだのか理由をもう告げている。着るための衣装じゃないって知ってたからこそ、わたしが今着てるのに驚いたようだった。


「…えへへ。せっかくだから着てみちゃった。こういうタイミングじゃないと着る機会なさそうだもの。でも今の顔より結希の方が似合うかな?」

「──いや。よく似合っている。…だが、やはりスカートが短いな。今では信じられない長さだ」

「…すっかりこっちの感覚に染まってるね…」


 この制服を頼んだ時に、エルミラさんとスカート丈について話した。こっちの女性は年頃…大体13歳くらいだね。それくらいになると踝丈以上のスカートしか履かない。それより短いとはしたないって言われるんだよ。

 だからエルミラさんもこのスカートの短さに困惑してたんだけど、わたしはエルくんなら前世を覚えてるから何も思わないはずだって考えた。

 でも予想を裏切って、でき上がった制服を見たエルくんは真っ先にスカート丈を気にしたんだよね…。「着るわけじゃないからいいの!」ってこの部屋で言った覚えがある。着ちゃってるなー、わたし…。

 ……ってことで。


「エルくんにしか見せないから、いいんだよ。この長さでも」


 って言い換えておこう。


「──ティア、おいで」


 言葉と一緒に手を差し出され、わたしは喜んでそれに従った。手が繋がるとそのままソファーへと向かい、エルくんが先に座る。わたしはその隣にいつも通り寄り添うように腰掛けようとして。


「わわっ」


 不意打ちに手をくいっと引かれたことでバランスを崩す。倒れ込んだ先はもちろんエルくんの膝の上。


「え、ええエルくん!?」

「さて、これで準備できたな」

「じゅ、準備って」


 何の、って言う前に腰を抱き込まれてしまい、言葉が出なくなった。顔から高熱を感じるわたしとは逆に涼しい顔で…というか楽しそうに笑ってるエルくんは、空いている方の手で紙袋を軽く揺らして見せる。…そうだった。そもそものきっかけはそれだった!


「イチャイチャしたかったんだろう? これくらいで恥ずかしがってどうするんだ」

「いや、あの…っ、そ、そうなんだけど…」

「ほら、もっとくっつくといい。小さい時は遠慮なくしがみついてるじゃないか」

「え、う……あれは、だって…!」


 しがみつかなきゃ落ちちゃうしねっ? ──っていう言い訳でくっついてるって自分が1番知っている。


 わたしは至近距離から見つめてくるエルくんから少し顔をそむけて、ゆっくりゆっくり体を動かした。恥ずかしいし逃げ出したい気持ちもある。でも今感じる温かさを心地よく思うし、嬉しいし…触れたいと望む心もあった。


 エルくんの背中じゃなく、首の後ろに両腕を回す。強く抱きしめたら苦しいかな? 優しく優しく…。


「──ぅひゃ!?」


 突然耳の下辺りに柔らかい何かが触れた。前世知識がフル稼働して、その正体が恐らく唇だと推測する。


「エル、エルくん…っ! まっ」


 1度で終わらないキス。それどころかちょっとずつ場所が移動して、髪の生え際辺りに辿り着くとチリっとした痛みが走る。


「だっだめ! 痕つけたら、髪結べなくなっちゃうから!!」

「──見えるところはあとで治療で消していい」

「け、消していいって! 許可制なのっ!? エルくんの許可がないとダメなの!?」

「当たり前だろう」

「全然当たり前じゃないよねっ?」


 わたしの言葉を軽く流して、ダメだって言ってもエルくんは何度か痕を残していった。


 わたしが現状に茹だってぐったりした頃、頬に1つキスが落とされる。そしてやんわりと少し体を離すよう促された。


「ティア。君の番だ」

「…頬だよね?」

「ああ、君からはそれでいい」


 頷くエルくんを見てから、顔を寄せる。羞恥が限界値を突破しているおかげで躊躇うことはなかった。

 ちゅっと軽く頬にキスをする。そしてエルくんが持つ紙袋を見やると、くっついていたハートがひらひらと床に落ちていく光景が目に入った。


「──開いたな」

「…うん」


 何で開けるだけでこんなに時間がかかって、わたしの気力が減ることになったのか…。自分のミスが招いたことだけど!


「これは…」


 中を見たエルくんの目が微かな驚きから懐かしさに変化を見せた。

 その理由をわたしは当然、知っている。


「──チョコパイ。結希が初めて陽くんに作ったお菓子だよ」


 そして陽くんが甘いものが苦手と知ったきっかけのお菓子でもあった。

 陽くんは優しいからおいしいよって言ってくれたんだけど、笑顔が不自然でね…。問い詰めてみたら実は…って。

 それ以降、他の甘さ控えめお菓子をあげることはあっても、チョコパイは作らなかったんだ。


 紙袋から1つ、チョコパイが取り出されてエルくんの口の中に消えていく。

 どうかな、まだ甘かったかな? できるだけ甘くないのを料理人さんたちにお願いしたんだけどな…。


 エルくんの顔をじっと見つめるのは変化を見逃さないため。おいしいって言ってくれるのは分かってるから、次回のためにも小さなサインは見逃すわけにはいかないのだ。

 ごくんとエルくんの喉が動く。眉間は動かない。頬も不自然な動きは見られない。


「………甘い」

「ええっ!?」


 おいしいって言葉が出てくるって確信しかけた直後の、まさかの感想だった。


「ダメだった? わたしちょっと舐めてみたけど、甘さ控えめっていうよりもう苦いって感じたチョコだったのに…」

「いや、チョコパイ自体は美味い」

「…ん?」

「ティア、やっぱり混ざってるぞ。魔力」

「………え」

「食材の魔力とは違う魔力を感じる。無意識に込めたんだろう」


 ──わたしの行方不明の魔力は、こうして発見された。


 おバカ、アホの子に加えて、わたし自身への認識に今後は鈍感を付け加えようと思う。


「エルくん、甘いなら無理して食べなくていいからね」

「食べるさ、全部」

「捨てるのに気が引けるなら誰かにあげてもいいよ。グラシアノさんは極度の甘党だから口に合わないだろうけど…」

「誰にもやらん」

「気分悪くなっても、責任取れないからね…?」

「──なるわけがないだろう。…でもまぁ、そうだな。もしそうなったら…取ってもらうか」

「人の話聞いてた?」

「ああ、しっかりと。──こうしてしてくれれば、気分なんて一瞬でよくなる」


 唇に感じた一瞬の感触に、顔が真っ赤に染まっていく。そんなわたしを嬉しそうに見つめ、エルくんはまた顔を寄せてくる。

 そっと目を閉じて2度目のキスを受け入れながら、わたしの心が満たされていくのを感じた。



 その日わたしはキスをした。

 幸せいっぱいの、未来へ続く甘いキスを。



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