4
パタリパタリと落ちていく雫と一緒に、胸の奥にずっとあった重たいものが消えていく。
「あ、ありっ、ありがとう…エルく、ん」
「……いいや。私こそ礼を言う。こうしてみて気づかされた。私は伝えたかったんだ。今も尚。言えなかった気持ちを君に」
「わたしっ、知りたかっ…たっ! エルくんは、もうエルくんだけど…、わたしももうわたしだけどっ、それでも」
「ああ。──ありがとう、ティア。もう思い残すことは“僕”にはない」
「うん、うん…っ、“わたし”もなくなった」
これで、やっと──終わる。始められる。
もう、この恋に後悔を抱いていたくないの。陽くんのお母さんには申し訳ないって思うけど、せめて今世で誰もが羨むラブラブカップルになることで謝罪としたい。息子さんはわたしが幸せにします!
ごしごしと涙を拭って、笑う。エルくんも優しい目を浮かべていた。
「エルくん、好きだよ」
「ああ。私もティアを愛している」
「──んふふ~。よし、それじゃあそれを証明してもらっちゃうぞー!」
「…は?」
ニシシと笑いながらわたしは、首を傾げたエルくんに紙袋を開けるように言った。
「中にはあの日渡せなかったものが入ってます。甘さ控えめで作ったよ! でもその紙袋には魔法をかけました!」
「……魔法?」
「宝箱の魔法っていうの。鍵がなければ開けられないよ。そしてそれを開ける鍵に指定したのは愛情。──わたしの目の前で開けられるよね?」
今度はわたしがコテンと頭を僅かに倒して問いかける。エルくんはなんの躊躇いもなく頷いた。「開けられないわけがない」と満足そうに言って。
──なのに。
「………」
「………」
「…エルくん、そのハートが取れなきゃ開かないよ」
「待て、これを開けるのは本当に愛情だけか?」
「もちろん。他の鍵なんて用意してません」
「本当に、本っ当か? よく思い出せ。私は間違いなくティアだけを愛している。だというのに開かないのはおかしい。鍵が違っているとしか思えない」
「えー。わたし複雑なことはなんにもしてないよ」
すんなり開かれると思っていた紙袋は未だに閉ざされたままである。
おかしい、どうして?
表では少し不満げな顔をして見せてるけど、わたしの内心は汗がダラダラこぼれていた。
エルくんの気持ちは全く疑ってない。わたしたちは相思相愛である。自信を持って断言するよ! なのにこれはどういうこと?
思い出そう。わたし、ちゃんと宝箱の魔法使った? ──うん、使った。間違いなく。
鍵の指定の時は何考えてた? ──両思いなら簡単に開けられる鍵がいいなぁ。それをネタにイチャイチャできたら幸せ。例えば頬にキスとか、きゃーっ!!
………。
頬に、キス。
えっ。
あれっ!?
もしかして、鍵って。
「──何か思い当たることがあるようだな、ティア? ん?」
「ひゃうっ…!!」
至近距離から声がしたと思ったら、いつの間にかいったん床に降ろされていたはずのわたしはエルくんの手の上に乗せられていて。
わたしをにっこり覗き込む迫力がすごい。
「え、えっとぉ…」
「私の気持ちが疑われた状態というのは、とても気にいらない。ティア。さっさと白状しなさい」
「はうっ…、ごめんなさいぃ! 鍵指定の時に雑念が混じっちゃったかもなの…」
「雑念…。どんな?」
「………」
「ティア」
「その…あの…。鍵は愛情だから開けたあとはエルくんとイチャイチャして、ほっ、ほっぺに…キス…」
「なるほど。で、どっちがする妄想をした?」
「も、妄想って言わないで! …お互いにし合う感じで想像シマシタ」
羞恥をこらえて、素直に喋りましたとも。
するとエルくんが急に立ち上がった。わたしと宝箱の魔法がかけられた紙袋を持ったまま。そして部屋を出て、向かった先はエルくんの部屋。
「ティア、今魔力量は変身魔法が使えるほど残っているか?」
「できなくはないけど、したくないなーって感覚だよ」
「これを食べて回復したら大きくなってくれ」
そう言ってエルくんが取り出したのはオレンジに似た柑橘系果物。えっと、名前なんだったかなぁ、教えてもらったんだけど興味が薄くて…。
果物は果肉や果汁に多くの魔力を含む。だからなのか、騎士団ではあちらこちらに果物の盛り合わせが置いてあった。そのあまりものは宿舎で食事に出されたり、多い時は個人に配られたりしている。
多分今、エルくんが皮を剥いているそれもそういう経緯で貰われてきたものだろう。
わたしの大きさでは外皮を剥いて、果肉を1つ1つにしても大きすぎる。だからナイフでもっと小さく切ったものを小皿に乗せてくれた。
柑橘系の薄皮の中って小さな果肉が詰まってるじゃない? わたしの口だとその粒1つが大体ひと口になる。…っていうことをエルくんも分かっているはずなんだけど、大抵わたしにはちょっと大きめに切り分けるんだよね。
わたしが両手で食べ物を持って齧りつく姿がお気に入りらしい。それはまぁいいんだ。小さい子がおいしそうにもぐもぐしてるだけで萌える気持ちは分からなくもないから。
でもね、果物は果汁でベトベトになっちゃうから個人的には止めてほしい…。そのうち飽きるかなって好きなようにさせてるけど。食べ終わりにちゃんと拭いてくれるから我慢してるよー。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます