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 魔法の可能性は無限大。


 無属性と呼ばれる、漫画や小説、ゲームなんかではユニークスキルって位置づけの魔法がこの世界にも存在した。但し、その人個人のみの特別な魔法っていう位置づけじゃない。無属性の適正があることを前提に、見合った魔力とイメージ力が足りていれば誰にでも使えちゃう魔法である。

 つまり、創作できちゃう。…割と妖精族は無属性魔法を利用して日々を楽しく過ごしてるらしい。チート能力をおバカな一族が使いたい放題にしてどうするって思わなくもないけど、だからこその能力なのかなぁとも思う。善悪の区別は知識さんから常識を教えられてるから分かるし。逆に賢い種がこれを利用して怖い魔法を生み出しちゃまずいもの。


 で、わたしが使用した無属性魔法は、宝箱の魔法である。これをかけると“鍵”がないと開かない。ハートの紙は南京錠のようなもの。この場合、取れたら開いたってことになる。

 一応言っておくと、宝箱の魔法はかなり古くから妖精族が使ってるものだから、わたしの創作じゃないよー。


 ばっちり紙袋にハートがくっついたのを確認してから、伝達魔法を発動させた。1番魔力がいらず、一方的な連絡になっちゃう簡易版のものだけど、これで十分。


「エルくーん。帰ったよ! 渡したいものがあるからわたしの部屋まで来てほしいの」

『──分かった、すぐに行く』


 ふふふん。あとはエルくんが来てくれるのを待つだけ! 本当は自分から会いに行きたいけど、魔力が減ってるから今日はもう変身したくない。


 エルくんは本当にすぐ来てくれた。…何で休みなのに鍛錬の時にいつも着てる服を着てるんだろう? わたし、今日もちゃんと仕事しちゃダメだよって言って出かけたはずなんだけどな。


「ティア…随分長い外出だったな?」

「えっと、ごめんなさい…?」


 あれれ? ちょっと怒ってる? 何で?

 首を傾げて考えてみるけどさっぱりだ。いいや! あとでご機嫌取ることにしよう。


 わたしは隠すには難しいと知りながらも背中に隠していた紙袋の後ろに回り込む。それをエルくんに向かって倒れないように気をつけながら押し出した。


「これ、エルくんに作ったのー!」

「…もらっていいのか?」

「待って待って!」


 紙袋の後ろから顔を出して、エルくんを見上げる。胸がドキドキするのは何でだろう? 緊張することなんて何もないのにね。──だって、もうエルくんから答えはもらってるんだから。

 1度、深呼吸して気持ちを整えた。


「[“わたし”を妹にしてくれてありがとう、お兄ちゃん]」

「…っ!」

「[5歳の時からずっと“わたし”はお兄ちゃんが大好きだよ]」

「ゆ……っ」


 ハッとエルくんが自分の口元を手で押さえる。うっかり口にしそうになった名前はわたしの真名だから、間違っても零さないようにってことだろう。わたしも本当はお兄ちゃんじゃなくて、陽くんって呼びたいもの。


「[お兄ちゃんにとって“わたし”はまだまだ子どもにしか見えないかもしれない。相応しくないかもしれない。だけどそれなら、隣に並べるように頑張るから──“わたし”を彼女にして下さい]」


 あの時はこんなに上手には言えなかった。緊張マックスで心臓は今よりもっとドキドキして。目の前の人を見ることもできないままに、必死に届けた言葉はカミカミで、再現できるほど覚えてない。

 それも1つだけはっきり覚えてることもある。


『わたしを陽くんの彼女にして下さい!!』


 それだけは最後に言った。結希の最期の言葉はまさしくそれだ。

 チョコパイを丁寧にラッピングして、プレゼント用の小さな紙のトートバックに入れたものを陽くんに差し出したところで終わった、結希の人生。


 わたしは知りたかった。

 もし車が突っ込んでこない未来があったら。わたしも陽くんも生きていられたなら。

 どんな返事がもらえていたんだろう?


 エルフの里で一応告白のやり直しのようなことをして、エルくんからも返事をもらった。だけど心のどこかで納得しない部分があるの。


 あの日の、訪れなかった未来が知りたいって。


 もう一度、紙袋を軽く押し出す。すると、わたしの体をほとんど隠してしまっていたそれは大きな手に持ち上げられて、目の前から消えた。


「[“僕”は君をもう妹とは思ってなかったよ]」

「……!」

「[可愛くて仕方がなかった気持ちは今でも変わらない。だけどどんどん大人に近づく君を見て、本当は焦ってたんだ]」

「[焦る? お兄ちゃんが?]」

「[会う時間も自然と少なくなったし、ようやく会えても君は“僕”を避けてただろう。気づかないと思った?]」

「[避っ……けて、マシタ。ゴメンナサイ…]」

「[“僕”は君に知らないうちに何かした?]」

「[…ううん、違うの。ただ、お兄ちゃんと女の人が並んで歩いてるの見ちゃっただけ。…お兄ちゃんに何人か彼女がいたのは知ってるけど、わたし、高校に入ったらタイミングを見て告白するって決めてたんだよ。最近は彼女いなさそうだな、今がチャンスかもって思ってた矢先の目撃でさすがにショックだったというか…]」


 自分が中学生だった頃は仕方がないって自分を言い聞かせられた。でも高校生っていったらオトナな恋愛だってしちゃう年齢だ。だからこそ、偶然見てしまった光景にグサッと貫かれた。

 そして陽くんの顔を見てしまうと思い出して辛かったから避けた。それが真相である。


「[…女の人? 君が高校入学してから“僕”は誰とも付き合ってないよ]」

「[──えっ!? でも、楽しそうに笑い合ってたよ!]」

「[いや、単なる知人とでも面白い話をしてたら笑うから。つまり君の早とちりってことだ…]」

「[うっ…]」

「[はー。…まぁ、避けられるようになってやっと覚悟が決められたんだから、悪いことばかりってわけでもないけど]」

「[…覚悟?]」


 首を傾げたわたしを、エルくんは片手の上に乗せた。わたしと目の高さを合わせてくれたエルくんは少し照れくさそうに微笑んでる。


「[君の次の誕生日に告白しようっていう覚悟だよ。バレンタインとは関係なく決めてたんだ。──“僕”は君が1人の女の子として好きです。“僕”と付き合って下さい]」

「──…」


 その顔を見ていたら、自然と涙が溢れた。

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