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「女将さん、見て見て。できたのー」
「へぇ、これがずっと言ってたチョコパイかい。しっかしイガの実が本当に美味しいのかねぇ…」
「こっちは甘さ控えめだから、甘いのが好きな人には口に合わないかも? ──こっちのお皿のは甘いチョコを使ったからおいしいよ!」
実は甘い方は焼き上がりにつまみ食い済みである。んふふー、おいしかったの。チョコの甘みってホッとするよね。結希の頃は無性にチョコが食べたくなる日があってね…ってこんなことはどうでもよかった。
甘い方を女将さんに1つ渡して、甘さ控えめをプレゼント用の薄緑色の紙袋に包む。もっと可愛くラッピングしたいけど、ここではこれが限界。缶はちょっと高くて、材料費を考えたらちょっと手が出せなかった。
シールがないから封は宿舎に帰ってから。今はしっかり折り込んでおくだけだ。
甘い方の残りは女将さん用に4個取っておいて、残りはオレンジ色の紙袋に入れる。こっちはこれからすぐに届けに行く予定。
「スノーティアちゃん、これすごくおいしいよ! イガの実が入ってるなんて思えない!!」
「ふふふん。騎士宿舎の料理人さんたちはすごいのよー。完成するまでの工程を丁寧に説明してもらったけど、わたしにはさっぱり分からなかったの」
片付けまで終えて窓の外を見ると、そろそろ夕空が近づいてきたことに気づく。遅くなるとエルくんが心配しちゃうから、帰らなくちゃ。
「女将さん、台所を貸してくれてありがとう! 残りは旦那さんと一緒に食べて」
「いいのかい? スノーティアちゃん食べてないんだろう?」
「つまみ食いしたからいいの! それじゃあ女将さん、またね」
「いつでもおいで。今度は私がおいしいパンを食べさせてあげるから」
「うん、ありがとう!!」
紙袋を抱えてパン屋さんをあとにする。向かう先はエルミラさんのお店だ。
わたし専用の家を作ってくれたエルミラさんは、すっかり妖精族のための商売魂を取り戻したらしい。貴族向けのものも取り扱っているけど、実用向け商品がお店に増えた。…元々ちゃんと使えるようにはなってたんだけどね、力の入れ具合が違う。
とはいえ、未だに妖精族のお客はわたしだけだから「妖精族のため」というよりは「わたしのための」になっちゃってるかな…。仕方ないよね、商売だから。
おかげでレディス服が増えた。装飾品やバッグも。靴も可愛いのがいっぱい。それを見て、ダメ元で笛付きシューズをお願いしたら「きゃーなにそれ絶対可愛いわーっ」ってエルミラさんのテンションが上がって作ってくれたよ。他の妖精族は飛べるから絶対必要ないアイテムなのに。
おかげさまで、わたしの妖精サイズの靴は全部に笛がついた。…あ、訂正。鍛錬用のブーツにだけはつけないようにお願いした。
…訓練中にプピーって鳴って、指導役のエルくんを始めとするみんなが笑いをこらえてるんだもの! あれじゃ鍛錬にも集中できないからねっ。
そうそう、騎士になったからわたしにも制服がもらえたよ。人サイズと妖精サイズを両方。濃紺色を基調に刺繍やらベルトやらの装飾がされていてカッコイイの。女騎士もズボンだから動きやすい。
医術師と衛生士は肩に5センチくらいの白い組紐をぶら下げることになる。それが目印なんだって。
「こんにちはー、エルミラさーん」
「いらっしゃい! スノーティアちゃん」
『ミラの小物屋』さんに入ると、閉店準備を始めていたエルミラさんが笑顔で迎えてくれた。相変わらずいつ来てもお客さんがいないなぁ…。
「あら、今日は1人なの? あの男がくっついて来ないなんて珍しいわねぇ」
「用事があって今日は1人にしてもらったの」
「…あらあら。じゃあ今頃荒れてるのかしらね」
「うん? 久しぶりにゆっくりしてるんじゃないかなぁ。…休みの日だといつもわたしが構ってもらおうとしちゃうから…」
い、いいわけさせてもらうとねっ? 休日なのにエルくんってば書類整理してたり、筋トレ始めてたりするの! 仕事から離れてって言っても200年の習慣は根強い。気づけば仕事をしてるから、こうなったらわたしが強制的に休ませよう! って思って…結果、構ってちゃんになってるっていう…。ううぅ。
「…尚更荒れてるようにしか思えなくなってきたわ、あたし。…それで、フェアル隊長を置いてきた用事っていうのはすんだの?」
「あ、えっと。これ、わたしが作ったお菓子なの。いつもお世話になってるお礼に」
「え…。あたしに? スノーティアちゃんの手作りお菓子を!?」
「えへへ。おいしくできたから安心して食べてね。──今日の用事はこれだけなの。そろそろ帰らなくちゃいけないから、またねエルミラさん」
バイバーイと手を振ってお店を出る。空が赤く色づいているのを見て駆け足で騎士団へ向った。
途中顔見知りになった人に声をかけられて挨拶しながらも先を急ぐ。
宿舎へ戻っても向かう先はエルくんの部屋じゃなくてわたしの部屋だ。副隊長さんの部屋ともいう。
急げ急げ、と準備したのは昨夜準備しておいたハート型の紙。
チョコパイ入りの紙袋を床に置いて、元の大きさに戻る。まずは服を隠しておいてから、ハートを紙袋を閉じるように当ててっと。
「[鍵は愛情!]」
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