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それから副団長さんが出入り口とは別のドアに向かって声をかけると、車椅子に座った顔色の悪い男性が騎士さんに押されながら入ってきた。
男性は相当具合が悪いようで、呼吸は荒らし額には汗が浮かんでいる。
そんなに具合が悪い人を車椅子に乗せてまで連れてくるって結構鬼畜だな、と思っていたらエルくんの顔が厳しさを増したことに気づいた。ピリリとした空気も微かに感じるよ。
どうしたんだろう、ともう一度原因であろう男性を観察してみると腰に縄が回してあった。…縄…。
ふつう、けがにんびょうにんに、なわ、かけない。
おおう…。あの人多分悪い人だ。何やっちゃったのか知らないけど、怪我や病気でそのままぽっくり行かれるとダメな感じの人かもしれない。不穏…!
これ、治療してもいいのかなぁ。元気になった途端暴れ出さない? 回復魔法系は患者さんに直接触れる必要があるんだよ…。
「スノーティアさん、彼に回復魔法をお願いします」
戸惑うわたしのことなんてお構いなしな副団長さん。副団長さん、車椅子の男性、副団長さん、と交互に見て最後にエルくんに視線を投げた。最終判断はエルくんに。どうせわたしは自分じゃここから動けない。
間をおいて、エルくんが席を立つ。ということは治療するんだね。分かった、わたし頑張るよ!
……でもやっぱりちょっと怖いから、エルくんとわたし、それから車椅子を押してる騎士さんにも盾の魔法をかけておいた。これで暴れられても安心。
エルくんに頼んで手に乗せてもらい、男性の手に触れる。
不調の原因が分かってるならすぐ治療に入れるけど、今回のように詳細不明であれば最初は患部の特定からである。
患者さん自身の魔力を探り、異常があると魔力に何かしらの変化がみられるからここだって分かる。怪我も病気もね。
この男性の場合あちこちに怪我があるようだった。酷いのは肋骨3本の骨折。それと場所が近いから見逃しがちだけど肺に異常があるみたい。
肋骨には治療魔法を、肺には治癒魔法をそれぞれかけることにした。治癒魔法の便利なところは、病気の原因が分からなくても治せてしまうところである。癌細胞を元気にさせることもない。魔法不思議。魔法万歳。
大きな異常を治したあとは、小さな怪我も治療魔法で治す。
一通り回復魔法をかけ終えて、患者さんの呼吸は正常に顔色もさっきほどじゃなくなった。…それなのにぼんやりした目はそのまま。
おかしいなぁ。体は元気になってるはずなんだけど、まだ何か問題があるってことだよね。
「すげぇな…」
「ええ、時間もそれほどかからず全快ですか」
「しかも変身魔法のあとだぞ。魔力を消耗していたはずだ」
むぅ、ちょっと周りがうるさいよー。まだこの人どこかがおかしいんだから黙ってて! 原因解明のために他人の魔力を探るのは、集中力がいるんだから!!
うーん、おっかしいなぁ。魔力はちゃんと全身を巡ってる。途切れてもなければ、異常に一箇所に留まってるところもなし。あ、魔力が集中して留まってる時はね、そこに異物がいるよーってこと。寄生虫はこれで分かるの。
「ティア、終わったんだろう。戻るぞ」
「あっ、待って。まだなの」
「まだ? …落ち着いたように見えるが」
「うんー、体は元気になってるよ。だけど意識がはっきりしてないからまだどこかに──あ、そっか!」
「──! 待てっ、ティ」
「なんだか分かんないけど、解除ー!!」
体に異常がないのに元気がない。それって精神面に異常があるってことだよね! ってことに気づいて頭の方を探ってみたら、モヤっとしたものがあった。精神魔法がかけられてるサインである。
これのせいで意識が戻らないんだね、と原因が分かった嬉しさのまま解除したら、すごい勢いで後ろへ下げられた。
「はうっ?」
なになに!? と驚いているうちに、いつの間にか団長さんが男性の頭を鷲掴みにしていて、そうされている男性は目をギラギラさせながら腕を伸ばしてる。さっきまでわたしがいたところに。…わぉ。
その手首を掴んでいるのは、えーっと真っ赤な髪で派手だなぁって思った人だから、第3隊長さんだ! 魔術師さんが多い部隊なんだよね。
ってわたしが記憶を漁っているうちに、混乱の場は静まってた。男性はまた車椅子に力なく座り込んで、ぼんやりに戻ってる。
「…わたし、いらないことまでやっちゃったー」
精神魔法はどうやら、騎士団の方針でかけられていた模様。…打ち合わせしないからいけないんだよ。わたし悪くない。…半分くらいしか。
わたしが零したのをきっかけに、沈黙は破られた。
あちこちからため息が聞こえる。それを聞くとちょっと気まずくなって、ぴとっとエルくんの胸に擦り寄っておいた。
「…俺の意識遮断魔法を解除するとは、さすがに予想外だぜスノーティア?」
「ごめんなさいー、団長さん。その人を元気にさせるのが課題だと思ったの…」
「その通りだ、こいつの体の不調を治してみせたお前は合格。ま、状況判断とかはこれからの課題だな」
男性と車椅子を押す騎士さんが出て行って、それぞれが円卓に着席し直すと会議が再開された。
副団長さん進行で、わたしの配属先が告げられたら「宝の持ち腐れだ」とか「有能だからこそ地方に置くべきだ」とか「国境にこそ医術師がいる」とか…、まぁつまりわたしの取り合いに発展。どこもかしこも医術師が足りてないからこうなるのは不思議じゃない。
でも一応地方や国境には優先的に医術師が配属されてるって話を聞いたよ。だから私が行かなくても大丈夫だと思う。
「いろいろ意見があるでしょうが、スノーティアさんが騎士団に入団する条件が、フェアル隊長から引き離さないことなのです。我々としては彼女の能力を遊ばせておきたくはありません。加えて妖精族という希少さから犯罪者や一部の貴族に目をつけられることは起こりえます。騎士という職を得ることは彼女の身を守ることにも繋がりますから、やはり入団して頂いた方がいいでしょう」
「それは分かるが、騎士団の入団は原則13歳以上に定められているはずだ。そこはどうするんだ」
挨拶以降、一切喋らなかった黒布さん…じゃなくて第0隊長さんが問う。尤もな内容に、全員が団長さんを注目した。
「騎士に限らず使用人だって13から正式に雇われるだろ。ま、種族にもよるが。あれはその歳にもなればある程度のことは一通りこなせるからだ。──原則はあくまで原則。例外もあり得るから原則って言葉が規則に使われてんだよ」
…つまりわたしは例外枠の入団になるらしい。妖精族は全員この例外で今後入団させてもらえそうだよ! ──任務に支障をきたす性格の持ち主が多すぎて、拒否されるかな。
「他に、スノーティアさんの入団について何かある方は?」
「──はい。配属が近衛ということですが、有事の際には派遣して頂くことは可能ですか」
「もちろんそのつもりです。──スノーティアさん、いいですよね?」
にこりと笑いかけてくる副団長さんの笑みには迫力がある。咄嗟にコクコクと頷いてから、わたしはあっと気づいた。大事なことを伝えていない。
「でもわたし、羽根を使えないから飛べないの。この姿だと誰かに運んでもらわなきゃ、どこにも行けないよ。大きくなれば歩けるけど、同時に魔法は使えないから事務仕事しかできません」
この後、部屋にはまた沈黙が降りた。
会議の終わりに団長さんから任命書をもらったわたしは、晴れて騎士に、近衛隊の一員になれたことを部屋にいた隊員さんたちに報告した。
わたしがここに入隊するのは分かっていたからか、手の空いた人がわたしの机を準備してくれてたんだよ。優しい人が多くて大好き!
机の場所はユリさんの隣だった。同じ見習いだからかな。エルくんとちょっと遠いのが残念だけど、考えてみれば机を使うイコール事務仕事しなきゃいけないってことだから、お喋りもまったりもできない。席が離れてても全く問題なかった。変身してない時は机なんていらないもの。
「さて、ティア。騎士になった以上、公私混同はできない。私もこれから厳しく指導していくことになる」
「うん。キリッと働くエルくんもカッコイイから、遠慮なく指導してね!」
「……」
「おーい、バルド。言ったそばから揺らいでるぞー」
「…あー、見習いには指導役が1人付くことになっているんだが、うちには手本となる医術師が不在だ。加えて、入団に関して団長から私と同じ勤務時間と言われたんだな?」
「うん、そうだよ」
「医術師の仕事の幅は拾い。戦闘員として戦える体作り、支援隊員として動けるよう魔法の向上、医療に関する知識の蓄え、事務能力の習得。それから見習いには座学の時間がある。そこで騎士として必要なことを覚えてもらうことになる。──これらを1人の指導役が全て教えていくのはなかなか厳しい。だからティアの指導役は定めないようにしようかと考えている」
体作りにはエルくんが。
魔法の向上には魔族の魔術師ララさん、事務関係は副隊長さん、座学はその日その時間にできる人。
医療は人族の衛生士ジェミックさんがわたしの指導役になるそう。
よーし、張り切って勉強するぞーっ!
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