6

 ユディーさんとは宿舎玄関で別れ、エルくんの部屋でエルミラさんからもらった服に着替える。部屋の鍵は昨日のうちに魔力登録してもらったから大丈夫だったよ。

 着替え終えたわたしの姿を見てユリさんはちょっと顔を赤くしながら騎士団へ引率してくれた。わたし美少女だから照れちゃうよね、うんうん。


 その後はお昼まで何事もなく過ごした。というか、騎士団に入るための書類を書いてたらお昼になったっていうのが正しい。

 名前と年齢、種族、出身地はさらっと書けたんだけど残りがもう面倒くさいの。魔力関係の項目がずらーって。わたしは医術師になるかららしいんだけど、記入事項多すぎるよ。


 魔法素質を知りたいのは分かるけど、使用可能な魔法を具体的にっている? 使える1番の大技を書いておけばそれ以下の魔法は使えるって察せない?

 ってグチグチ零していたら、過去に大技しか使えない魔術師がいたんだって通りかかった騎士さんが教えてくれた。魔力が多くてコントロールが大雑把だと大技の方が発動しやすいから、その人はそれだったんだろう。

 いやでもそれ魔術師のことなら医術師には関係が、とか思ったけど大人しく手を動かしたよ。


 項目欄は魔法名で埋まった。初め、面倒くさいから『大抵の魔法なら使えます』の一言で記入したら副隊長さんに却下された。じゃあ医術師用なら回復魔法だけ詳しく書いておけばいいかってそれで提出したらまた返却…。書類1枚が憎く見えた瞬間である。


 お昼ご飯は何人かの騎士さんに誘われたけど、エルくんと食べるからって断った。エルくんが実際お昼をどうするかは分からないけど、本来食べなくても困らない種族だもの。変身中でもそれは変わらない。

 食べたものは全部体の中で分解されてぜーんぶ魔力変換される。満腹感はこれ以上魔力を取り込む必要がないよっていうサインだ。だから、妖精にはデザート用の別腹がありません…。


「副隊長さん、王女様ってどんな人なの?」


 近衛隊の部屋が副隊長さんとわたしだけになったタイミングで、ずっと気になっていたことを聞いてみる。わたし、近衛隊に入るから多少詳しく聞いても問題ないよね?


 副隊長さんは飲んでいたお茶をそっとおろして「今隊長がついている殿下のことで間違いないか?」って確認を取ってきた。ということは、この国には複数の王女様がいるってことだね。


「うん。でもわたし、この国の王族の家族構成も何も分からない」

「妖精族の知識は不思議だな。私たちが知らないようなことを知っているのに、誰もが知っていることを知らないと言うのだから」

「生きる上で必要な常識が分かるだけだよ。王様が誰だとかその子どもが何人いるかなんて知らなくても生きていけるもの」

「なるほど、確かにな。──今の国王陛下はジーンテレオ・スピアフォードという。陛下には第1王妃との間に第1王子の王太子殿下と第1王女殿下、第4王子殿下が。第2王妃殿下との間に第2王子殿下、第3王子殿下。第3王妃との間に第2王女殿下がいらっしゃるんだ」

「…えーっと。奥さんが3人いて、息子さんが4人と娘さんが2人で合ってる?」

「ああ。そして、今隊長が護衛している殿下はその誰でもないんだよ」

「え? でも王女様ってみんな言ってるよね?」


 王様に複数の奥さんがいるのはファンタジーものでは定番だった。だから突っ込まない。王位継承問題であーだこーだとならないことを祈るばかりである。王太子がもう定まってるみたいだから大丈夫だって信じよう。

 それよりも気になるのは、2人いるらしい現在の王女様ではない王女様のことだ。


「彼女は前国王陛下の娘なんだ」

「じゃあ今の王様の妹もしくはお姉さん?」

「妹だよ。遅くに生まれた末っ子なんだが…魔族の血が入っている。母王妃に似てとても美しいこともあり、あー…周りから愛されて育った方なんだ」

「甘やかされてたんだね。そのせいでワガママ三昧。物は投げるし、壊すし、怪我させる。手に負えないけど王族だから近衛が護衛しなくちゃならない。しかもその王女様はエルくんがお気に入り──っていう認識で間違ってない?」

「スノーティア、もう少し言葉を選ぶことを覚えた方がいい…。聞かれでもしたら不敬罪に問われるよ」


 副隊長さんが言ったのはそれだけだったから、王女様については間違ってなさそうだ。


「近衛隊の人は王族全員についてるの?」

「そうだな。例外もあるが、基本的には1人以上つくことになっている」

「1人? あれ? グラシアノさんは派遣先、エルくんと一緒だよね?」

「……あそこは、特別なんだ。まず女騎士は理由がない限り拒否される。それから…少々見目のいい者でないと追い出される。控えの護衛が通常4人で、ドア前警備が3人という構成だ」

「…外出が多いの?」

「夜会と茶会にはよく外出されているな」

「えっと…ダメな王女様のニオイがするよ。副隊長さん…」

「ごほんっ。まぁ、女騎士である以上スノーティアが関わる機会もほぼないだろう」


 わたしが関わりなくても、エルくんに関わりあるんじゃ気になっちゃうよ!


 みんなの様子からとんでも王女様だろうとは思ってたけど、本当にとんでも王女様だった。

 国王陛下の妹で魔族とのハーフなら、人族よりも寿命は長いだろうし体の成長速度も緩やかだと思われる。そのせいで未だに輿入れもしてないのかもしれない。

 …でも純魔族じゃないから、そこまで遅すぎる成長にはならないはずだよね。


「その王女様はご結婚されないんですか?」

「………1度されて、戻って来られたんだよ」

「出戻りだった!!」

「こらっ、声が大きい!」

「あっと、ごめんなさい。つい…」


 あーうー。それじゃあもしかしてずっとお城にとんでも王女様は居座るってこと? その間エルくんは護衛につかなきゃいけなくて…。

 それって、なんか…ヤダ。


 仕事なんだからって理解しようとする自分がいるけど、納得したくない。

 護衛対象がその王女様だからこそ嫌。

 だって、久しぶりに里帰りしたエルくんがいないからって暴れたんでしょう? 人に怪我もさせて、結局エルくんは休日出勤になった。


 きっと今後も同じだ。エルくんの休日はわたしとの時間である。一緒に遊んだり、のんびりお話したり、ぎゅーってくっついてお昼寝したり、やりたいことはたくさんある。

 それを単なる護衛対象に邪魔されるなんて気にいらない!


 …とはいえ、現状わたしにできることってないんだよなぁ。


「王女様のお母さんはどうしたの?」

「前第4王妃は前国王陛下が逝去されたあと、離縁すると出て行かれたんだ。まだ若い魔族だったからな、夫を悼んで静かに隠居生活は出来まい。国も変に多大な財産を強請られるよりは、と反対しなかった」

「国際問題にはならないの? 王様の結婚って政略結婚のイメージだけど」

「彼女は王に見初められて王家に入った、当時唯一の恋愛結婚だ。だからこそ離縁も出来た。但し、王家の血が流れる一人娘を置いていくことを条件にな」

「その条件いらない~」


 机に突っ伏してわたしがそう喚くと、副隊長は今度は窘めることもなく苦笑をこぼしていた。本心は一緒ってことだよね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る