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「お前、覚悟しておいた方がいいぞ?」
医術師について教えてもらったらユディーさんにそう言われた。確かに、かなり忙しそうな仕事だから気合を入れなきゃダメそうだ。
「うん、頑張って仕事する!」
「…そっちの覚悟よりもっと身近な覚悟だよ」
「うん? 何か他にあった? …あ、会議での挨拶?」
「違う。隊長だよ隊長。あの人が仕事場にまで連れて来るほどだ。俺はまだ一緒のところを見たことないが、それでもスノーティアを大事にしてるのは分かる。…自分が全力で守ろうとしてんのに、ちょっと目を離しただけで騎士になってるなんて…」
俺だったらどうするかなーと遠い目になるユディーさん。そんな反応されるようなことじゃないと思うんだけどなぁ。
「守ってもらわなきゃいけない時は守ってもらうけど、わたしにできることをしていく努力は必要だと思う。恋人だからこそ、支え合わなきゃ」
胸を張って言ってみる。ちょっといいこと言えた気がするよ。ふふふん。
「──ちっせぇくせに言うことは1人前だな、スノーティアは。あー、俺も可愛い彼女ほしい…」
「むぅ。小さい小さいって言うけど、妖精族の0歳の平均的な大きさなんだからね! 変身したら普通の大きさなんだからね!」
「…変身魔法なぁ」
「ユディーさん信じてないでしょう! よし分かった! 今見せてあげる!!」
「はっ? いや、ちょっ、待」
止めようとする声を背に、わたしは副隊長さんにお願いして手鏡を貸してもらう。それからエルくんのマントをしっかり被ってから、念の為に背を向けた。
大丈夫、エルミラさんのところでちゃんとできた。あの時と同じようにすれば失敗しない。
時間をかけてイメージを固めて。
「[人族サイズー!]」
しまった、詠唱考えるの忘れてた。
咄嗟に前世の言葉を言ってみたけど、何かパッとしない。
まぁそれは置いといて。
目を開けて確認してみると、うん、巨人の世界じゃなくなってる。髪は白金、目は琥珀。バッチリである。
最後にマントから肌が露出していないか確認して、机からえいっと降りた。
「ふっふーん。どうだ、これで小さくないでしょう!」
ドヤァとユディーさんを見れば、他の人と一緒に固まっていた。副隊長さんも書類から顔を上げて目を丸めてるよ。
「スノーティア、だよな…?」
「もちろん! 目の前で変身したでしょ」
「うっわ…」
「美少女…」
「こんな子が俺らの医術師…だと…」
「バカ、変な目で見たら隊長に絞められるぞ!」
「いや、でも分かってても、なぁ?」
「やだ、どうしよう。人の大きさになっても小さくて可愛い…持って帰りたい…!」
うわわわわ。何だかどんどんざわついて来ちゃったよ…!?
これ、どうしたらいいの?
オロオロしているところに、部屋のドアが開かれた。直後に飛び込んできたのは王女様の警護をしているはずのエルくん。そのすぐ後ろにユリさんの姿もある。
「エルくん!」
さっきまでの戸惑いなんて吹っ飛んだ。嬉しさのままに駆け寄ってギュッと抱き着……こうとしたけど未遂です。大丈夫。裸体の上にマントを纏い、変態おじさんよろしく前を開く趣味はありません。わたし、露出狂、違う。
エルくんはわたしが変身していると思ってなかったからか一瞬驚いた顔をしたあと、ちょっと怖い顔をわたしに向ける。咄嗟に思い浮かんだのは、森で肩からダイブした時のことだ。あ、叱られるって分かった。
「騎士に、なるそうだな、ティア?」
「えっと、その…医術師の見習いに、団長さんがしてくれるって」
「で、後先考えなかったと」
「か、考えたもの! 今のままでいるのと、わたしがちゃんとした立場になるのと、どっちがエルくんの傍から離されないか! エルくんだってもう初めの考えが甘かったことぐらい分かってるでしょ? というか、初めから分かってて可能性にかけてみただけだよね。隊長さんなんだもの、わたしよりずっといろんなこと考えてるって知ってるよ」
たくさんの未来を予想して、それでも甘いとしか考えられない方法を選び取ったのは…そりゃ少しはエルくんの願望が入っていたのかもしれない。でも、多分わたしのせいだと思う。
森で出会ってからまだ4日。たったそれだけの時間でもエルくんは今世のわたしの性格を大体は把握しているはずだ。可能な限り傍にいたからね。
自己中な妖精は自分の意見が通らないと機嫌を損ねるし、納得しない。先を見通すのは苦手だ。危険な状況に陥る可能性が高くても、その可能性にも気づかないくらいアホだ。中には賢い妖精もいるらしいけど、それは個性ね。
元が人間でそこそこ自制が利くわたしだけど、もしエルフの里で留守番を言い渡されていたら大人しくしていなかっただろう。それこそ姿隠しでもなんでも使ってついて来た。あとのことはどうにでもなるって。
妖精のわたしに言い聞かせるのは難しい。だからエルくんはこうした。成り行きに身を置かせて、わたし自身が少しでも未来を考えながら日々を過ごせるように。危険に自ら飛び込んでいかないために。
「じゃあ騎士がどういう仕事をこなして、どんな危険があるかもきちんと考えたっていうのか」
「そ、れは…そこまでは考えてなかったけど…。でも、わたし、妖精のままなら魔法で役に立てるよ。この大きさなら事務仕事もできる。…ただエルくんにくっついてうろちょろ仕事の邪魔する“おままごとの甘ったれ恋人”じゃヤダ!」
滲んできた視界のまま訴えれば、エルくんの目が僅かに狼狽えたのが見えた。
エルくんがこの先わたしをどこに導きたかったのかは分からない。でもわたしはわたしなりにたくさん考えたんだよ。そして最善策を取ったつもりだ。
…嘘です。考えてもこの案しか思い浮かばなかったの。
というかエルくんが「職場に無関係な恋人連れてイチャイチャしてる上司」になってしまいかけている現状が嫌だったんだもの! そりゃあわたし、騎士団預かりにって言われてたから傍にいる理由はあったけど。
王族や貴族が絡む厄介ごとを避けられて、エルくんもダメ上司にならない方法が、わたしの騎士団入団。こうして考え直してみても、そう悪いものじゃないと思える。
だからこのまま押し切ろう、おー。
「わたしの魔力が誰かを救えるなら、わたしはこの力を活かしていきたいよ。大切な人を守りたいって気持ちはね、エルくんの片思いじゃないの。──傍にいられて、全力で助け合える。ね、騎士になれば[無問題]だよ!」
「………。はぁー…。ついさっき、そう言って忍ぶからと言っていたのは何だったのか…」
「それはそれ、これはこれ? 最終手段はいつでも実行できるもの。騎士になっちゃえば偉い人からの横ヤリも防げるよ!」
「──マーティン。団長は変な条件をつけてはいなかったか?」
「いや、理不尽なものはなかったよ。規則通りに、女子宿舎への移動を言われたくらいだな。私と同室だから心配はいらないだろう。あと、17時にスノーティアを連れて会議室だ」
「そうか、分かった」
「えっ、それだけの!? 部屋移動に関してはもっと嫌がっていいんだよエルくん!」
「…ティア。いいか? 私は仕事に戻るからくれぐれも、くれぐれも勝手なことはこれ以上せず、大人しくしていてくれ」
「
「あと、その姿でいるなら1度宿舎に戻ってちゃんと着替えなさい。誰かと一緒に行くこと」
そう言い置いて、エルくんはまた仕事に行ってしまった。わたしへの対応が冷たい。叱られるのは回避できたけど、やっぱり勝手なことしたから怒ってるのかなぁ…。
「ユリ、戻って来たばかりで悪いがスノーティアに付き添えるか?」
「えっ、あ、はい! 宿舎に送って、一緒に戻って来たらいいんですよね」
「ああ、頼む」
「了解しました」
「あ、俺も仕事終わったんで失礼します。お疲れ様です」
ほんのちょっぴりテンション低く、わたしはユリさんとユディーさんに連れられて男子宿舎へ向かう。
ユリさんはわたしの変身時を見てなかったから、道中「びっくりした。その姿だと俺と大して歳変わらなく見えるなぁ」って変身魔法のすごさを実感しっぱなしだったよ。そうだよね、変身魔法はホントにすごい。燃費悪いけど。
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