その日わたしは、自分の利点をアピールした 1


「副隊長さんは今日はここで書類仕事なの?」


 2階にある近衛隊の部屋で待っていてくれた副隊長さんにわたしを預け、王女様の警護に向かったエルくんをわたしは頑張ってと送り出した。

 副隊長さんも副団長っていう役職持ちなので3階に執務室を持っている。それなのに空いてる席で書類を広げてるからどうしてかなって思っての質問だった。


「ああ。昨日の怪我もあるからね。今日は念の為に静かに過ごすことに言われているんだ。だけど私の執務室だとスノーティアが暇だろう? その点、ここなら誰かしらいる。暇そうにしているヤツに話し相手になってもらえばいい。但し、この部屋からは出ちゃダメだよ。いいね?」

「わぁーありがとう、副隊長さん!」


 昨日の怪我ならばっちりわたしが治しておいたから、通常業務でも大丈夫なんだけど…。それを言ってしまうと真面目そうな副隊長さんは書類仕事の他にもいろんなことを抱えそうなので黙っておく。

 わたしの勘だけど、エルくんに負けず劣らず副隊長さんも仕事人間っぽいなーって思うんだ…。書類仕事も疲れるだろうけど、じっとしておく分は体は休まるはずである。

 だからね、別に通常業務に戻られたらわたしがこの部屋で過ごせなくなるからってわけじゃないよ?


 副隊長さんがそっと床にわたしを下ろしてくれる。一気に視界の高さは低くなって、物が大きく感じる。


「おぉ…、巨人の世界に迷い込んだ気分…」

「…踏み潰されないように気をつけるんだよ」

「はーい…」


 返事はしたものの、これは相当危険なんじゃなかろうか。

 人間でさえ、大人が足元の幼児に気づかないことが多々ある。その幼児よりもずっとずっと小さいわたし。……どうしよう、気づかれずに踏まれる未来がすぐそこにある気がしてしょうがない。


 何か対策できないかな。わたしがここにいるよ、足元気をつけてって気づいてもらえるような。

 …前世には笛付きのベビーシューズっていう素晴らしいものがあったんだけど。あれいいよね、子どもがいるってすぐ分かるし、音が鳴るたびに和む。可愛くて。

 そういう靴こっちにもあるのかな? …あったところでわたしには履けないけど。いや、でも存在するならエルミラさんにお願いはしやすい。エルミラさんに「これと同じ靴がわたしもほしいの」って言えばきっと作ってくれる。だってエルミラさんはわたしに甘い。


「眉間にシワが寄ってるよ、スノーティアちゃん」

「ん…?」


 呼びかけられて見上げると、目の前に屈んでいる獣人騎士さんが視界に入る。耳の形や大きさから考えると犬の獣人かな。

 見覚えのない若い騎士さんだけど、わたしにはこの声に聞き覚えがあった。


「あ、ユディールさんだ!」

「あはは。やっぱりあの時からスノーティアちゃんは一緒にいたんだね」


 フレシュカの町でエルくんに伝令を持って来た人である。


「あの時は挨拶できなくてごめんなさい。エルくんにここに来るまでは隠れてろって言われてたの」

「気にしないで。隊長の判断は正しいよ」

「わたしの分まで申請ありがとう!」

「可愛いなぁ。どういたしまして」


 ユディールさんは床から椅子の上にわたしを上げてくれた。そして自分自身はなんと床に直接座る。

 ここ、土足だし絨毯も敷かれてないから椅子に座った方がいいよって言ってもユディールさんは首を横に振った。「この方が目線の高さが一緒になって楽だから」って。

 その楽ってユディールさんがじゃなくて、わたしがだよね。優しい人が多くて、騎士団好きになりそうだよ。


「ユディールさんは犬の獣人さんなの?」

「うん。足の速さを見込まれて近衛に来ないかって誘ってもらったんだ。まだ見習い騎士なんだけど」

「直接声をかけられるってことは本当に速いんだね~。わたしは全然ダメだよ」

「あー…スノーティアちゃんの場合はそもそもが…。あ、でも落ち着いたら変身魔法で大きくなるって隊長が言ってたか」

「そうなの。大きくなって自分の足で歩くんだよ」

「諸事情で飛べないって隊長が言ってたけど…」

「飛べないというより飛びたくないんだよー。だってうるさいんだもの」

「……うるさい?」

「んーとね。えーっと…ジヴィー?」

「虫型魔物の?」

「そう。あれ飛んでると羽音がうるさいって思わない? それと一緒」


 っていうことにしたんだよ、エルくんと相談して。初めはまだ魔力のコントロールができないとか高い所が苦手でとか考えたんだけど、今後変身魔法使うならコントロールできなきゃダメでしょ。エルくんの肩の高さも妖精にとっては十分高所だよね。──という矛盾が発生すると指摘を受けて却下した。


 エルくんからは隠すほどのことじゃないって言われたけど、何というか…妖精のプライド? がそれを許せないんだよね。

 で、結局こうなった。


 因みに、他の妖精族は自分の羽音を全く気にしないらしい。そして同族の羽音を聞くと嫌がるどころか喜んでその音源に近寄って行くそうだ。好奇心で。あんな不快な音を聞いて好奇心が刺激されるなんてわたしには理解できない。したくもない。


「へぇ…。妖精族って飛んでるイメージだけどなぁ」

「わたしが特殊なんだよ。他の妖精族は気にならないみたいなの」

「スノーティアちゃんは耳がいい妖精なんだね」

「それ、耳がいいっていうより不器用なんだろう」

「あ、ユディーさん。夜勤お疲れ様でした」


 突然割り込んだ新しい声と共に、ユディールさんの隣にどかっと人が座った。

 どちらかというと小柄なユディールさんと並んだせいなのか、それとも元々なのか、その人は大柄に見える。筋肉量はカルヴァッド宿舎長さん、団長さんよりは少なく、エルくんよりはありそうな感じ。整髪料で整えられていた深緑の髪が少々崩れ気味なのは夜勤明けだからかな。顔立ちは整ってる。

 そういえば、近衛隊のみんなそこそこ美形だったな。ユディールさんも数年後には立派なイケメンに成長しそうだし…。貴族の傍に控えることが多いから、採用時に見た目も判断されているのかもしれない。

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