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「しっかし、つーことはあれだよな。スノーティアはまだ生まれて数日なのに、もう喋れるし会話も理解出来んのか」

「妖精の生体は謎だらけですからね…」

「同胞に何人か見たことだけはあるってヤツがいるがな。姿隠しされちゃどうしようもねぇ」


 姿隠しっていうのは魔法のことなんだけど、団長さんが言ってるのは妖精魔法の方だ。

 種族関係なく魔力と魔法の素質、あるいは魔法陣で発動できる姿隠しとは別もの。一見同じ効果に見えるけど、誰でも使える姿隠しはその名の通り姿を隠す。手練だと気配も隠せるようになるから隠密には必須魔法らしい。

 それと似て非なる妖精族だけが…ううん、正確には精霊も使ってるんだけど、それは今は忘れて大丈夫。妖精が使う姿隠しは姿と気配は当然ながら、実体を隠す。分かりやすく言うなら幽霊状態になれるんだよ。但し、核だけはどう頑張っても実体をなくせないから、姿隠し中でも触れられる。誰の目にも見えないからまずそんな状況にはならないけど。


「ちょっと他の種族と違うだけで、妖精族はそんなに謎の生物じゃないの…」


 発言してもいいのかなと思いつつも、小声で言ってみると一気に興味を引かれた。


「ほう。じゃあ例えば俺らが妖精族について知りたいことを聞けば、教えてくれんのか?」

「…わたしが知ってて、妖精族のみんなに迷惑がかからないことなら? あ、でもでも人体実験して生体を解明するとかそういうのはナシ! 質問は受け付けるけど、エルくんと一緒じゃなきゃダメ!」

「──随分とフェアル隊長に懐いているようですが、妖精族には擦り込みが?」

「エルくんは親じゃないのー! わたしはエルくんの恋人! 彼女! 未来のお嫁さん!!」


 妖精族にインプリンティングはありません!

 ここは間違えられると不愉快なので、しっかり主張しておいた。そうしたら「…噂は事実だったか…」って団長さんが。あらま、もう団長さんの耳にも届いてたの? ってことはもちろん副団長さんの耳にも?


「フェアル隊長。彼女はそのように言っていますが、事実はどうなんです?」

「──真実です。私はスノーティアといずれ婚姻を考えています」

「ぶはははっ! あんだけ女に興味なかったお前が、このおちびちゃんを番に定めたかー! いやいや、俺は分かるぜ。随分と年下だろうが番ってやつは一目で分かるもんだ。変態だの何だの知ったこっちゃねぇよなぁ?」

「…竜人族の感覚と一緒にされるのは…」

「団長は少し黙っていて下さい。…エルフ族が誠実で相手に一途なのは知っています。そしてあなたが今までずっと唯一人を想い続けていたことも理解しているつもりですよ。そんなあなたが珍しい妖精族に懐かれたからといって、想い人から気持ちを移すとは思えません」

「んふふ~。エルくんは一途で素敵なエルフさんなの。ずっと待っててくれたから、これからはわたしがエルくんをいっぱい幸せにするんだよ!」

「………と、スノーティアさんが仰っていることから推測が確定しましたが。彼女が生まれる前に出会っていたという認識でいいのでしょうか?」

「──その通りです。夢で出会って恋をした時から、私は彼女のことを愛しています。ですから私はスノーティアを誰からも守りたいのです。職務にはこれまで以上に励むと誓います。ですから、スノーティアを傍に置くことを許してもらえないでしょうか」


 頭を下げたエルくんを団長さんと副団長さんは真剣な顔で見つめていた。さっきまでのゆるっとした空気がエルくんの発言をきっかけにピリピリしたものに変わってる。

 わたしはキュッとエルくんの制服を握って、2人がどんな答えを出すのかを待った。


「──今すぐに許可できる話ではないな」

「そうですね。騎士団は分け隔てなく人々の安全を守るものです。とはいえ現状、身近に存在すると確認出来る妖精族はスノーティアさんのみ。犯罪に巻き込まれる可能性が高いため、保護は必要でしょう」

「そうだな。とりあえずスノーティアは騎士団預かりとする。あとは他の部隊長を含めて話し合おうや。な。──そんな不安そうな顔すんなって。悪いようにはしねぇからさ」


 わたしがあまりにも情けない顔になったせいか、最後に団長さんがニカッと笑って付け足した。

 苦手意識があったけど、いい人そうだから大丈夫かもしれない。


「…よろしくお願いします、団長さん」


 ここでは素直に頭を下げておいたけどね。

 わたしね、前世が人間でも今は妖精族なんだ。

 妖精族はね、好奇心が強くてね。


 自己中なんだよ。



「エルくんエルくん、元気出して。大丈夫だよ、団長さんも副団長さんも、きっと一番いい方法を考えてくれるから」


 団長室をあとにして近衛隊の部屋へ戻るエルくんは、心なしか落ち込んでいるように感じた。だからわたしは全力で励ます。エルくんにはいつだって笑っていてほしいもの。


「それでもね、それでも離れなくちゃいけないってなったら…」


 ぴとっとエルくんにくっついて、わたしは彼の耳にそっと顔を近づけた。


「…ティア?」

「[姿を隠してポケットに忍んでるから]」

「……!」


 微かに息を呑むエルくんに、わたしはえへへと笑った。


「[無問題]だよ、エルくん!」


 わたしの感覚で言えば数日ぶりの、エルくんにとっては224年ぶりの前世の言葉。声を潜めていても聞かれちゃう可能性はあるからね。でもこれなら聞かれたって困らない。

 怪しまれる? 妖精族の言葉だもん、未来の旦那様と普通にお喋りしちゃダメなの? で通せるからいいの。妖精族の謎は使える時に使わなくちゃね。


「[あ。つ、伝わってる? 200年も前の言葉だから、忘れちゃった!?]」

「──まさか。ちゃんと分かる。…分からなかったら、思い出も忘れてしまうだろう?」

「エルくん…。そうだね。わたしもこれからは忘れないように大事にしていかなきゃ」


 寂しくならないように、泣いてしまわないように、故意的に意識をそらし続けた前世の記憶。でもそうやっていつまでも閉じ込めてしまったら、きっと思い出なんて簡単に消えて行くんだろう。

 生きている以上、仕方がない。でも、できることなら今覚えてる橋田結希の日常を全て覚えていたいと思う。

 口下手なお父さんや、天真爛漫なお母さん、生意気で可愛くない双子の弟たち。仲良くしてくれた友だち。いろんなことを教えてくれた学校の先生。みんなと過ごした日々を覚えておきたいなら「こういう会話したなー」って思い出すのが1番だよね、きっと。


「…よし、シリアスモード終了!」

「ティアは妖精に生まれてから、少し性格が楽天的になったな」

「そうかな? 割と昔からこんな感じじゃなかった?」

「いいや。少なくとも“僕”が知っているティアは、もう少し気持ちの切り替えがゆっくりだった」

「うーん。それを言うなら、エルくんは表情筋が動かなくなったよね!」

「…何か、違う気がするんだが」

「いいのいいのー。結局はエルくんがエルくんであればわたしは大好きなんだから!」


 ふふふんとご機嫌に宣言して数秒。

 ハッとして周囲を見回したわたしは、勤務中の見知らぬ騎士さんたちと目が合った。


 ………。


 フェアル家で大失敗した経験は、未だ活かされず。である。くすん。

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