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 朝会が終わればみんなそれぞれ持ち場へ移動する。近衛騎士の仕事は主に要人警護だ。エルくんとグラシアノさんも今から王女様の警護につくらしい。

 でもその前に団長さんと副団長さんに会わなくちゃいけないから、今日もグラシアノさんだけが先に王女様のところへ行くことになった。

 ものすごく嫌そうに「俺もそっちについていきたい…」って言ってたよ。


 昨日からわたし、王女様のことが気になってしょうがないんだけど空気を読んで聞かないままでいる。…多分ね、これは男の人じゃなくて女の人から事情を聞いた方がいい。わたしの勘がそう言ってる。なので、あとで副団長さんに聞いてみよう。


「団長さんと副団長さんはこの時間も忙しいの?」

「あー…、まぁ、忙しい…んじゃないか?」


 何でそんなに歯切れが悪いの?

 首を傾げながら「そっか~」と周囲を見回す。すれ違う人全ての視線をエルくんとわたしは独占しているようだった。朝の食堂から既に噂は騎士団中に広まったらしい。すごい速さである。


 団長室ってネームプレートはなかったけど、代わりに騎士団の、二重丸ならぬ逆二重三角形を背景に剣が2本交差して、それらを百合のリースで囲ったようなシンボルマークが立派なドアに付いていた。さすが団長室。カッコイイ。


 だけど……。


「ここ、間違ってますよ。こんな簡単な計算ぐらいちゃんとやって下さい!」

「あー悪い悪い」

「これちゃんと目を通してからサインしましたか? 明らかにどうでもいい申請でしょう! 何で許可してるんですっ」

「いやほら、誰にだってうっかりってあるだろう、な?」

「あんたは毎日がうっかりでしょうが、この脳筋!」


 ………えーっと。

 ドアの向こうからの会話は、かっこよくない。


 ちょっと悲しくなってエルくんの横顔を見たら、ちょうどため息をついているところだった。さっきの歯切れの悪さはこういうことだったんだね。


 未だに続く残念な会話に躊躇うことなく、エルくんは目の前のドアをノックする。「近衛隊、フェアルです」と一声かければ途端に騒がしい会話は途切れて「はい、どうぞ」と返答があった。叱っていた方だ…。


 入室してすぐに思ったのは、意外と質素なんだなぁってこと。社長室にありそうな机が奥にあって、そこに積まれた書類の存在感がすごい。実際にああなってる光景をまさか現実で見ることになるなんて思わなかった。

 あとはお客さんに対応するための質のいい落ち着いたソファーセットがある。大きな家具はそれくらいで、それほど広い部屋でもない。


 その部屋にいたのは2人の男性。

 1人は筋肉質で背が高い。銀色の髪は短く切ってて、目は金色だ。わたしと色合いが似てる…。

 もう1人は細マッチョでエルくんより少し身長が低く見える。藍色の艶々した髪は少し長いけど結ぶほどじゃない。

 偏見かもしれないけど、怒られてた方が銀髪さんで間違いないと思う…。そして多分、きっと団長さんだ。


「長期休暇から昨日戻りました」

「おかえり。久しぶりの帰郷はどうだった。少しは親孝行してきたかぁ?」

「親孝行出来たのかは分かりませんが、まぁいい休暇を過ごせました」

「そうかそうか、それはよかった! なぁに、親ってやつは息子が帰って来て元気な姿見られりゃ十分さ。今度からはもう少し間を空けずに顔くらい見せに行けよ~」

「…そうですね。仕事が落ち着きましたら」

「そう言い続けて100年里帰りしなかったんだろうが…。しかもようやくその気になったのが単なる休暇じゃなくて、森の異変のせいとか。お前そんなに仕事背負って人生楽しいか?」

「団長はもう少し仕事を真面目に背負って下さい。──さて、では詳細を聞かせて頂きましょうかフェアル隊長」


 エルくんが話している間に、副団長さんがソファーに人数分お茶を用意してくれていた。数は4つ。普通にわたしの分まで淹れてくれたみたい。…優しい人は好きです。


 ソファーに移動して、エルくんは机にわたしを下ろそうとしたけどソファーにしてもらった。机の上は座るところじゃないから。今までそうしてたのはそうしなきゃ不便だからだよ。


「ウィルディーの森の異常な魔力濃度は、そちらの妖精が原因だったということで間違いはありませんか?」


 話の進行役は副団長さん。ソファーに座ってから正面にいる団長さんがじぃーっと見つめてくるから、わたし、ちょっと居心地が悪い。気持ち、エルくんに擦り寄っておいた。


「はい。妖精が誕生する前兆の現象だったようです。…生まれた途端に魔力は通常通りに戻りました」

「そうですか…。──妖精族のお嬢さん、初めまして。私は王立騎士団、副団長のマリアーノ・フォード。人族です」

「俺は団長のアドルフェリノ・キンズ、竜人族だ。よろしくなー」

「はじめまして…。スノーティアです。…森の魔力を高めてごめんなさい」

「謝罪するようなことではありませんよ。寧ろお祝いをしなければ。妖精の誕生に居合わせる事自体が奇跡的な確率ですからね」


 にこりと笑う副団長さんはやっぱり優しい。わたしの中の好感度が更に上がるのを自覚した。

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