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「お話終わり? ──初めまして! 妖精族のスノーティアです。今日からお世話になりますっ」
2人の会話が落ち着くのを待ってから挨拶すると、目の前の細身で落ち着いた雰囲気を持つ獣人男性はにこりと笑った。
「初めまして。僕は料理人のハーヴィットといいます。何か食べたいものがあったら僕や他の料理人に教えて下さいね」
「…えっと、厨房を貸してもらいたい時はどうしたらいいですか」
「そうですね、昼食か夕食後の落ち着いた時間に、誰か1人同伴した状態でしたらお貸し出来るかと思いますよ。先に料理長から許可をもらって下さいね」
「分かりました! ありがとうございます」
よし、調理場は確保できたよ。あとはエルくんにお願いして食材を買ってもらえばお菓子作りができる。
…道具も必要だった。ハンドミキサーは無理でも泡立て器とかゴムベラとかはあるかなぁ? 変身中は他の魔法は使えないから、道具は大事だ。…無理をすれば魔法併用もできなくはないけどお菓子作りにそこまでする必要は全くないから。
あとオーブンはわたしに使えるかな。火を入れて…温度調節は薪なの?
お菓子作りに思いを馳せていたら、その間にエルくんは空いている席へ朝食を持って座っていた。
「ほらティア」
「ん、…うん?」
呼びかけに意識を戻すと、テーブルの上に降ろされたわたしにパンのかけらをエルくんが差し出している。…ふむ、確かにパンならカトラリーいらないね。
「頂きますっ」
食前の祈りは他にあるんだけど、わたしはいつもこれ。両手を合わせてこうするたびに、エルくんが一瞬微笑むんだ。わたしにとってはまだ生まれたばかりだから懐かしいことじゃないけど、エルくんにとっては200年以上も前の習慣。たったこれだけのことでも前世を思い出して喜んでるみたいなの。
できるだけ小さくちぎってくれたみたいだけど、パンのかけらはわたしには大きい。かけらを更に小さくちぎりながら食べる。その途中にスプーンで掬われたスープを差し出されて飲んだ。それからパンに戻って、今度はスクランブルエッグみたいなのを食べて、パンをもぐもぐ。
野菜も食べなさいってことだろう。レタスみたいなのをフォークに刺して来たからちょっと考えて、残ってたパンを2つに分けて挟み、もぐもぐもぐ。
もうお腹いっぱいだよーと顔を上げた時、エルくんが顔をそらして悶てる姿があった。それといつの間にかその隣にグラシアノさんがいる。あと、何かすごく見られてるよ。いろんな人から。
「グラシアノさんだ。おはよーう」
「ははっ、おはようスノーティア。腹一杯になったか?」
「うん、もういいの。グラシアノさんは今からご飯なんだね」
「ああ。こんなに注目されながらの飯は初めてだ」
「ごめんね、わたしのせいみたい。──エルくん、ポケットに入れてー」
「……分かった」
食事はリラックスして食べるのが1番だ。とりあえずわたしの姿が見えなくなればこの場も落ち着くだろうと、手に浄化魔法をかけてからエルくんの胸ポッケにイン。頭までしっかり隠れておいた。
「いやぁ、想像以上の反応だな。これだと1日で城まで話が広がりそうだ」
「…広まるのはいいんだがな。私が保護者だと知られない状態は避けたい」
「保護者じゃなくて恋人ー」
「…んんっ…。まぁ、とにかくだ。こうなってしまった以上、シアンも出来るだけティアのことは気にかけてくれるか。可能な限り常に共に行動するつもりだが、離れなければならない時もある」
「それはいいんだけどさ。王女サマの護衛中はどうするんだ? 暫くは俺らが外れるわけにもいかねぇ状況だろ。バルドの傍にスノーティアがいたら何されるか分かんねぇぞ」
「……はぁー。マーティンにその間は頼もうと思う。幸いティアは嫌っていない様子だったから大丈夫だろう」
そう言ってわたしを見下ろしたエルくんと目が合ったから、安心させてあげようと思ってにっこり笑う。
「副隊長さん好きだから、いいよー」
エルくんの仕事を邪魔するためにここにいるわけじゃないもの。無理な時はワガママ言わないよ。
「…不安だ」
「あーうん…大丈夫か…?」
「何で!?」
「──ティア。絶対に、好奇心が疼くままにどこかに行くようなことだけはしないように。約束だ」
「…わたしに対する信頼度が低くない?」
「お前、フレシュカでの自分の行動を思い出してみろよ。ポケットしょっちゅう動いてたぞ」
「……」
そんなことないよ、とは、言えなかった…。
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