その日わたしは、騎士団本部に行く 1

「…ァ、ティア。おはよう」

「ぅん…、おはよぉ………」

「こら、挨拶した途端に寝るんじゃない」

「うぅー、もうちょっと…」

「…はぁ」


 ため息をつかれてもわたしの目はまだ開かなかった。

 意識は徐々に覚醒中である。


 おはようございます。

 あの、まさかの備考欄が真っ黒になる予想外な出来事が起こったあと、エルくんは自分の部屋ではなく近衛隊の副隊長、ヴィオレッタ・マーティンさんの部屋を訪れた。


 名前から分かるように女性である。頭に包帯を巻いているけど、ユディールさんが軽傷だって言っていたように腫れているだけみたい。包帯は炎症を鎮める薬を塗ったガーゼの固定のためだった。


 そこでお互いに初対面の挨拶を交したわたしは、エルくんの指示のもと目の前で変身魔法を解除。妖精サイズになった途端、副隊長さんは目を丸めていた。

 副隊長さんも綺麗な人だよ。マーティン伯爵家の3女で人族らしいけどまだ独身。こんなに美人なのになんでかなって思ったら、副隊長さんは女子にモテる系なニオイを感じた。クールでサッパリした性格のようだ。

 妖精に戻ったから魔法が使える。せっかくの美女さんだし、エルくんの部下だしってことで、手に乗せてもらって包帯の上から患部を撫でておいた。こっそり治療魔法つきで。


 今後のことについて2人が話し合っている間、わたしは副隊長さんの膝の上で足をプラプラさせながら大人しくしてたよ。

 2人が話に集中しきれていなかったことをわたしは知ってます。抑えようとしている笑みが零れてたよ! 体も時々震えてたからね?


 話し合いの結果、わたしの披露は翌日にエルくんが率いる近衛隊の人たちに挨拶をしてから、エルくんの肩の上で過ごすことになった。

 きっと恐ろしいほど早く噂が広まるだろうから、夕食の時間に食堂で他の騎士さんたちともちゃんと挨拶。その時間に会えなかった人とは個別対応することに決まった。


 エルくん以外の隊長さんたちに先に挨拶しなくていいの? って聞いたら団長と副団長には挨拶しに行くって返事がもらえたよ。

 因みに騎士団のトップ責任者は団長さん、次席が副団長さん。その下は事務と実務に枝分かれして、事務は総務長さん、実務は近衛隊長さんってなるらしい。で、今総務長さんは初めてのお子さんが産まれたから2週間の育児休暇中なんだって。こっちにも育児休暇あるんだって思ったら一部の愛情深い種族への配慮として長期休暇が取れるようにしたのがきっかけだとか。竜人族はその代表種族だね。


 だから今日のわたしの予定は、いち! エルくんと一緒に本部へ出勤して近衛隊の皆さんにご挨拶。に! 団長さんと副団長さんにご挨拶。さん! 夕食の席で騎士の皆さんにご挨拶。です。


「ティア」

「ん…。ぅん~~っ! …エルくん、おはよぉ」


 のそのそと体を起こして座ったまま体を伸ばす。うん、よし。目、覚めた!


 差し出された手に乗せてもらって連れられたのは洗面所。小さな桶にはエルくんが水を入れておいてくれたらしい。

 うがいをして歯磨きして洗いだあとに顔を洗う。浄化魔法を使っちゃえば洗顔も必要ないんだけど、歯磨きするとしゃきっとするから魔法は使わないことにしたの。

 濡れた顔をふわふわのタオルでそっと拭いてくれるのはエルくんだ。


 昨晩わたし用のタオルを作るためにいらないハンカチを貰おうとしたら、そもそも水場は妖精のサイズだと危ないからエルくん同伴じゃなきゃダメだって話になった。同伴するならタオルも共用でいいなとあれよあれよとこういうことに。


 …これもあとから火と風の混合魔法で乾かせばいいことに気づいたけど、エルくんと触れ合える機会はあればあるほど嬉しいから黙っておくことにした。これくらいは許されるよね? エルくんだってわたしのお世話するの嫌じゃなさそうだし。


 洗顔が終わったあとは髪を梳いてもらう。自分でできるのに何故か櫛を渡してもらえないから、これもエルくんの朝と夜のお仕事になりそうな気配がする。…小さいからエルくんの手じゃ大変なのにね。

 それが終わったら鏡の前で1回くるん。魔力の服だから汚れもシワもできないのは分かってるんだけど、これは気分の問題です。オッケー、今日も可愛い。


 わたしとエルくんの朝の行動はちょっと違う。わたしは朝日が完全に登る頃にこうして起こしてもらえるけど、エルくんは朝日も登らないうちに起きてジョギングと素振りをしてるみたい。習慣なんだとか。エルフの里で、グラシアノさんから聞いた。


「ご飯はどうするの?」

「食堂で食べる。…ティアの食器は荷物になるから置いていくぞ?」

「うん。食べなくてもいいよ」

「それは却下だ」


 カトラリーを置いていくのに朝食は食べるようにいうエルくんは矛盾してない? お皿はなくてもなんとかなるけど、お箸がなきゃ手掴みになっちゃうよ。


 そんなわたしの戸惑いに気づかないまま、エルくんはわたしを肩に乗せた。

 まだ朝が早いせいか出会う人は少ない。それでも出会った人はまず朝の挨拶をして、わたしに気づいてびっくりする。その間に何事もなかったかのようにエルくんは足を進めるから、わたしについて説明を受けた人は食堂につくまでゼロだった。


「おはようございます、フェアルさん。今日は随分可愛らしい子を同伴させてますね」

「おはよう。申請書には記入したんだが、こちらには連絡が届いているだろうか?」

「はい、ちゃんと届いてます。…念の為にフェアルさんとは別で食事を用意しておいたんですが、この大きさだと食べきれなさそうですね…。今後は連絡通り、フェアルさんの食事を1口分増やしておきます」

「世話をかけるが、よろしく頼む」

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