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「店主、悪いが急ぎの仕事がある。あまりゆっくりしていられない。それで少しの間ティアを預ってもらえるだろうか」

「あら。あたしが預かっていいなら喜んで預かるけど」

「私が迎えに来るまでに必要なものを揃えておいてくれ。それと今は出来るだけこの子を見られたくないんだ。他の客が来るとは思えないが、もし誰か来たら人目から隠してほしい。──ティア、私は城に向かう。必要なものは遠慮せず揃えるようにな? それから、変身後の服のことも店主なら相談にのってくれる」

「うん、分かった。わたしはエルミラさんとここで待ってるね。お仕事行ってらっしゃい」

「…ああ、行ってくる。遅くならないようにするから」

「エルくんエルくん、だっこ! 早く早く」


 机の上に下ろされているわたしはエルくんを急かして両手を伸ばした。不思議そうにするエルくんは言われるがままわたしを手のひらに乗せてくれる。


「もっと上、まだ上~」

「ティア?」

「そこ! 顔に近づけてー」

「……」

「いってらっしゃーい!」


 ぴとっとエルくんの頬に両手で触れて、わたしの頬をくっつけた。…キスもちょっと考えたんだけど、いや、あの…さすがに人目が気になるからしないよ。

 体を離すと、ちょっとだけ顔が赤いエルくんが見られた。ふふふん、満足!


 照れたエルくんを見送って、すぐにわたしはエルミラさんにお願いしてエプロンのポケットの中に入れてもらう。

 飛べないことにはこの時点で気づかれた。さっきずるいことしたから正直に羽音が嫌って話したら、笑われるどころか可愛いって。それからそれほど受け付けられないなら、飛ばない方がいいとも言われたよ…。無理して飛んで落ちたら危ないからって。落下経験を既に果たしていることは秘密である。


 エルミラさんのお店は一応雑貨店らしい。ただし普通の雑貨を取り扱ってるわけじゃなくて、どれもこれも置いてある品物のほぼ全てが極小サイズだ。そのせいか、雑貨店というよりおもちゃ屋さんに見えて仕方ない。

 ここは妖精族のお客をターゲットにしているお店だった。今までお客さん来たことあるのかなって聞いてみたら、妖精のお客は私が初めてだって。ただ、どの品物も精巧に作られているおかげで、貴族のお客さんがちらほらいるらしい。尤も、足を運ぶのはその家の使用人みたいだけど。


 妖精用とはいえお店を経営している以上売上は大事だ。エルミラさんも妖精がそう頻繁に来客するとは最初から考えてなかったそう。

 だからここにあるものはどれも質がいい。よって必然的に値段は高い。

 エルくんは遠慮せずって言ってたけど、本当に必要な物だけにしようと決めた。


 まずは生活する上での必需品!

 寝具…はエルくんと一緒だからいらない。タオルも買わなくてもいらない布を切っちゃえば大丈夫。洗顔道具とカトラリーはいるね。お皿は今ので困らない。…あれ、他に妖精サイズのいるものってある?


「スノーティアちゃん、服はあるの?」

「わたしの服、魔力でできてるからいらないの」

「でも女の子なんだし、オシャレしたいでしょう?」

「うーん…」


 正直に言えばもちろんしたい。だけど妖精姿で過ごすのは朝晩になる予定だし、そもそもここにあるレディス服ってどれもこれもドレスっぽいんだよね…。憧れるけど毎日着たいものじゃない。ドレスよりしわも気にならないカジュアルファッションが恋しい。

 妖精サイズよりも人サイズの服の方が急ぎだよね。エルくんも相談するよう言ってたし。


「エルミラさん、わたし日中は変身魔法で大きくなる予定なの。だから妖精サイズの服よりも人サイズの方がほしくて。下着も」

「…変身魔法ってあのバカみたいに魔力を食う?」

「そうそう。妖精族の魔力と体質のおかげでわたしあの魔法使えるんだ。でも変身してる間は服まで出せなくて…。わたし、まだ人前に出ちゃいけないからエルミラさんに助けてほしいの」


 ポケットの中からエルミラさんを見上げて言ってみると、彼女は即頷いてくれた。…可愛いって便利。


 そんなわけで妖精用の買い物は終わりということにして、エルミラさんは早めにお店を閉め、わたしを奥の住居の方へ連れて行ってお茶を振る舞ってくれた。

 ここなら誰かに見られる心配もないから、隠れる必要がない。


 エルミラさんはまだ商品として出していない、小さな小さなティーカップとソーサーをわざわざ用意してくれたんだよ。それから机と椅子も。机の上には本物を縮小させたように見えるお花まで飾ってある。すごい。


「こういう家具も妖精用で作ってあるの?」

「妖精族が使えることを前提にしているけど、主に貴族への商品よ。人形をインテリアに好む人がいるの」


 お店の方にドールハウスっぽいものがいくつか置いてあるのは見た。こっちにもあるんだなぁ、あれくらいのサイズの家なら妖精姿でも不自由しないかも、あ、でもちょっと部屋が狭くて窮屈かな…っていろいろ考えちゃったよ。


「今までは貴族相手だったけれど、これからはスノーティアちゃんのためにいいもの仕入れるから期待していてちょうだいね」

「えっ。でもわたし、エルくんにお世話になってる立場だからそんなにお買い物は…」

「あら、ちょっとぐらい困らせてあげなさいよ。もちろんやり過ぎはよくないけど、フェアル隊長だって男の甲斐性を示したいだろうから。……あたしはね、フェアル隊長とはそれなりに長く付き合って来てるけど、今日初めてあの男が幸せそうにしてる顔を見たわ。エルフが一途って言っても結ばれないうちは多少気持ちは揺らぐものなのよ? でもフェアル隊長はいつだって誰も見たことのない女の子に想いを寄せてたの。見てるこっちが苦しくなっちゃうような一途さで…」


 だからあたしは、今日あんなフェアル隊長を見れて凄く嬉しかったわ。と、エルミラさんは微笑んだ。

 そして、だからこれからはたくさん甘えて困らせて一緒に幸せだって笑えるように過ごしてほしいのよ、お互いにねと優しいエールを贈ってくれる。

 わたしは元々好きだったけど、エルミラさんがこの時大好きになった。

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