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 木の実皿にエルくんが葉物野菜の炒め物と、野菜とお肉の煮物と、お肉のステーキを取り分けてくれる。お皿は4枚あるんだけど、1つはデザート用だ。他の料理と味が混ざるなんてありえないからね。

 せっかく彼女になれたんだし、こういう時大皿からエルくんのためにご飯を取り分けて気の利く女アピールをしたいんだけど、現状この大きさじゃできない。むぅ、変身後は絶対やってやるんだからっ。


 取り分けたわたしのご飯は、食材から魔力を取り出す処理をされてから目の前に置かれた。

 空気と一緒に魔力摂取してる妖精族は、体に魔力が満ち足りた状態で食べ物を口にすると食物に含まれる魔力が過分となって暴走する可能性がある。暴走しちゃうイコール自爆。こんなに小さな体なのに、大きな町1つは軽く吹っ飛ばせる威力があるらしいよー。

 それを防ぐためにこうして魔力処理が必要なの。因みにこれは乳幼児の食事にも行われるから世の中のお母さんたちはみんな経験がある。エルくんは今回シアチアさんから魔力除去魔法を学んでいた。


 原材料不明のご飯はおいしかった。甘煮ではなかったけど、ステーキはオーミルだったよ。うさぎと狐を混ぜ合わせたような見た目の獣らしい。大きさは中型犬ほどで気性は大人しい。可愛さもあってペットとして人気もあるんだとか。

 ついでに言っておくと、純粋なうさぎとか狐とか犬とか、そういう名前は獣族や獣人族の名称になってるそうだ。前世での名前を持つ動物は見た目が一緒でも全て別の名前。犬はディバーク、猫はチャッコ──うん、口ではこっちの世界に合わせるけど心の中では混乱を避けるためにも今まで通りに呼ぼうと思う。

 知識さんのおかげで基本的に自動翻訳されるから楽なんだけど、時々「うん?」って分からなくなっちゃうんだよね。


 あ。獣族は、意思疎通のできる獣姿の一族のこと。獣人族とは別の種だ。世間では獣族と人族が結ばれて獣人族が生まれたって言われてるけど、最初から存在していた種だって知識さんは仰ってます。…この雑学いる? 生きる上で必要なことかなぁ?


 そして待ちに待った期待のデザート!

 ……小麦粉からできるお菓子じゃなかった。和菓子に似た感じ…栗きんとんが一番近い? でも栗じゃない。そして甘かった。甘すぎた。うぇぇ…甘党を自称するわたしにもこれはヒドイ味だと言える。


 …そうだ、前世でも海外のお菓子って日本のものより甘いって聞いたことがある。友だちから海外旅行のお土産にもらったお菓子も甘くて1つ食べたら「もういいかな」って思ったのを思い出したよ。


「エルくん、ごめんなさい…。甘すぎてこれ以上は無理…」


 せっかくわたしのために注文してくれたデザートだけど。小さなわたしが食べたところで1口分も減っていないそれを残すのはとっても申し訳ないけど…、食べきるなんて無理!

 お残しに対してシュンと気分が沈む中謝ると、エルくんは苦笑いしながら気にするなって言ってくれた。そしてグラシアノさんがサッと2口で完食。──わたしの沈んだ気持ちの行き場がなくなったんだけど、どうしたらいいの。


「グラシアノさん、それ食べて平気なの!?」

「ん? おう、俺甘いの平気だから。というか美味いじゃん。甘さもちょうどいいし、当たりだなー」

「………これが、ちょうどいい」


 愕然とした。

 いや、いやいやいや。どこが!? ひと口で食べるの止めちゃう甘さだよ! 砂糖の取り過ぎよくない!!


 わたしの気持ちを理解してくれるだろうエルくんを見上げれば、嫌そうな顔をしてグラシアノさんを見ていた。そうですよね、エルくんには堪え難い代物ですよね。日本のお菓子さえ甘いのは苦手だったんだから、それ以上に甘いここのお菓子は食べ物認定するのも嫌なのかもしれない。


「…わたし、変身したら自分でおいしいお菓子作りたい…」


 また1つ、変身後の予定が増えた。



 お店を後にして、いよいよ王都へ向かうために転移門があるギルドへ向かう。ギルドって言っても冒険者が集う場所ではなくて役所と警察署が合わさったような感じのところで、自警団の本部になっている場所だ。ファンタジー物語でいう冒険者ギルドのような場所は、ここでは依頼所と呼ばれる。


 再びエルくんの外套下に身を潜め、お腹が一杯になったことでうとうとしていたら、何やら騒がしい声が聞こえてきた。とはいっても緊急性を知らせるようなものじゃなくて、知り合いを見つけて喜んでいるような感じなので心配はいらなそう。

 「隊長~、グランさ~ん」って低すぎない男の子の声がだんだん近づいてくる。声の主は間違いなくこの2人の知り合いだ。


「あれ、ユリじゃん。なんでここにいんの?」


 呼びかけに答えたのはグラシアノさん。エルくんはグラシアノさんのこと「シアン」って呼んでるけど、里の外では「グラン」なのか。わたしはどうしようかなぁ。グラシアノさんはわたしのことスノーティアってそのままで呼ぶから、愛称なんて考えたことなかった。エルくんは考える必要なかったし。隊長さんって呼んだら不服そうに「エルでいい」って言われたから。…他の人たちは「バルド」って呼んでるんだけどね。陽くんと少しでも似せてくれたのかな。


「よかったです、合流できて」

「何かあったのか、ユディール」

「はい…、副隊長からの伝令です。『折角の休暇を妨げることになって申し訳ないが、こちらの限界が近い。グランと共に至急登城してほしい』とのことです。力及ばず申し訳ありません!」

「…そうか…」

「げぇ…あの副隊長にそこまで言わせるってある意味すげぇな。戻りたくねぇ…」


 心底嫌そうに零しているグラシアノさんと、ため息をついたエルくんの様子で察した。何か厄介事がお城で起こっているらしい。そしてそれは近衛隊の管轄。…多分貴族の偉い人が周りを困らせてるんだろう。そしてそれは割と日常的で、普段はエルくんとグラシアノさんが抑えてるんじゃなかろうか。

 今回の里帰り中は副隊長さんを初めとする近衛騎士さんたちがそれを受け持ってくれていたんだろう。


「被害は?」

「心的被害は隊の4分の3ほどですね…。昨日から物が飛び交って危険さは感じてたんですが、ついに今朝副隊長が頭に花瓶を受けてしまいました。幸い軽傷ですみましたが流石にこれ以上は」

「…分かった。伝令ご苦労。だが、こちらにも外せない用事がまだある」

「あ、そういえば森の異変はどうでしたか? 原因分かりました?」

「ああ、それはもう解決した。些細なことだったから問題はない」

「流石隊長ですね! たった2、3日で解決までしてくるなんて」

「……まぁ、それはいいとしてだ。とりあえず王都に戻ろう。ユディールは了承したとマーティンに伝えてくれ。私は急いで用事をすませてから登城する。シアン、そういうことだ。先に行ってくれ」

「えー! 俺だけ先にってバルドずりぃ!!」

「仕事だ。ずるいも何もあるか」

「俺だって、可愛い子とデートしてぇのにーっ」

「うるさい黙れ。行くぞ」


 そうして駆け足気味に歩き出したエルくんたち。そのせいでポケットが揺れる揺れる。乗り物には強くなったわたしだけど、食べたあとのこれはちょっとダメージを受けた。


「転移申請してきますね!」

「ちょい待ち。申請人数は大人3人子ども1人で頼むわ」

「はい? 子どもですか? ……どこにもいませんけど、遅れて来るんです?」

「まぁ細かいことは後でな。ほら行った行った」

「…分かりました。それで申請してきます…」


 というユディールさんとグラシアノさんの会話を気持ち悪くなった胸を擦りながらわたしは聞いた。意味が分からない申請をお願いしてごめんね。あとできちんとご挨拶するから、今は許して。


 申請が通るまで暫く待っている間に体調は回復する。いよいよ転移、と思えばどきどきワクワクだ。

 転移ってどんな感じなんだろう? アニメや漫画みたいに魔力を込めていくと魔法陣が光り出すのかな? で、それらしい詠唱が始まると光の粒子が浮かび上がって幻想的な光景を作り出すんだろうか。

 見たい。とっても見たい! 外套の隙間からこっそり見ちゃダメかな? ちょこっとポケットから手と頭が出ちゃうけど、バレないよね?


 よし、見よう。いざっ!


 ──と、転移の間に着いた頃合いを狙って身じろいだら、そっと押さえ込まれた。………バレてる。

 うううう…。転移門…、転移魔法陣がキラキラって…見たいー、見たいのにぃっ!


 この時ばかりはエルくんの手が憎く思えて、ペチペチ叩いておいた。


「…はぁー。ティア、やはり君も妖精族だな…」


 グラシアノさんとユディールさんが先にお城へ向かってからの、エルくんのお言葉である。

 え、妖精だよ? それは今更過ぎないかな、エルくん。

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