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「そうだろう? 実際同意も許可もなく持ち帰っちゃまずいが、そういう気分にはなるよな」
「えーっと。グラシアノさんはつまり、わたしは嫌われる心配なんてする必要がないって言いたいの?」
「それもあるけど…」
「…むしろ、持ち帰られないように警戒しろってことだ」
「なんだ。結局はそういう話かぁ。分かってるよー。わたし、何度も言われなきゃ覚えないようなおバカじゃないんだから。第一、身の回りの物が揃うまではエルくんのポケットの中だし、揃っちゃえば変身するから平気だよ」
「……バルド、俺、今からすげぇ不安になってきた。この世間知らずを王都に連れてって本当に平気か?」
「……。ティア。変身したあとも君は目を惹く姿だし、女性だ。危険はどこにでも潜んでいることを忘れずにいてくれ」
不安に揺れる緑の目に真剣に見つめられた。わたしってそんなに危なげに見えるのかな。…子どもの姿だから仕方ないか…。
少々不満はあるものの、危険はどこにでもっていうのは身を持って知っている事実である。わたしはコクリと頷いて返事をした。
早めにエルフの里を出発したおかげで、フレシュカの町に着いたのはちょうどお昼時だった。
町の様子を見てみたい好奇心にうずうずしながらも、わたしはエルくんの外套の下、胸ポッケで大人しくしている。このかくれんぼ、実は町に入る前から既に始まっていた。町が近づくにつれて徐々に人通りが増えてきたからだ。
『ティア。私がいいと言うまでじっとしていられたら甘いものを昼食に用意しよう。出来るか?』
『はーい!』
という会話があった。うん、我ながら子どもっぽいことをしたと思う。でもでも、ただじっとしておくだけで甘いものが食べられるんだよ? 甘味大好き女子なら誰だって即答するよね!
ふふふん。甘いものって何かな?
というかこっちのデザートとかお菓子ってどんなものがあるんだろう。小麦粉があるなら洋菓子みたいな感じ?和菓子系のものでもわたしは大歓迎だよ。大福も羊羹もおいしいよね!
あとアイスはどうだろ。今はとても過ごしやすい季節のようだけど、この国にも四季はあるって知識さんは言ってる。春は花の季節、夏は緑の季節、秋は実りの季節、冬は眠りの季節って呼ぶみたい。春から秋の名前は分かりやすいのに、冬は雪じゃないんだってつっこんだのはここだけの話である。いや、間違いじゃないけどさ。
ってそうじゃなくて。
暑い季節にはやっぱりアイスが食べたい。なかったら作ろう。卵と牛乳と砂糖があればなんとかなるから。冷凍庫? わたし自身がその役目を頑張ります。魔法で。
それから……チョコレート。あるかな? さすがにわたし、チョコレートがどういう過程で製品になってるかまでは覚えてないんだよね。カカオからできてるのは知ってるけど。
あのバレンタインの前日、告白するぞって張り切って作ったのは甘さを抑えたチョコパイだった。陽くんは甘いもの苦手だったからカカオ90パーセントのを使ったんだよ。できあがりを1つ味見したら甘くなかった。当然だけど。
でもなかなかいい出来だったと思うんだ。…食べてもらうどころか、渡すことさえ結局できなかったな…。
チョコレートがもしここにもあるなら、もう一度作って、今度こそ食べてもらいたい。──食べてほしいのはそれだけじゃないけどね! エルくんの彼女として! 未来の妻として…! ……ぅきゃぁぁっ、エルくんのお嫁さん!! わたしが! ──っと落ち着けアホの子。ゴホン。料理の腕を磨いて、胃袋をガッチリ掴んでみせる。浮気はダメ、絶対。純粋なエルフ族だからいらない心配かもだけど。
わたしがアホな妄想とやる気を燃やしている間に、エルくんとグラシアノさんは一軒の食堂に入店したらしい。
エルくんの合図によって顔を出したわたしが周囲を見回してみたところ、どうやら完全に個室になっているようだった。注文は今からだからまだポケットからは出してもらえない。
一応わたしにも食べたいものを聞いてくれたけど、ここでの料理名なんて聞かされても全く分からなかった。
『オーミルの甘煮』って何だ。甘めの味付けなことしか分からないよ。オーミルってお肉なの野菜なのどっちなの!
全てがこんな感じなので、全部任せることにしたよ。デザートだけは忘れないように念を押して。そもそもわたし、食べなくても生きていけるし。
注文時には再びポケットに隠れて、頼んだもの全部がちゃんと運ばれてきてからようやく出してもらえた。
そして渡されたのはわたし用の食器。…どんぐりのような木の実の中をくり抜いたものである。製作者はエルくん。ナイフとフォーク、スプーンはさすがに作れなかったようだけど、元々日本人。棒が2本あれば食べられる。お箸って素敵。
──って言いたいところだけど。
残念ながらその箸となる棒をエルくんもアルネストさんも作ることができなかった。…仕方ないよね。わたしの手、1センチほどの大きさだもの。木をナイフで削ってできるだけ細く加工しようとしても限度がある。2人が頑張ってくれたわたしの箸になるはずのものは、製作途中でポキポキ折れていった。
結局わたしのカトラリーは、わたしにとっては極太の串である。ちょっと長い。これを両手でしっかり握り、振り上げて「えいやー!」って料理に突き刺すの。一口食べるのも大仕事だよ。ついでに言うと、この食事風景を見たフェアル一家とグラシアノさんは大笑いした。いやいや、道具を用意したのあなた方だから。
そしてわたしの飲料水は水滴一雫で、コップ1杯分くらいの感覚。飲んだ瞬間に不思議なことにそれは胃じゃなくて核へ流れて吸収されていく。だから水でお腹が膨れることはなく、しかも限界知らずっぽい。水の中で放置される宝珠が核だもんなぁ。
喉の乾きを感じ始めたら水分不足の信号らしいから、とりあえず水分補給は前世の感覚のままこまめに取ろうと思ってる。今日みたいに移動が多い日はタイミングが難しいけど。
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