その日わたしは、好奇心を疼かせた 1

 ええ、わたしはアホの子ですとも。認めます。


 カポカポと馬に揺られながらわたしはそっと息をつく。

 エルフの里を朝のうちに出発した現在、わたしは本来の姿のまま隊長さん改めエルくんの胸ポッケにインしている。これから先、騎士団の本部に入るまでの指定席だ。

 わたしがいることでエルくんの胸ポッケが不自然に膨らんでて、それで隠れてるつもりか! って言われそうではあるけれど大丈夫。外套を羽織ってるから人目があるところではそれでばっちり隠せます。


 変身魔法はまさかの素っ裸という大失敗をやらかしたけど、魔力的には問題なしと判断してもらえた。というか、前世の姿で変身しちゃったものだからエルくんの頑固さが一時的に緩んだだけのような気も。

 まぁ許可をもらえたんだから気にしない。ちょっと過保護で心配性なのは仕方ないって割り切れる。過去ではずっと「妹」だったからね。しかも妹脱却寸前に、目の前で死んでる。そりゃ心配性にもなるはずだ。


 わたしが変身魔法を始めるのは、きちんと着るものが整ってからってことになった。異論はあるわけがない。

 今もだけど、本来の姿の時は白一色のワンピース姿なんだよ。スカート丈と袖の長さは自由自在。この服はわたしの魔力でできてるの。魔力は便利。…そのせいで何も疑問に思わないまま変身して素っ裸を披露することになったんだけど…。

 ……うん、でもあれだ。見られたけど、幸い今世の姿じゃなかったから。見られたうちに入らないってことにしておきたい。


 なんで前世の姿になっちゃったのかな。ちゃんと鏡見ながら魔法使ったのに。

 …あれかな。美女の体ってどんな感じか分からなかったせい? いやいや水着姿なら想像できたし!

 一番簡単に思い浮かぶ体って言ったらどうしても前世の体だ。そこは仕方がないよね。ほぼ毎日お風呂で見てたんだからさ。


 とにかくわたしの今後の課題は、本来の姿での変身をすること。結希の姿はエルくんの前でのみってことになった。あの姿でいるとどうしても「結希」って呼びたくなるそうだ。それを他者に聞かれるとまずいから、早めに練習するように言われた。


 さて、冷静にあれからのことを振り返ってみたけれど、一周まわりきってまたため息を零す。できることならぎゃーって喚いてそこら中駆け回りたい心境だ。どうしてかって? わたしがアホだからだよ。


 陽くんとの思ってもいなかった再会に気持ちが大爆発。周囲が見えてなかったせいで命を終えた過去を持つくせに、わたしはまたもや愚行を犯した。わたしには学習能力が欠けているのかもしれない。

 …好きな人のご両親と幼馴染みの前で堂々と告白する女はここにいます…ううっ。しかも熱烈に抱きしめ合って!!


 幸いなのはふられなかったことかな。

 …えへへ。わたし、妹脱却したんだよーっ! まだ詳しく聞いてはないけど、陽くんは結希のことちゃんと意識してくれてたんだって。王都に着いたら聞かせてもらうんだ!


 それは置いといて。

 晴れて両思い! 恋人! と浮かれる前にゴホンとアルネストさんの咳払いで現実に帰ってきたわたし。めっちゃ恥ずかしかった。ありえないくらい顔が真っ赤に染まったよ。

 アルネストさんとシアチアさんの温かい笑顔はいいとして、グラシアノさんのニマニマ笑顔はダメだ。恥ずかしさを倍増させた。


 夕食は急遽お祝いへと変わり、アルネストさんとグラシアノさんにたくさんお酒を飲まされたエルくん。それなのに顔色も変わらず全く酔わないまま、始終機嫌はよかった。目が合うたびに微笑まれた。幸せだけど恥ずかしい。

 というかどうしてエルくんは平気でいられるのか。みんなの視線が気になって仕方がないわたしはおかしいの? ってご飯を食べながら考えたよ。そして人生経験の差って答えに落ち着いた。


 20代ほどに見える彼は200年以上生きてきたエルフである。それに比べてわたしの人生経験なんて前世の16年分しかない。そして持っているのは当然日本人の感性だ。

 同じ前世持ちでも生きてきた年数が違えば感性は変わってくる。性格も。

 陽くんはこの世界で生きていくうちに馴染んで、エルくんになったんだろう。多少のからかいなんてスルーできるくらいに。


「疲れたか?」


 頭上から降りかかるその声に意識を現在へ引き戻す。見上げると綺麗な緑の目と視線があった。それだけで嬉しくなるんだからわたしって単純。


「…ポケットに入れてもらってるだけなのに、疲れないよ」

「そうか? 馬なんてティアは初めてだろう?」

「初めてだけど大丈夫。乗り物酔いもないみたいだから」


 前世はすぐに乗り物に酔う体質だったけど、今の体は大丈夫みたい。揺れが心地よく感じる日が来るなんて思ってなかったよ。


「エルくん、転移門って大きいの?」


 黙っていると余計なことしか考えそうにないから気になることを話題にお喋りしようと決めた。

 急ぐ道程じゃないから馬のスピードも緩やか。これなら舌を噛む心配もない。


「大きさは設置されている場所によって異なる。今から向かうフレシュカの町は小型だな。荷馬車が1台通れる大きさだ」

「大きいほどやっぱり管理が難しいの?」

「管理自体はそれほどじゃない」


 エルくんの説明によると、転移門は騎士団があるならそこが、ないなら近隣周辺の警備をしている自警団が管理しているそうだ。

 転移にはもちろん魔力が必要で、刻まれた魔法陣に魔力が込められれば誰でも起動できる。魔法には向き不向きがあるけど魔法陣のおかげでその欠点をカバーしているそう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る