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フェアル家に帰って早速、と変身魔法を発動したまではよかったんだけど。
「変身変身」と浮かれていたわたしと、心配したまま見守っていた隊長さんと、単に好奇心から見学していたグラシアノさん。
無事に変身したわたしは、計画通りに普通の人間サイズになっていた。そこはよかった。魔力がごっそり減ったけど命に関わるほどじゃない。
問題はですね。
真っ黒なストレートの髪、焦げ茶の目。凹凸が少なく、でもまぁ不細工ではない幼さを残す見慣れた顔。身長は153センチ。
加えて──裸。
成功に喜ぶ前に悲鳴を上げたのは言わずもがな。
家中に響きわたったその声にアルネストさんとシアチアさんが駆けつけて、状況も分からないだろうにアルネストさんが着ていた上着をかけてくれて、肌を隠せるようになった。既にばっちり見られたけどねっ!
「…それで、このお嬢さんは一体誰だい? まさかとは思うが連れ込んで乱暴を働こうとしたわけじゃないよね?」
体を丸めて小さくなっているわたしの傍には慰めるシアチアさん。その前に怒りを背負ったアルネストさん。対するのはわたしの失敗を目撃することになってしまった不幸な隊長さんとグラシアノさん、という図が完成している。
「違う違う! そんなこと絶対俺らしないって!!」
慌てて弁明しているのはグラシアノさんだ。何故か隊長さんの声は聞こえない。
だんだん冷静さを取り戻したわたしは不思議に思ってシアチアさんの腕の中でそっと顔を上げた。隊長さんの様子を確認してみると──どうしたことか顔色が悪い。赤じゃなくて青い気がする。え、わたしの裸はそんなに気分が悪くなるほど酷かったの!?
と少々別のことに意識が向かいかけたけど、その隊長さんとばっちり目が合った。で。
「ちょっ、ええええっ!? 何で!? やだ、隊長さん泣かないで~!!」
目を見開いたまま、隊長さんがいきなり涙を流し始めたものだから、びっくりしてわたしはそんなことを口にしていた。
それを聞いたみんなの視線が自然と隊長さんに向けられる。それでも彼は全く気にならないのか、わたしだけを見つめて泣き続けていた。
そんな姿を見ていたら何でか、よく分かんないんだけど。とにかく放っておいちゃダメだって強い衝動に駆られて。
シアチアさんの腕から離れ、アルネストさんの横を通り抜け、本能のままに隊長さんに両腕を伸ばす。
大丈夫、服はダボダボだけどちゃんと腕を通してボタンもしてるからオープンじゃないよ!
そのまま勢いに任せて抱きしめよう、としたら逆に隊長さんに抱きしめられた。ものすごい強さで。
痛い。苦しい。もっと力は緩めて!! って言いたくても、耳元で聞こえた嗚咽と微かな「結希…っ」って声を聞いてしまうと、何も言えなくなる。
真名を呼ばれたことで心臓が跳ねた。でも、そんなことは些細なこと。むしろそれが原因だったのかも怪しい。
だって隊長さんは結希と呼んだ。わたしの、この姿を見て。妖精姿とは似ても似つかない純日本人風なわたしに。
ぎゅっと彼の服を握る。心臓がドキドキする。期待が膨らんでいく。
「…
誰にも聞かれないよう慎重に、音には出さず耳元で囁いた。
わたしの真名が橋田結希になっているように、もしも彼に前世の記憶があるならばやっぱり真名は栗山陽希になっていそうだから。
わたしが呼んだ瞬間に、体に回された腕の力が更に強まる。さすがに強すぎて、ぐっと息が溢れた。そのおかげで隊長さんは少しだけ冷静さを取り戻したようである。ハッとして腕から力を抜いてくれる。…離れることはなかったよ。むしろ離さないって感じが伝わってくる。
「…探していたんだ…、ずっと、ずっと…。君にいつかもう一度会えると信じて…!」
掠れて震える隊長さんの声に、わたしまで涙が浮かぶ。それをぐっと我慢して、わたしは彼に擦り寄った。
「ごめんね、わたしすごく…長く待たせてたんだね」
隊長さんは現在224歳だそう。そしてわたしは宝珠に宿って恐らく200年以上が経っている。
あの時即死してこの世界に来たわたしとほぼ変わらない年齢で、今ここに隊長さんがいる。それはつまり、陽くんもきっと。
理解した途端に罪悪感が込み上げた。あの日わたしが勇気なんて出したせいで。あんな、車も通りかかる場所に朝早くから呼び出したせいで、陽くんは死んでしまったんだ。
ジクジクと痛む胸に唇を噛み締めた。
「守れなかった。あんなに近くにいたのに、君を…僕はっ…」
「──うん、わたしも。わたしも、守れなかった。伝えることで精一杯になっちゃって周りが全然見えてなかったの」
雪景色は滅多に見られなかったから、寒い寒いと言いながらもこっそりテンションは上がってた。
雪が降れば事故も起こりやすいと知っていはいても、どこか他人事で。まさか自分が被害者になるなんて考えてなかったんだ。
全部憶測でしかない。だってわたしは本当に見えてなかったし、即死だったから。痛みも理解する前に死んじゃったから。
でもきっと、わたしたちがいたあの場所に雪でスリップした車が突っ込んできたんだろう。ブレーキの音はどうだったかな、したようなしてなかったような、はっきりしてないや。
わたしを抱きしめる震える体が、あの日の後悔を伝えてくる。陽くんは、どうだったのかな。わたしと同じように、家族にも友だちにも何も言えないまま別れてしまったのかな。
ごめんね。ごめんね、陽くん。
わたしが妹のままじゃ嫌だなんて、彼女になりたいって勇気を出したばっかりに。
せめて朝じゃなければよかった。放課後にしておけば、わたしも陽くんも明日を無事に迎えられたかもしれない。
だけど不安だったの。大学生の陽くんは女の子から人気があって。何人かの女の子とお付き合いしていた時期があることも知ってたよ。
それでも長続きしなかったみたいだから、チャンスはあるはずって自分を励ました。…誕生日の半年前に少し挫けそうにはなったけど。
バレンタインなんて告白するにはちょうどいいイベントだ。だから朝一番に、陽くんを誰にも取られないうちにって決めたの。もしも彼女にしてもらえたら、放課後にまた会いたいって言うつもりでもいたんだよ。
「──ねぇ」
陽くん。
「いっぱい後悔はあるんだよ。それでもね、わたしはどうしようもなくバカだから。…やっぱりあなたの特別になりたい」
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