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 少々脱線したけど、つまり村長歴約100年のアルネストさんはまだまだ働き盛り。当分は息子の出番はないから自由にやりたいことをやっておけ、ということだった。ゆるい。騎士職って結構危険と隣り合わせだと思うから跡取りには向かない職のはずなのに。


 ここからは隊長さん抜きの内緒話なんだけど、アルネストさんとその妻のシアチアさんはいつまで経っても恋の1つもしない息子を、村の外でならもしかしてと期待して送り出したそうである。


 寿命が長い割にエルフは恋愛事に誠実で一途。浮気なんてありえない──純粋なエルフに限る話だから混血は該当しないみたいだよ──彼らは若いうちに大体がパートナーを見つけて結婚する。長寿種は子どもが生まれにくいから。

 …エルフの「若いうち」というのは100歳未満のことをいう。成人は15歳。人の感覚を持つわたしにしてみれば「え、若い…の?」である。若いそうだよ、ついて行けない感覚だけどこれって馴染んでいくのかな。


 それはともかく、そうして幼馴染みのグラシアノさんと共に村を出た隊長さんはご両親の期待を裏切って、王立騎士団に入団後、真面目にコツコツと働きそれに見合った地位を得た現在も独り身である。

 ついでにそれに付き合っているようなグラシアノさんも独り身である。この人はエルフの血が半分しかないせいか、恋人がいた時期もあるっぽいけど。


 隊長さんには何度かお見合いの話もあったそうなんだけど──騎士団経由だったり、エルフの里経由だったりいろいろと──、彼は全てお断りしたそうだ。「想う人が既にいるので」という言葉で。


 エルフの一途さは有名だ。例えその想い人が嘘でも、そう言われてしまっては無理強いはできない。アルネストさんは村を出てから密かに心を寄せる女性と出会ったんだろうって考えてるようだけど、シアチアさんは何となく別の考えを持っていそうな様子だった。こういうのは父親の予想より母親の勘の方が正しいんだよね。


 森の異変の調査解明のために帰郷したのは隊長さんだけじゃなくグラシアノさんもだったみたい。隊長としての立場で国の仕事でもないのに長期的に王都を離れるわけにもいかず、4日間の予定で帰ってきたそうだ。その間に解決できないなら専門の人を呼んだ方が確実だって考えたらしい。

 で、その異変の原因っていうのが魔力濃度の異常な増加。魔力の多いところには自然と魔物が寄ってくる。人に害をなす魔物が森にやって来てしまうと、里の人では防げないかもしれない。そうなる前に解決を、とアルネストさんが息子を呼び出した。

 そして帰ってきた隊長さんとグラシアノさんは森の様子を調査して──隊長さんがわたしを発見、保護したという流れである。


 そう、異変の原因はまさかのわたしだった。


 そもそもね、水の中に落とされるはずの宝珠が森にあったのがとても不思議。手足が生えて自力で移動したなんてキモチワルイ現象は起こしていないはずなので、誰かがここまで運んだことになる。

 単純に平和的に考えると、獣が水を飲んだ時に一緒に飲み込んで、消化されずに外へ出されたとか、異物を吐き出したとか…狩られて処理中に出てきたとか……あれ、これ平和的?


 うん、まぁ、何らかの方法で水から出されてしまった宝珠が森の魔力濃度を上げてしまったようである。妖精誕生直前は膨大な魔力を使って体を作り上げていくからね…。宝珠から漏れ出た魔力が森の異常現象だった。あっ、ちゃんとその魔力に魔物が引き寄せられないよう、一定の範囲に魔物避けの術が発動されるようになってるんだよ! らしいよ! だから妖精族の宝珠は危険物じゃないよ!

 …えっと。その異常が、昨日──つまりわたしが生まれた瞬間に消え去った。わたしを見つけた隊長さんも、原因はわたしだったとすぐに判断したらしい。帰ってきたあと、アルネストさんに説明してたよ。



 森の異常は休暇中に解決、その休日も明日で終わるから隊長さんとグラシアノさんは王都へ戻らなきゃならない。

 そして一緒にいてくれると言ってくれた隊長さんは、言葉の通りわたしも連れて行ってくれる。そんなわけで、今シアチアさんがわたしの出立準備に追われていた。

 いや、わたしのことなんだから自分でって思ったんだけど、飛べないし全てが規格外の大きさだから持ち上げられないしで全く役に立てないんだよ。だからこうしてグラシアノさんを相手に大人しくお喋りしてるの。


 そうそう、今朝初めてわたしは今世の姿を確認することができた。わたし、見た目は完全に妖精だった。

 長い髪は白金色で、毛先だけがくるんとまるまる癖がある。大きめの目は澄んだ琥珀色。白い肌は赤ちゃんのようで、お胸はぺったんこ…。──これからだからっ。身長は8センチぐらいしかないけど、容姿から推測すると7歳くらいだから!

 数年後には美女になれそうな要素を持つ今世の姿を見て「勝った!!」と思った。うん、何にだよってつっこんじゃいけない。


「ここから馬で王都まで行くなら大体半月だな。馬車だともっとかかる」

「わー…遠いんだね。じゃあここから隣町は?」

「馬で1時間だな」

「…ん? うーん?? ああ、なるほど。隣町には転移門があるんだ。うわぁっ! 転移魔法だ!!」


 今私の目はきっとキラッキラに輝いていることだろう。鏡を見なくても分かる。でも誰だってこうなるよね? だってみんなが憧れる魔法だよ! 転移だよ!


 そんなわたしの様子を楽しげに笑って見てるグラシアノさんは「妖精の知識って便利なようなそうでもないような感じだなぁ」って零してる。いやいや、ナビ機能がないから地理が壊滅的に弱いだけなんだよ? 国の名前とかどこからどこまでの距離とか、そういうところまで知識さんはいちいち面倒を見てくれないだけで、とっても優秀だよ。


「グラシアノさん、わたし一般人だけど転移門使わせてもらっていいの? 利用料金は?」

「ガキが金の心配なんてしてんじゃねぇよ。──通常は許可証を持った奴しか使えないが、同行者も一緒に通してもらえるから俺らと一緒なら問題ないさ」


 但し、お前は出来るだけ人に姿を見られないように隠れてろよとグラシアノさんは言う。


「うん。隊長さんにも言われたよ。危ないから本部以外はできるだけ隠れてろって」


 残念ながらこの世界にも奴隷が存在する。ものすごく珍しい妖精はそれだけで価値は高い。加えてこの小ささである。捕まえやすい。そしてわたしは現状飛べない。逃げ足がないわたしは悪い人にとってのいい獲物だった。

 安全面を考えて、できるだけわたしのことは隠そうということになった。まぁ隠したところですぐに噂は広がると思うけど。「騎士団で保護してます。手ぇ出すんじゃねぇぞ」って認識を広めたいらしく、暫くわたしは隊長さんに四六時中くっついているように言われた。部屋で留守番を言いつけられるよりずっと嬉しい。

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