その日わたしは、再会した 1
その日、わたしは名前をもらった。
スノーティア。それが、今世のわたしの名前。
名付けはもちろん隊長さんだ。前世の日本みたいに漢字で表せるならその由来は何となく分かる場合もあるんだけど、この国の言葉は日本語じゃない。世界中の多くの国が母国語としているクアウテリト語である。クアウテリトっていうのは“始まり”っていう意味を持つ古語らしい。知識さん情報である。
わたしをエルフの村に連れて帰った隊長さんは、翌朝までじっくりと考えてわたしにその名前を贈った。
可愛らしい響きの名前で決して嫌じゃなかったけど、「スノー」という音はこっちでは意味を持たない言葉であっても、わたしはどうしても雪を連想してしまう。そうなると真名である結希という文字がちらつくのも仕方がない。
名前が真名と似通っていていいのか。本来なら避けるべきである。だけどこっちでは何の意味もないんだから、この世界の人が真名を推測するなんてできるはずがないと思うわけで。
結局わたしは隊長さんが睡眠時間を削ってまで考えてくれたその名前を受け取ることにした。
ただ気になるのはこの名前の由来である。スノーティアという名前は多分ここでは珍しい。その単語はもちろんのこと、スノーが完全に造語だからだ。ティアはわりとよく使用されるみたいだけどね。でもこっちも元々の意味は分からない。知識さんが知らないなら古語でもないんだと思う。親や知人の名前を子に継がせる習慣があるから、多分そうしていくうちに響きが変わっていったんだろうね。
由来を気にしてしまうのは「スノー」は雪を、「ティア」は涙を連想してしまうせい。何を思って隊長さんはわたしにこの名前をつけたのか。
『スノーティアって何か意味があるの?』
『──いいや。悪いとは思うが、音の響きで決めた。気にいらないなら別のを考えるが…』
『そんなことないよっ! 可愛い響きだからそれにする。それがいい!』
『遠慮はいらないぞ? 名は一生のものだからな』
『してないよ。いいの。隊長さんがわたしのことを考えて、贈ってくれたものだもの。ありがとうございます、隊長さん』
…という会話をした。
隊長さんは意味はないってきっぱり言ってたんだけど、わたしは何となくそれは違うんじゃないかなって感じてる。多分意味はある。でもそれはきっと、彼にとって他人に触れてほしくないことなんだろう。
それなのにわたしにこの名前をくれたのは何で? って思うけどこの疑問に答えられるのは隊長さんただ一人。当然今の状態では聞けるはずがないから、しばらくはお預け。無理に聞き出すようなことはしたくない。隊長さんがもし今後、話してくれることがあるならきちんと聴こうと思う。
「え、もう休暇おしまいなの?」
「そ。明日は午前中にここを発って、隣町から王都に行くことになる」
「隣町から…って王都までどのくらい距離があるの?」
わたしの向かいの席に座っているのは隊長さん、ではなく。彼の幼馴染みでもあり部下でもあるエルフと魔族の混血らしいグラシアノさん。
わたしもだけど、彼にも家名はないそうだ。それって人付き合いをする上で不便じゃないのって思うんだけど、ファンタジーものにはよくある設定だったと思い出した。家名持ちは貴族、ないのは庶民。とっても身分が分かりやすい。
そしてこの国も大体はそんな感じらしい。
じゃあフェアルという家名を名乗った隊長さんは貴族出身なのか、というとそれも違った。彼はなんとこの里の代表者──村長の息子さんだったのである。
庶民でも町や村の代表者は家名を持つそうだ。主に「不都合」を避けるために。例えば選民意識の強いバカ貴族から「名無し」だと見下されるネタを提供しないようにだとか、貴族界の常識を庶民に強要するアホ貴族から「親しくない方のお名前を呼ぶのは失礼なので、家名を──おっと失礼、そういえば庶民には名乗れる家名がないのでしたね」と嘲笑われるネタを未然に防ぐためとか。まぁつまり、アホバカな貴族対策である。
村長の一人息子さんが村を出て騎士団で隊長してていいの? って質問には笑って問題ないという返事を頂いた。
隊長さんは確かに次期村長に決まっているそうだけど、エルフの生は長い。前村長さんから現村長──隊長さんのお父さんであるアルネストさんに引き継がれたのは今から約100年ほど前のことなのだとか。
そして前村長さん…隊長さんのお祖父さんは父親から引き継いで400年以上その立場でいたらしい。
因みにエルフの寿命は600歳前後って言われてるけど、知識さん曰くもっと生きられるそうだ。
寿命の長さは獣族が一番短くて70歳前後、人族と獣人族はほぼ同じくらいの150歳前後、魔族が300歳ほどで、竜族、エルフが個体の強さによりけりで、妖精、精霊には寿命がない。この世界では寿命にも魔力が影響するようである。
エルフより魔族の方が魔力は多そうな感じがするけど、魔族っていうのは人族と獣人族の中でも特に魔力が高い人のことをそういう括りにしたのが始まりらしいから、身体機能にはあまり差がないそうだ。
エルフの寿命が600歳って言われるのは、大体その頃になると「もう十分生きたし、やることもないわー」と自分の命に区切りをつけてしまうから。暇を持て余しちゃった彼らは死を恐れる段階もすっかり通り過ぎてしまっている。
エルフはそういう心境になると緩やかに老化を始めるんだそう。これも多分魔力が関係しているんだと思われる。不思議現象はとにかく「魔力のせい」の一言で片付くんだなと、生後1日で理解したよ。
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