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「両親はいるけど、妖精族は育児をしないの。生まれた時から必要な知識は知ってるから困らないんだよ」

「…それは育児放棄ではなく?」

「妖精族は他種族とは生まれ方が違うし、命が宿ってから誕生するまでがとても長いから両親がつきっきりで見守ることはしないの」


 妖精族の交配は体を重ねる他種族とは違う。一応体はあるし血も流れているけど、妖精族の源は魔力だ。

 わたしもそうだけど、女性体の胸元には子の核となる宝珠が埋まってる。成長するにつれて宝珠が色付き、女性が子を望み、男性が宝珠に魔力を込めることによって母体から宝珠が離れるそう。

 両親の魔力が宝珠の中で合さって、新しい魔力になった時に妖精は誕生する。同じ妖精族であっても魔力はそれぞれで初めは反発し合うらしい。その反発を宝珠の力で抑えて落ち着けて混ざり合わせて…。1人の妖精が誕生するまでにおおよそ200年くらいかかるのだとか。


 妖精族は基本的に好奇心旺盛な自己中な種族だ。そんな種が200年も宝珠を見守り続けるなんてできるはずがない。加えて誕生した妖精には他種族と違い乳幼児期が存在しなかった。つまり育児など全くの不要生物、ということだ。


 ……っていう知識がね、既にわたしにあるの。常識、非常識も大体分かる。食事はできるけど必須じゃない。空気中からの魔力摂取で十分みたい。但し水分は必須。核になってる宝珠に水分がないと妖精は死んじゃう。だから基本的に母親妖精は離れた宝珠を水の中に落としていくようだ。池とか川とか、海とか。子どもに対する愛情を疑うような扱いだけど、決して愛してないわけでもないっぽい。まぁ、子を望まなきゃ宝珠が離れないんだからそこは疑っちゃダメなところなんでしょう、多分。


「わたしはついさっき生まれたばかり。それでも、ほら、こうしてちゃんと話もできるし生きる上での知識はちゃんとあるでしょ? だから育児放棄とは違うの」

「…生まれたばかり、だと?」


 切れ長の目が大きく開かられる。


 妖精族はとてもレアな一族。絶滅危惧種ではなけれど、数はとても少ないみたい。ああいう生まれ方をするから同じ母親を持つ兄弟は基本いないし、そもそも自分が1番な自己中だからか他人に愛情を抱くことが滅多にないのである。子まで望むほど相手を愛するようになる妖精族はある意味異端のようなものだった。

 それでどうして今も妖精族が滅ばずにいられたのかというと、寿命が存在しないからである。水と魔力があればいくらでも生きられる、そんな存在が妖精だった。──とはいえ不死じゃないから原始の妖精が未だに存在する可能性はとても低い。好奇心が強い一族だからね! 危険にも飛び込んじゃうおバカさんは絶対いるよ!


 閑話休題。

 どんなに長寿な他種族でも妖精と出会う確率はとても低いせいで、妖精族については謎が多い。らしい。

 だからこの人もまさかわたしが0歳児だとは思ってなかったんだろう。尤も、前世の記憶を持っているせいでわたしはイレギュラーだけれども。


「そうなの。だからお兄さん、わたしには名前がないから名乗れないけど、お兄さんの名前を聞いてもいいですか?」


 人に名前を尋ねるならまずは自分から。その常識はこちらでも有効だった。でも残念ながらわたしにはその名前がない。


 ちょっとだけ前世のままの名前にしようかとも思ったけど、やめた。……いや、うん。この世界には魔法が存在するからその関係上、真名がある。その真名がわたしは「橋田結希」になってしまってるようなんだけど、真名は人に名乗るものじゃないから必然的に名乗れなかったっていう方が正しい。


 だから現時点のわたしは名無しで間違いなかった。


「ああ、そうだった。──自己紹介が遅れて申し訳ない。私はエルバルド・フェアル。スピアフォード国、王立騎士団近衛隊長だ」

「騎士団の隊長さん…」


 わぁお。これまたファンタジー世界にありがちな職業の方でしたか。しかも隊長さん。近衛隊ってことは偉い人の護衛が主な仕事なんだろう。


「…えっと、そのスピアフォード国というのは、ここのことですか?」


 ふと気になって頼れる知識さんに尋ねても回答なしという結果になってしまったので、唯一答えてくれるだろう隊長さんに聞いてみる。

 さっき、妖精は生まれた時から知識はあるんだよ、ドヤァ! とやってしまったのでうん、ちょっと…いやかなり情けないんだけど……。あ、なんか隊長さんの目に哀れむような色が…!

 ちょっ、わたし残念な子じゃないんだよ! 残念なのはナビ機能がない知識さんの方なんだよっ。


「──そうだ。ここはスピアフォード国ウィルディー子爵領内にある森。私の故郷でもあるエルフの里がある場所だ」


 故郷。

 それを聞いた途端に陽くんや家族の顔が浮かんで胸が痛んだけど、すぐに意識をそらした。あれだけ泣いておいてまだ涙が出るって、わたしのこの小さな体にどれだけ水分があるんだろう。


「里帰りの休暇中なんですね」


 せっかくの休みなのに見ず知らずの妖精、しかも泣き喚く0歳児に関わるなんて隊長さんもお気の毒に。…わたしのせいだけど。


「休暇といえば休暇だが…、ちょっとした調査を頼まれて帰ってきただけだから仕事に近い帰省だな」

「調査?」

「森の魔力濃度が高くなった原因をな。まぁ、その調査も終わったようだが。──さて、村へ帰るぞ。君の名前はそれからだ」


 そうしてわたしは隊長さんの手から広い肩の上へ移動させられ、一緒にエルフの村へ行くことになった。


 因みにわたしの背中には4枚の綺麗な羽根がある。トンボと蝶を合わせて割ったような、透明なそれはもちろん飾りじゃない。この小さい体で徒歩での移動なんてバカみたいに時間がかかるから、妖精族の移動方法は基本的に飛行だ。

 だからわたしもウキウキしながら初めての飛行に挑戦してみた。隊長さんの肩からえいやっと踏み出して、本能で魔力をコントロールして羽根を羽ばたかせ。


 直後、地面に落下。幸い草の上だったのと魔力クッション発動のおかげで怪我はしなかったけど、痛いものは痛かった…。

 その一部始終をバッチリ目撃した隊長さんは、数秒呆けたあとに慌ててわたしを掬い上げてくれたよ。心底びっくりした様子で「何があった!?」って言いながら。驚かせてごめんなさい…。


 弁解させてもらうとですね、わたし、前世の頃から虫という虫全てが大大大大ッキライでありまして! 特に飛ぶものは本当にダメで! あの羽音が聞こえるだけで反射的に体がその場から逃走するほど受け入れられなかったんですよっ!


 ──その聞きたくもない羽音が間近で聞こえてどうして平気でいられるか。


 ……ええ、ええ! そうですともっ! その音を立てた憎き正体はっ! わたしの羽根なんだよっ、うわーんっ!!


 最悪だ。移動手段の飛行魔法を使うと羽音も一緒にするなんて聞いてない。

 待ってよ、妖精なんでしょ? イメージ的にはほら、シャラララとかキラララとかそういう音じゃないの? もしくは無音!

 これがもしデフォルトなら、なんとか対策を取らない限りわたしは…


「…飛べない…」


 ガックリと隊長さんの手の上で項垂れた。

 そして同時に、わたしがうっかり独り言を零したせいで隊長さんが勘違いしてしまう。


「君はバカか! 知識があるからと向こう見ずに高所から飛び降りるなんて何を考えてるんだ!!」

「ひゃんっ」

「君にとっては私の肩からでも十分死に至る高さなんだぞ!」

「ご、ごめんなさいぃ~!」


 いや、でもね飛べるんだよ。実際羽根はちゃんと動いたし一瞬体は空中で停止した。音が聞こえた瞬間に血の気が引いて魔法を維持できなくなっただけで。


 という言い訳は怒れる隊長さんにはもちろんしない。素直に叱られて、謝るのみである。

 言ってることは正しいしね。妖精について詳しくない人にとっては、妖精の0歳児にどんなことができるのか知るわけがないんだから、わたしの行動が愚行に思えるのは仕方がない。


 ひとしきりわたしを叱った隊長さんは、それから気持ちを切り替えるように息をつく。


「怪我はしなかったか? 頭をぶつけてないな?」

「魔力で衝撃を緩和させたから大丈夫です…。怪我もありません…」

「──全く…。次回からは低所から高所へ飛ぶように。それから、いきなり高く飛ぶのもダメだ。まずは、そうだな…君が飛び跳ねたくらいの高さで止めておくように。いいな?」

「……ハイ、ソウシマス」


 あ、これ勘違いされてる。──と気づいたのはこの時。


 隊長さんは妖精でも生まれたばかりであるなら飛べないと思ってしまった模様。違う、そうじゃないのって伝えたい気持ちは当然ながらあるんだけど。


 自分の羽音が嫌で落ちた、なんて情けなさすぎる…!


 知られたら今度こそ残念な子認定されてしまうと思うのは被害妄想じゃない。よって隠せるなら隠したいと思ってしまうのも仕方がないよね。

 結局真実を黙っておくことにした。


 そんなわたしは隊長さんのことを正しく分かっていなかったことを、近すぎる未来に知ることになる。

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