21. 大雨と雷のなかで

 そして、本番の時がやってきた。ユキ兄はまたおじさんのタブレットを持ってきてて、雨雲レーダーのアプリでゲリラ豪雨の予報を見ていた。


「どうも雨が降るのは夕方6時ぐらいから1時間だから、5時に行って30分で済ませて帰ってこよう。このアプリは結構当たるんだぜ」


 という事らしい。


 夕方5時過ぎ。校門の前に来たアタシたち4人。

 ユキ兄的には空野と二人だけで良かったみたいだけど、アタシたちだって最後まで見届けたい。リリカも同じ気持ちだった。


「さて、やりますか。さゆ吉とリリカくんは電線引っ張ってきておいて」


 そう言われてアタシたちは、釣り糸を垂らしてある場所に行く。


「薄暗くてわかりにくいね」

「うん、でもたぶんこの辺のはず……あった!」


 アタシはグイッと引っ張った。ぐるぐると巻いてある電線がほどけながら落ちてくる。

 その端っこを持って校門へ走る。

 校門ではアーチにハシゴを立てかけている二人がいた。


「そんなハシゴどっから持ってきたの」

「オレが通ってた時と同じ場所にあったぜ。いや代わってなくてよかった」


 アタシ現役だけどそんなの知らないぞ。


「ユキヤさんさすがっすね」


 いつの間にかユキヤさんて呼んでる空野。


「よし、オレが上るから、押さえててくれ。電線ちょうだい」


 アタシが電線の端っこをユキ兄に渡したその時だった。

 ドザアアアアア!

 いきなりの大雨。


「なんでだよ、まだ雨は降らないはずだぜ!」


 大きな声を出すユキ兄。


「ええい、仕方ない、やるしかない!」


 ユキ兄は梯子をスイスイと上り、アーチにたどり着く。雨の中大変そうだけど、何とか結び終えたみたい。


「よしみんな玄関にダッシュ!」


 玄関はサッシのガラス扉で囲まれてて雨風がしのげる場所になってる


「あ~もうびしょびしょ~」

「ひ~つめて~」

「やれやれだな。まあなんとか終わったか。でもこれじゃ帰れないな」

「雨はどれくらい続くんですか?」

「1時間ぐらいだと思うよ。しかたない雨宿りだ。」


 アタシたちは冷えた体を温め合うように、一か所で固まっていた。


 ピカッ! ゴロゴロゴロ!


 雷が鳴りだした。アタシは驚いて体がビクッってなる。


「なんだよ、怖いのか」

「怖かったら、悪い?」


 自分の声が震えてるのが分かる。


「珍しく素直じゃん。いつもそうならいいのに」

「うるさいほっといて」

「さゆちゃん、私がいるから大丈夫だよ、ユキヤさんも」

「うん、ありがとう」


 アタシはお礼を言って、そのあと空野にあかんべーしてやった。


 ピカッ! ゴロゴロゴロ!


 何度目かの雷が鳴る。さすがに慣れてきたけどやっぱり怖い。でもアタシは、どうしても気になってることがある。


「ねえ、ユキ兄、未来メガネ、試してもいい?」

「そういうんじゃないかと思ってた。任せるけど、どんな結果が見えてもいい覚悟はしとけよ」

「うん。」


 アタシは深くうなづいた。


 立ち上がって、ケースからメガネを出す。玄関の入り口に近づいて、眼を閉じたままメガネをかけた。


「スー、フウー」


 深呼吸をして心を落ち着ける。

 そして、目を開いた。

 そこには、薄暗い中でもはっきりと見えた。二つに裂けた水明桜の姿が。


「なんで……」


 アタシは足の力が抜けて、膝から崩れ落ちた。


「くそっ! ダメか!」

「どうしてだよ、あんなに頑張ったのに!」

「さゆちゃん、大丈夫、大丈夫だよ」


 みんな悔しがったり心配したりしてくれてる。アタシは、ここであきらめちゃ駄目だと思った。もう一度、目を開いて、裂けた水明桜の姿をしっかりと見た。なにか、手掛かりは……!


「沙雪!」


 ユキ兄の叫び声。


「メガネを外せ! 今を見ろ! 未来を変えるのはいつだって、今の行動だ!」


 アタシは聞くと同時に体が動いてメガネをつかんで外した。

 目の前にはいつもの、立派な水明桜。でも、どこかになにか、いつもと違う場所はないか。アタシの5.0の視力! なにか見つけさせて!


 ヒラヒラヒラ

 桜のてっぺん近く、枝の中で、葉っぱじゃないものが動いてる。


「なにあれ!」

「なんか見つけたか」

「うん。でも何かわからない。桜のてっぺん近くに何か」

「美沢! どこだ?」


 空野がすぐ隣にきてそういう。アタシは腕をありったけ伸ばして指さした。

「あそこ!」

「わかった!」


 空野はいつの間にか持っていたサッカーボールを地面に置いた。そして数歩の助走をつけて、思いっきりキックした。


 ドンッ!


 鈍い音を残して飛んだボールは桜の木の右側へ、でもそこから風にあおられて、アタシが指差したところへドンピシャで飛んでゆく。


 ガササッ


 葉っぱがこすれる音がして、桜からボールと、もう一つ三角形の影が飛び出した。

 あれは……


 ドッゴゴゴゴゴゴオオオオォォォォ!


 その瞬間、今までの雷とはけた違いの大きな雷が目の前に落ちた。

 アルミサッシがビリビリ震えて、地面も揺れているように感じる。

 一瞬昼間みたいな明るさになってその時見えたあの三角形のものは……


 バヂヂヂチチチチィ!


 電線が大きな火花を飛ばしている。アタシたちは玄関の奥に逃げ込んだ。

 辺りが雨音だけにもどった時、学校の正門広場に立っている水明桜は、いつもの元気な姿を見せてくれていた。


「おい、水明桜、立ってるぞ! ちゃんと!」

「やった、さゆちゃんやったよ!」

「未来が、変わった……!」


 三人が口々に喜びの声を上げる。アタシはなんか気が抜けて、立てなかった。


「ったく、一番のヒーローが情けないぜ」


 空野が隣に来て肩を貸してくれた。普段なら、急にくっつかれて怒るところだけど、今はそれがうれしかった。


「ユキ兄、アタシたちやったんだね」

「ああ。よくやったよ、すごいよさゆ吉」

「さゆちゃん、かっこよかったよ」

「ありがと、でも空野のキックもすごかったね」

「あれ? まぐれだよまぐれ。あんなキック狙って打てたら代表チーム入れるぜ」


 空野は首をすくめてそう言う。いつもの自慢げな態度とは大ちがいだ。


「そうなの? でもあのおかげだよね」


 私は本当にそう思ってたから、そう言った。


「空野くんのキックはもちろんだけど、その前にさゆ吉がなんか見つけたのが決め手だろ。あれで未来変わったっぽいし」

「なあ、あそこに何があったんだ?」


 聞かれてアタシは思い出す。サッカーボールに押されて、大雨の空に飛び出したアレの正体は……


「あれは、たぶん紙飛行機。銀紙の」

「それって……マジかよ美沢、まさかあの時の」

「うん、千羽鶴折ってた時のアレだよ」

「なるほど、確かに銀紙は電気を通すけど、でもそんな些細なことで……?」

「わかんないけどね。でもアレを外に飛ばしたのはアタシなんだ。もしかしたらアタシのせいで水明桜が……」


 本当にそうだったらと思うと、胸がぎゅうっと苦しくなる。


「そうかもしれない、けどそうじゃないかもしれない。大体この作戦だって偶然の塊だしな。そもそも、平日だったらこんな無茶したくないし」

「あ、確かにそうすね。サッカーある日ならやってないなこんなこと」

「だから、未来なんて何で変わるか分からない。けど何もしなければ絶対に変わらない。そういうことなんだろうな」

「うん」


 ユキ兄の言葉の内容を完全に分かったわけじゃないけど、うなずいた。アタシを励ましてくれていることは、よく分かったから


「あ、雨やみましたね。星が見えてますよ」

「え、どこどこ」

「ほら、あそこだよ、空野くん」

「うわ、マジだ。なんかいつもよりきれいじゃん」


 アタシたちはみんな揃って、空を見上げていた。

 その星々は、アタシたちへのご褒美だったのかもしれないな、なんて思いながらアタシたちは家に帰ったのだった。

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