19. 千羽鶴とタブレット

 それから何日かは特に新しいことはなかった。それでもアタシは、何をしててもいつも心のどこかで水明桜のことを考えてしまってた。


 ある日、自習時間に、産休の先生に千羽鶴をつくる時間があった。アタシたちはひとり30羽の割り当てだったんだけど、先生がいないのをいいことに男子たちが遊び始めた。もちろん空野もその一人だ。


「なあ紙飛行機飛ばし合いしようぜ!」

「いいぜ、オレのはすげー飛ぶからな」


 ああ、もうバカばっか。こいつら千羽鶴の意味分かってるのかな、よくそんなことできるよね。アタシは知らん顔で自分の分を作ってたんだけど、それを邪魔するように飛行機がアタシの頭の上を飛んでいく。知らん顔、知らん顔、と心で唱えながら鶴を折ってたら、ついにアタシの頭にこつんと飛行機が衝突した。それは折り紙1セットに一枚しか入ってない銀の折り紙で作ってあった。

 顔を上げると空野が「やべっ」って顔してる。


「そーらーのー!」

「わりいわりい。なあこっちに投げてくれよ」

「いいかげんにしろ!」


 アタシは、キレた。勢いよく席から立ちあがって、そのまま窓を開けて紙飛行機を全部外に投げ飛ばした。


「あ、何すんだよ!」

「あのねえ、これくらいで済んでよかったと思って。先生に言いつけてもいいんだから!」

「ちぇっ、なんだよつまんねーヤツ」

「つまんなくてけっこう!」


 全く、何も考えてないってのはこういうヤツらのことだよね。アタシは水明桜のことで頭がいっぱいだってのに。


 水明桜救出作戦に動きがあったのは、5月1日だった。

 いつものように蔵に集まると、ユキ兄がかばんから何か取り出す。


「これ、なんだと思う?」

「ええと、L‐Padだっけ」

「その通り、最新のタブレット端末だな、親父が買ったんだよね。こっそり持ってきちゃった」

「ユキヤさんも、そんなことするんですね」

「あれ、意外だった? まあいいだろ、ちょっと借りてるだけさ」

「自慢はいいからさ、何のために?」

「これ、ネット見れるんだけどさ、ちょっと試したいことが」


 そう言ってユキ兄はタブレットを操作する。表示したのは、ローカル新聞のニュースサイトだった。


「あれだけ有名な桜が倒れたら、ニュースになるんじゃないかと思ってね。なあ、さゆ吉、メガネでこれ見てくれるか?」


 そう言ってユキ兄は少し離れて画面を見せた。


「ニュースの日付いつになってる?」

「あ、5月3日だ」

「ビンゴ、やっぱり未来のニュースが見れる」


 そしてゆっくりうしろへ下がるユキ兄。


「日付が、そうだな6日になったら教えて」

「ええと、4、5、6、ストップ!」

「記事の見出しにそれっぽいのあるかな」

「うーん、あ、あるよ。『水明桜、落雷なんとか、ゲリラなんとかの影響か』」

「なんとか、か」


 そう言って苦笑いするユキ兄


「しょうがないじゃん、習ってない漢字なんだから」

「まあ、そりゃそうだ。でもこれで、だいたい分かった。ゲリラ豪雨で雷があって、それが水明桜に落ちたんだ」

「ほぼ予測通りでしたね」

「だよね、さすがオレ」

「でも、どうやって防ぐの?」

「うーん、こないだ言った金属の箱は無理だけど、上に電線を張ることなら何とかできそうかなって」

「電線?」

「そう、雷なってるときは、電線の下に入ると比較的安全らしい。もちろんビルの中とかの方がもっと安全だけどね」

「へー、なんで?」

「雷も電気だからな。電気の流れやすいところを通ろうとする。桜の木よりも電線の方が流れやすいから、上に電線を張っておけば、雷はそっちに流れるんじゃないかと」

「なるほどね~」

「でも、どうやって張るんですか?」

「うん、二人の教室、5年2組は水明桜の真上だよね。そこのベランダに手すりがあるでしょ。片方はそこに縛り付ける」

「もう片方は?」

「校門の上にある鉄のアーチ」

「うわ、大変そう」

「でも休日だから、ササっとやればいけそうじゃないか?」

「それしかないなら、やるしかないね」

「でさ、オレと、女の子二人だとちょっときついと思うんだ。できればもう一人男子がいたらいいんだけど」

「え? ほんとに?」

「誰かいないかな」


 すごくイヤなことに、アタシの頭の中には一人の顔しか浮かばなかった。未来メガネのことを知ってる男子なんて、アイツしかいないじゃん……

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