4章 守れ、水明桜

16. 新たな未来、新たな事件

 蔵でユキ兄とケンカしてから何日かすぎた。


 アタシはあれから蔵へは行ってない。春休みからずっと毎日のように通ってたのにね。


 ケンカになってしまったけど、アタシの口から出た言葉は、まるっきりウソっていうわけじゃない。未来を変えられなかったのは、本当に、ほんとーーーーっに、くやしい。それに未来なんか見えなくていいって思ったのも本当だ。


 けれど、「こんなメガネいらない」っていうのは、さすがに言いすぎたと思う。ユキ兄を本当に怒らせたのも、この言葉のせいだよね。


 ユキ兄が未来メガネのことを大切にに思ってたのはよく分かってるし、そういえばアタシのこと、悪くないって言ってくれてたんだよね……


 そんなことをウジウジ考えていたんだけど、ケンカした次の日ぐらいで、悩んでるのがめんどくさくなってきて、なんでこんなに悩まなきゃいけないのって振り払ったつもり。うん、そのつもり。


 登校の時、頭に乗せてた未来メガネはしばらくやめたんだけど、昨日リリカから「さゆちゃんとメガネ仲間になれて、うれしかったんだけどな……」なんてうつむきながら言われちゃったから、今日からまた頭の上に置いとくことにした。リリカのお願いを断れるわけないじゃん。あ、だけど目にかけて未来を見るのは当分やらない。さすがにクラムチャウダーのことはキツかったし、ただのオシャレメガネとして使うことにしよう。


 そんなわけで次の朝、いつものようにアタシとリリカは通学路の途中で合流した。


「おはようさゆちゃん」

「おっはー、リリカ」

「あ、さゆちゃんメガネ……」

「うん、未来を見るのはやめておくけど、オシャレ用には使うことにしたよ」

「そっか、よかった」


 リリカは笑顔を見せてくれた。それを見てアタシは、メガネをつけてきてよかったって思う。

 そしていつもどおり二人で歩いていく。交差点を曲がり、校門へと続く一本道へ出る。

 今日も水明桜がよく見える。花の時期が終わって、今は葉っぱをワサワサと伸ばしている季節。葉っぱの緑色がまぶしいね。


「この景色、いいよねえ」

「うん。ちょっと得した気分になるよね」

「わかる。まっすぐな道の向こうでアタシたちを待っててくれる水明桜、ありがとう! って感じになるよね」


 そんなことを話してたら、うしろから騒々しい足音が近づいてきた。


「おーす、美沢に島田」


 ご存知、空野陽太である。


「相変わらずやかましいねえ。おはよ」

「おはよう空野くん」

「あれ、美沢またメガネつけはじめたのか。また面白いもの見れたら教えてくれよ。こないだ面白かったもんな」


 そう言ってアタシの背中を(ランドセルだけど)バンバンたたいて、もう走って行ってしまった。

 まったく、デリカシーのないやつだ。アタシは背中をたたかれてバランスを崩して、2,3歩よろけてしまう。


「ちょっ、危ないでしょ!」

「さゆちゃん!」


 リリカがとっさに腕をつかんで支えてくれる。


「こら、空野!」


 アタシは体勢を立て直して、走っていった空野をにらみつける。空野はもうだいぶ先で友達とふざけ合ってる。まったくもう。

 空野たちを見た目線の先には、学校の正門と、校舎、そして水明桜がある。アタシはその景色を見て、固まった。


「えっ?!」

「どうしたのさゆちゃ……あっ」


 急に立ち止まったアタシの顔をのぞきこんだリリカは、あることに気づいて声を上げた。それは、頭に乗せてたはずのメガネが、顔まで下りてきてることだ。

 よろけた拍子にメガネが下りてきたんだ。


「もしかして、何か見えたの?」


 アタシの表情を見て察したリリカ。そう、確かに見えてた。未来の水明桜の姿が。


「水明桜が……折れてる……!」


 アタシが見たのは、幹の真ん中から真っ二つに裂けて折れた、水明桜だったんだ。



 だから言ったんだ、もう未来なんか見ないって。悪い未来が見えて、それを変えられなかったらつらいだけだ。なのにまさか水明桜のあんなにひどい姿を見ちゃうなんて。


「最悪……」


 今日何度この言葉をつぶやいただろう。

 見てしまったからには、もう忘れることなんてできない。あんなかわいそうな姿になった水明桜を忘れるなんて、それこそもっとかわいそうだと思う。

 少し前までのアタシなら、すぐに「絶対この未来を変えてやる」って言ってたと思う。けどクラムチャウダー事件で味わったくやしさを思い出すと、「アタシなんかでこの未来を変えられるのかな、いや絶対ムリだよ」ってなっちゃう。

 水明桜が折れて枯れたら、みんなどう思うかな。たくさんの人は残念がるだろうな。アタシもそうだ。でも毛虫が出るのを嫌がってる人は喜ぶかな。だけどやっぱり、満開の水明桜の下ではみんな笑顔だった。そんな思い出がいくつも浮かんでくる。

 うん、アタシやっぱり水明桜を助けたいよ!


「リリカ」


 あたしはリリカの顔をまっすぐに見て名前を呼んだ

 リリカはアタシの気持ちをすぐに分かってくれて、しっかりとうなづいてくれる。


「やるんだね、さゆちゃん」

「うん、水明桜を守ろう。だから、協力してくれる?」

「もちろん!」


 ああ、アタシの親友リリカ。リリカが友達でほんとによかったよ。

 そして、未来メガネのことになると、もう一人どうしても協力してもらわなきゃならない人がいる。

 だからアタシは、蔵に向かった。

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