15. 失敗と、もっと大きな失敗

「なんで!?」


 アタシはその日学校が終わると、ユキ兄が来る時間をめがけて蔵へ向かった。そして階段を上って、ユキ兄にそんな言葉をぶつけたんだ。


「おいおい、いきなりだな。どうした?」

「クラムチャウダー、こぼれちゃった。なんで! 未来変えられるって言ったじゃん!」

「……そうだったのか」

「アタシがんばったのに!」

「いったい何があったんだ?」

「はぁ、はぁ、さゆちゃん待ってよ。ユキヤさん、それは私が説明します」


 遅れてきたリリカが息を切らしながら言った。そして、今日あったことを説明し始める。

 空野を説得したこと。

 ふたりでワゴンを押したこと。

 ゴムボールが飛んでくるハプニングがあったこと。

 無事に教室まで運べたこと。

 そして、隣のクラスのワゴンが倒れたこと。


「なるほどな」

「なるほどな、じゃないよ。なんでこうなっちゃうの?」

「うーん、一番考えられるのは、未来のワゴンを見た時、隣のクラスのを見てたんだろうな。そのことに気づかなかったんだろう。ワゴンなんてどれも似たようなもんだし、どのクラスのやつか決まってるわけでもないはずだし、見間違えても無理はない」

「アタシのせい?」

「そんなこと言ってないだろ。ショッキングな光景が見えたなら、そこでよく似たワゴンを間違えても仕方ないって」

「やっぱりアタシのせいじゃん」

「なんだよ、やけに突っかかるな」

「だって、アタシ、未来変えたかったんだもん。ユキ兄言ったじゃん。『未来は変えられる!』って」

「ああ、確かに言ったな」

「未来が見えるのに、悪い未来が見えたのに、それを変えられなかったら、未来が見れる意味なんてないよ!」

「とても残念だったと思うよ」

「アタシはどうしても未来を変えたかったのに」

「あのさ、まんじゅうがカビる未来を変えるのは簡単さ。オレたちが食べちまえばそれでおわり。すべてオレたちにコントロールできる範囲のことだよ。

 でも給食は違う。多くの人がかかわってる。ポトフからクラムチャウダーに変更されたのもそうだろ。オレたちの知らない会社で事件が起こったのが原因だ。給食を作るのは調理員さんだし、ワゴンのクラスが入れ替わることだってあるだろう。たとえ何が起こるか先に分かってたとしても、それを変えることができるかはまた別問題だよ。今回はそれが分かったってことさ。さゆ吉は、悪くないよ」


 そんな風に、いつもみたいにスラスラと解説してみせるユキ兄の言葉だけど、アタシはそれを聞いて、なぜかすごく腹が立って、だから、こういってしまった。


「だったら、未来なんて見れなくていい! こんなメガネいらない!」


 自分でもびっくりするぐらい大きな声が出た。そして会話が途切れて、蔵の中が静まり返る。しんとした時間が永遠に続くかと思えたときユキ兄が口を開く。


「本気で言ってる?」

「え?」

「本気で言ってるのかって聞いてる」


 ユキ兄の視線は、まっすぐにアタシの顔を突き刺している。怒ってる? でもそう聞かれたアタシは引っ込みがつかなくて、ダメな答えばっかりしてしまう。


「ほ、本気だったらなんなの!」

「じゃあ、オレがここにいる意味もないな」

「え?」

「帰るわ」


 ユキ兄は机に寄りかかってた体勢を直し、かばんを持ち上げて背負い込むように持った。そして階段へと歩き出す。木の床にユキ兄の足音が響く。


「ほんとはまたメガネで試したいことがあったんだけど、いらないって言うならしょうがない。あ、カギ閉めといてくれよな、リリカくんも、じゃあね~」


 アタシたちの前を通り過ぎるときに、わざと陽気な声を出して見せながら、ユキ兄は階段の下へと姿を消した。


「ユキヤさん! ねえさゆちゃんユキヤさん行っちゃうよ、いいの?」


 リリカがそういうけど、アタシはその場から動けなかった。そして、なんでか分からないけど、目から涙がたくさんでてきたんだ。


「うっ、ううっ」

「さゆちゃん!」


 アタシの顔を見てリリカが飛んでくる。そしてアタシの手を握ってくれる。それでもう我慢できなくなった。


「うっひっく、うぐぅ、ユキ兄に嫌われちゃったよぉ。うええええーん」

「さゆちゃん……」


 アタシは大泣きした。涙が次から次へと出てきて、何度ぬぐっても止まらなかった。


「さゆちゃん、大丈夫だよ、さゆちゃん」


 リリカがアタシの肩を抱いてくれて、そのやさしさがうれしくて、だからもう泣くのやめなきゃって思ったけど、涙は全然止まってくれなくて、私は、ずっと泣き続けたんだ。

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