13. 陽太説得タイム

 というわけで、次の日。

 問題のクラムチャウダー・デイは明日。ってことは今日はクラムチャウダー・イブっていうのかな。すごくどうでもいいな、これ。

 アタシは今日一日、空野に明日の給食当番を代わってあげるって言おうとしてたんだけど、なんとなくタイミングが見つからなくて、とうとう放課後になってしまった。

 終礼も終わって、みんな帰ろうとしてる。

 ヤバい、このままだとほんとに言えなくなっちゃう。アタシは思い切って、隣の席の空野に声をかけた。


「ねえ、空野。ちょっと話があるんだけど」

「え、なんだよめずらしいな」

「いや大したことじゃないんだけどさ、あのね」

「だったら早くいってくれよ」

「あ、えっと、明日、空野って給食当番だよね。それ、アタシと代わらない?」

「へ?」

「だから、給食当番、アタシがやってあげるって言ってんの」

「なんで?」

「いや、なんでって、別に大した理由はないんだけど」


 ウソだ。理由ならある。けど、「アタシには未来が見えて、このままだと明日のクラムチャウダーがこぼれてしまうから、アタシがなんとかしたいんだ」なんて言える? 絶対信じてもらえないよね。けど、空野の反応は思ってた以上に悪かった。


「いや、意味わかんねえ。代わったら今度は美沢の時オレがやらきゃいけないんだろ」

「別に交代じゃなくてもいいよ、アタシが、明日やりたいの」

「なんでだよ、気味悪いぜ」

「あーもう、なんでよ、給食当番ぐらい代わってもいいじゃん」

「給食当番ぐらい、っていうなら代わらなくてもいいだろ。てゆーか、いきなりすぎてわけわかんねえ」


 信じらんない。簡単に代わってくれると思ってたのに、なんでこいつこんなに強情なの。


「陽太ー、サッカークラブ先いってるぞー、遅れんなよー」


 教室の前の方から、空野のサッカー仲間が声をかけてくる。


「あ、オレも行くぜー。んじゃ、そういうことだから美沢」


 そう言ってバッグを抱えて立ち去る空野。


「ちょっ、待ってよ!」


 アタシの声に耳を貸さず、空野はさっさと教室を出て行ってしまった。


「マジ?」

「さゆちゃん、どうだった……?」


 リリカがすこしためらいがちに聞いてくる。アタシの様子を見て、うまくいかなかったんだって想像がついたんだと思う。


「あはは、ごめんね。ご覧のとおり。なんか、簡単に代われると思ってたんだけどな」

「さゆちゃん……私は、一人でもがんばるからね」

「リリカ~、ありがとう。でも、まだ明日があるからね! もう一回説得してみるよ。アタシはあきらめないよ、クラムチャウダーのために!」



 とは言ったものの、いいアイディアなんて浮かばなくて。その日は布団に入ってからもどうすればいいかばっかりかんがえて、なかなか寝付けなかった。

 そして次の日、朝からそわそわしてたアタシは、午前中の授業なんか全然頭に入らなくて、給食のことだけ考えてた。そして4限目が終わるチャイムがなると同時に、空野の腕をつかんだ。


「ねえ、昨日の話だけど、どうしてもアタシがワゴン係やりたいの。お願い」


 アタシは真面目な声で頼んだ。


「な、なんだよ、またその話かよ。しつこいぜ」

「ね、お願い、この通りだから!」


 両手を合わせて頭を下げる。なんで空野にここまでしなきゃいけないの、っていう気持ちを必死でおさえながら。


「だいたい、理由は何なんだよ。お願いっていうばっかりじゃわっかんねえって」


 やっぱり、それを言わないとダメか。アタシは覚悟を決める。するとリリカが近づいてきた。アタシたちの様子を見て、心配になったんだろうな。アタシはリリカの目を見て、一度うなづいた。


「わかったよ空野。大きな声じゃ言えないけどさ……」


 アタシたち3人は、顔を近づけて小声で話す。


「今日、空野がワゴン係として給食を取りに行ったら、たぶんクラムチャウダーのお鍋を倒してこぼすことになっちゃうと思う」


 アタシは、空野の目を見て言った。


「はあ? なんでそんなことが分かるんだよ」

「空野、春休みにあんたが家の前を通った時、アタシ、メガネかけてたでしょ?」

「ああ、あれか。かけてたっていうか、こうやって遊んでたよな」


 空野はニヤニヤしながら、顔の横で手を動かした。メガネを上げ下げするしぐさだ。


「もう、そういう茶化しはいらないから。でね、あのメガネ、未来が見えるんだ」


 そう聞いた空野は、なんだか疑うような顔。アタシはかまわず先をつづけた。


「でね、今日の給食のクラムチャウダーがこぼれる未来が見えたってわけ。で、今日の給食当番がアンタだから、知らずに行ったらこぼしちゃうことになるって思うんだ」


 そこまで話しても空野は黙ったままだった。けどちょっと間をおいて、急に笑い出した。


「ぷっ、あっははは。未来が見える? それマジで言ってんの? ギャハハッハハ」

「ちょっと! 声が大きい!」

「ヒー、ヒー、だってあまりにも意外すぎるっていうか、何言ってんだよ、マンガの読みすぎじゃねえの?」

「空野くん、さゆちゃんが言ってるのはほんとだよ」


 みかねたリリカが助け舟を出してくれる。


「えー、島田までそんなこと言うのかよ」

「リリカはね、この秘密を知ってる数少ないメンバーのうちのひとりだよ。ちなみに、今日の献立って最初はポトフだったでしょ? でもアタシたちはクラムチャウダーになるって知ってた。ね、リリカ?」

「うん、そうなの、空野くん」

「マジかよ、美沢はともかく、島田がこんなウソつくとは思えねえ」

「ちょっと、どういうこと」

「そのままの意味だよ。っていうか、最初から理由を言えよな」

「言ったらさっきみたいに大笑いするでしょうが」

「あ、そっか。確かに。あははは」

「また笑ってるし。で、話戻すけどアタシたちはクラムチャウダーを守りたいの。事情を知ってるアタシとリリカで運べば、こぼさずに済むかもしれないでしょ」

「まあ、信じたわけじゃないけど、そこまでマジな顔で言われたら断れねえや。」

「本当? よかった~」

「でもさ、オレも一緒にいくぜ?」

「え、なんでよ」

「面白そうだから」

「あ~もうしかたない! それでいいよ」


 そんなわけで、ようやく説得が成功したのだった。

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