12. クラムチャウダー、現る
「さて、話がだいぶそれちゃったけど、給食救出作戦に戻ろう。さゆ吉が見たものを全面的に信頼すると、鍋が倒れるときのメニューはクラムチャウダーだ。ところで今月の献立にクラムチャウダーってあったんだっけ」
「それが……ないんですよね」
リリカがそう言って、アタシたちは机の上の献立表をにらんで黙ってしまう。
「うーん、そうなると今できることはないな、正直なところ」
「ええ~、なんか考えてよ~」
「そう言われてもなあ」
「もし、給食のメニューが変更になるとしたら、その前に連絡があるはずなので、そこに気を付けて待つしかないですね」
「おお、リリカくん、そうなんだ。オレらの時そんなお知らせなんてあったかな」
「アレルギーの関係みたいです」
「なるほどね、それは確かに重要だ。じゃあこれまでの情報をまとめると、これから1週間後ぐらいに給食の汁物がクラムチャウダーに変更される日がくるはずで、その前に変更のお知らせがあるはず、と。だから今はとりあえず動きがあるまで待機。以上!」
「う~ん、もどかしいなあ」
「でもさ、もし本当にクラムチャウダーが出るなら、未来メガネの力は本当にすごいぜ。まだ世界のだれも知らないことを、オレたち三人だけが知ってるんだ」
「そうですね、ワクワクします」
「そういわれると、悪い気はしないね」
「あとは変更のお知らせを聞き逃すんじゃないぞ、さゆ吉」
「ユキヤさん、私がきちんと聞いてるから大丈夫ですよ」
「ちょっとちょっと、アタシのイメージ悪すぎでしょ。……でも一応お願いね、リリカ」
そう言ってアタシたちはアハハって笑いあったんだ。
事が起こったのは、それから二日後のことだった。
朝ご飯を家で食べてるときに、パパがスマホでニュースを見ていったんだ。
「おや、隣の市の食肉加工会社の製品に異物混入だってさ」
「ええっ、その会社のハムとかソーセージとか、近所のスーパーでも売ってるわよ。うちでも買ったことあるし」
「ほんとかいママ、ええと製造年月が○○年△△月の製品を自主回収だってさ」
「今うちにあったかしら。あとで調べとかなきゃ」
アタシは寝ぼけてて、朝ごはんおいしーなーとか思ってたから、その会話がアタシにとってどういう意味があるのかまだわかってなかった。その日もいつも通りリリカと並んで登校し、途中で騒がしい空野たちが追い越していくのを見送って、授業うけて、帰りの学級会の時間になった。
「今日は緊急のお知らせプリントがあるから、みんなきちんとおうちの人に渡すように。わかったなー」
先生がそう言いながらプリントを配る。一番後ろのアタシの席までプリントが回されてくる。
そこにはこう書かれてあった。
○○社の異物混入報道を受けまして、本校給食メニューに回収対象となっている製品(ウインナーソーセージ)が使用される予定であったため、給食の献立を以下のように変更します。
○○月○○日 ポトフ
↓
○○月○○日 クラムチャウダー
保護者の皆様におかれましてはご心配をおかけいたしまして申し訳ありません。アレルギーの対応等で弁当の持参を希望される場合……
前後の説明は難しい言葉が使われててよく分からなかったけど、真ん中に書かれてるメニューの変更のことはすぐに目に飛び込んできた。
本当の本当に、給食にクラムチャウダーが出る。しかもあさってだ。アタシは顔を上げてリリカの方を見ると、リリカも同じことを思ってたみたいで目が合ったので。アタシたちはお互いにうなづいた。
「起立、礼」「さようなら」のあいさつで学級会がおわると、リリカがアタシの机に早歩きでやってきた。
「さゆちゃん、ほんとにきたね、クラムチャウダー」
リリカは顔を近づけて小声でそういう。
「うん、やっぱアタシが見たのはウソじゃなかったんだ」
「こうなったら、絶対阻止しようね」
「だね。あとでユキ兄と作戦会議しよう」
アタシたちがそう話してる横で、空野陽太は
「え~クラムチャウダー? オレ、ポトフがよかった~」
なんてのんきなことを言ってる。何も知らないヤツは気楽でいいよね。って言ってもアタシとリリカとユキ兄以外はしらないんだけどさ。
「マジか」
クラムチャウダーのことを聞いたユキ兄の最初の言葉はそれだった。
「マジか、って信じてなかったの?」
「いや、そういうわけじゃない。けど本当にそうなるとやっぱり驚くな……だって、どうやっても操作できないことだろ」
「操作って?」
「異物混入が起こるとか、その会社の製品が給食に使われてるとか、オレたちどころか、他の誰がさゆ吉の見た未来を聞いたとしても、実際にそうなるように仕向けることはできないからなあ」
アタシはユキ兄のそんな説明を聞いて、なるほど~って思う。
「さて、実際どうやって鍋が倒れるのを阻止するか。なんか考えてるのか?」
「いちおうはね。ね、リリカ」
「はい、実はちょうどその日私が給食当番なんです。しかもワゴンを持ってくる係で」
「へえ! そりゃすごい。けどリリカくんがいるのに、鍋がたおれちゃう未来が見えるとは不思議だな」
「そこなんだよユキ兄。ワゴン係は二人いるんだけど、もう一人が曲者でさ」
「誰?」
「まさかの空野陽太!」
「『まさかの』って言われても知らないヤツだな」
「あ、そっか。まあお調子者でおっちょこちょいで困ったヤツなの」
「つまりさゆ吉みたいなやつってことか」
「ちょっと、アイツといっしょにしないでよ。いくらユキ兄でもさすがに怒るよ」
「お、珍しくマジじゃん。そんなにひどいのかソイツ」
「さゆちゃんは、ちょっと嫌いすぎてるような。まあでもやんちゃグループではありますね。サッカークラブだし、体育の時だけ元気になるタイプ」
「おお、リリカくんの冷静な批評が冴えてるな」
「そうですか? ふふふ」
リリカはそう言うと口元を押さえて、含み笑い。確かにリリカって、一見ぽわわんってした感じだけど、たまにこうやって鋭いことを言うんだよね。
「まあ、クラムチャウダーのことについては、空野が原因だと思うよぜったい。他に考えられないもん」
「リリカくんも同じ意見?」
「そうですね、一番ありそうなパターンだと思います」
「この件については俺よりも二人の方が詳しいから、それを信じよう。しかし、まだ何もやってない空野くんがこんなこと言われてるのは少しかわいそうだな。今頃盛大にくしゃみしてるぜ」
「でもさ、実際にリリカと空野がワゴン係で、お鍋こぼしちゃうって、空野がやらかすとしか思えないんだもん」
「まあ、うん、そうかもな。で、その空野くんをどうするつもりなの?」
「アタシがワゴン係代わりにやる」
「代わってくれるかな」
「だいじょぶでしょ。給食係を喜んでやってる人なんていないし、代わってって言えば代わってくれると思う」
「私とさゆちゃんなら、慎重に運べば大丈夫だよね」
「うん、未来が分かってる二人だもん。ぜったい大丈夫だよ!」
「うまくいくといいな。ま、自分たちの給食がかかってるんだ、がんばれ!」
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