11. ユキ兄の未来メガネ講義

「クラムチャウダー?」


 そんなわけで今日も蔵にあつまって作戦会議。アタシはさっそく、ユキ兄に答えを伝えた。


「うん、クラムチャウダーだよ。間違いない。一見シチューっぽいけど、アサリが入ってたし。白いのもあってるでしょ」

「確かにクラムチャウダーなら、白いスープって条件にはあう。けど、よくアサリなんて見えたな。まだ結構距離あるだろ」

「たしかに、アタシの視力でもあの距離でアサリを見分けるのは無理なんだけど――」


 アタシは、記憶の中で未来の風景を強く思い出したときに起こったあのことを話した。視点が急にズームして、しかもその状態で見る場所を変えれたというアレだ。


「ほんとかよ……」

「信じてくれないの?」

「いや、別にさゆ吉がウソをついてるなんて思ってないぜ。けどあまりにもあり得ないことのように思えて……」

「でも、ほんとだもん。あれはアタシの想像なんかじゃなくて、ぜったい未来の風景だよ。なんでかわからないけど、そう思う」

「ユキヤさん、私はさゆちゃんを信じます」

「リリカ~!」

「だって今日のさゆちゃん、ほんとにまじめに白いスープのことを見ようとしてて、そのせいでクラスのみんなに笑われたりしちゃって、これで私たちまでウソだって言ったら、かわいそうだよ!」


 いつも穏やかなリリカが、珍しく大きな声でアタシのことをかばってくれる。アタシは本当にいい友だちをもってるんだなって心から思う。


「うんわかった、オレも信じるぜさゆ吉。ってか言ったろ、信じてないわけじゃないって」

「ありがとう、ユキ兄」

「たぶん、さゆ吉の目は、そのずば抜けた視力できちんと未来のアサリを見てたんだと思う。それが未来メガネの力なのか、脳内で再構成されて、そういう映像のようなものを見せた、のかもしれない」

「めずらしく歯切れが悪いじゃん」

「だって、わっかんねぇんだもんよ。そもそも未来が見えるメガネだぞ? 最初からありえないものをオレらは取り扱ってるんだよ」


 ユキ兄がそんなことを言うのでアタシは少し心細くなった。オシャレメガネが手に入った~、って無邪気に喜んでいたけど、意外と危ないものだったりするのかな。


「……あのさ」


 ちょっと言いにくいことを言う感じでユキ兄が話しはじめる。


「あの古い本ってさ、たぶん、未来メガネの説明書なんだけど、未来が見える仕組みみたいのがちょっとだけ分かってきたんだけど、聞く?」

「うん、聞きたい」

「私も、知りたいです」


 アタシたちの答えを聞くと、ユキ兄は深くうなずいてから話し始めた。


「オッケー。じゃあ説明するけど、ちょっとややこしい話になるぜ。まず、俺たちのこの目はどうやって物を見てるのかってとこから」


 ユキ兄は自分の目を指差しながら説明する。


「オレたちの目が見てるこの世の中のいろんな物は全部光を反射してる。太陽からの光だったり、蛍光灯でもいい。そういう光を反射してて、その光が目の中に入ることによって物が見えるんだ。ものに色がついて見えるのも光のおかげだな。その証拠に、光がない暗いところでは何も見えなくなるよな。」


 アタシはうん、うんってうなずきながらユキ兄の話を聞いている。


「じゃあ目の中に入った光はどうなるか。この話をするには光の屈折ってやつを思い出さなきゃいけない。理科で習ったよな? 覚えてない? じゃあ虫眼鏡で日光を1点に集める実験とかやっただろ? そう、レンズは光を屈折させて一か所に集めることができる。つまり、まっすぐに進む光の進路を曲げることができるんだな。」


 リリカはこの辺の話は分かってるみたいで静かに聞いている。


「で、オレたちの目の話に戻るんだけど、実はこの目にもレンズがあるんだ。水晶体って言うんだけど。外から目に入った光はまずこの水晶体を通る。そして光は水晶体で屈折して、目の一番奥にある網膜ってところに当たる。この網膜っていうのは、映画のスクリーンを思い浮かべればいい。映画もフィルムに光を当てて、レンズで光を広げてスクリーンに絵を映すわけだ。水晶体ってレンズを通った光は網膜ってスクリーンに映し出される。そしてその網膜に映った景色が、オレたちに見えてるこの景色ってこと

 それで、レンズ、水晶体なんだけど、これは遠くのものと近くのものを見るときに厚みを変えることができる。近くのものを見るときは厚く、遠くのものを見るときは薄くなるんだ。でも、人によってその厚みを変える力が弱くなっちゃう場合がある。それが近視とか遠視ってやつだな。オレとか、多分リリカくんも近視、そうでしょ?」


 ユキ兄はリリカに聞いた。リリカはうなずいて、そうですって。


「近視ってのは近くしか見えない、つまり遠くのものを見ようとするとぼやけるわけだけど、水晶体の厚みを変える力を補う方法があって、それがメガネだ。つまり、目のレンズを助けるために、外側にもう一枚レンズを置いちゃおうってことだな。水晶体だけでは屈折させきれない分をメガネで先に屈折させておくってことね。

 じゃあ、屈折ってなんだったか。光の進路を曲げることだよな。屈折ってレンズでだけ起こるわけじゃなくて、例えば水が入ったガラスのコップにストローを差すとどう見えるか。水面のところで折れ曲がって見えるんだよな。でもストローが実際に折れ曲がったわけじゃなくて、そういう風に見えてるだけ。だからある意味光の屈折によって目と脳みそが勘違いしちゃってるともいえるよな」


 ここでいったんユキ兄は話すのをやめた。


「ここまで、大丈夫?」

「言ってることはわかるよ。たぶん」

「はい、大丈夫です。」


 アタシとリリカがそれぞれ応える。それを聞いてユキ兄は満足そうな笑顔。


「じゃあここからいよいよ未来メガネの話だ。結論から先に言うよ。未来メガネは光の『時間を屈折』させてるらしい。……不思議な顔してるな。まあそうだよな、わけわかんないよな。うーん……『時空』って言葉があるでしょ? これ『時間』と『空間』を合わせて呼んでる言葉なんだけど。空間ってのは、オレたちのいるこの場所のなかで、遠いとか近いとか、上とか下とか、あるいは大きいとか小さいとか、そういうものを決める法則の集まりみたいなもの。普通のレンズは、光の『空間』を、つまりどっちからきてどこに向かうのかっていう事を曲げるわけ。それに対して未来メガネは光の『時間』をいじってる。具体的に何が起こってるのかは俺にもわからないけど」


 なんだかユキ兄が急に外国の言葉を話し始めたような気がした。何を言ってるのか分かんなくなってきたぞ。隣のリリカの顔を見ると、アタシほどじゃないけどけっこう、とまどってる様子だ。


「うーん、ごめん。オレ説明ヘタだな。……でも一応最後までしゃべるぞ。未来メガネは光の『時間』を『屈折』させる。さっき水が入ったコップに差したストローの話をしたけど、それと同じで、未来メガネを通して見る景色は、ある意味で本来とはねじ曲がった景色になる。脳がそう思い込む。曲がってないストローが曲がって見えるように、きれいなまんじゅうにカビが生えてるように見える」


「ああ、なるほど、時間と空間……」


 ここでリリカがそうつぶやいた。


「ストローとおまんじゅうの例でなんとなく分かりました。ストローが曲がって見えるのは『空間』の屈折、おまんじゅうがカビて見えるのは『時間』の屈折」

「そうそう、そうなんだよ」

「え、アタシまだ納得できないよ~」

「いやこれ、言ってるオレも分かってるか怪しいからな。別に分からなくたって当然だぞ。」

「ええ~でもこのメガネつけるのはアタシだし、アタシは分かっておいた方がいい気がするんだけど」

「悪いけど、今のオレではこれ以上の説明は無理。単純に『見たモノの未来の姿が見える』で間違ってないからそれでいいよ」

「じゃあなんで説明したのさ」

「ああ、そうだった、さっきさゆ吉が言った、記憶の風景の中で視点を動かせたっていうのを聞いて、話しておいた方がいいかなって思ったんだよ。」

「どゆこと?」

「繰り返しになるけど、最終的にオレたちが見てる景色ってのは、目の網膜に当たった光を、脳が解釈したものなんだ。こういう光が入ってきたってことはこんな景色です、って脳が言ってるんだ。だから逆に、オレたちが見るものによって脳は影響を受ける、とも言える。だから、特別なものを見てるなら、特別なことが起こるのかもしれないなって」

「ええ、なんかこわい」

「そうか? オレはさゆ吉がうらやましいって思うけどな」

「え? ユキ兄が? アタシを? うらやましい?」


 どっからどう見てもユキ兄の方がアタシより恵まれてるじゃん。


「そりゃあ、こんなに面白そうな代物を存分に楽しめるのは、もとから視力がいいさゆ吉だけだもの」

「それは、そうかもしれないけど。まさかアタシの視力がこんなふうに使えるなんて思ってなかったし、別に未来が見えるからってオイシイことなんてそんなにないし。人より早くお花を見れるぐらいでさ」

「そうか……でも、ほんとはオレがさゆ吉だったらって思うぐらい、そのメガネが気になってるやつがここにいるってことは、覚えておいてくれよな」

「そっか、そうなんだ。うん、わかったよ」

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