10. 白いスープの小さな具

 次の日、昼休みが始まると同時にアタシはトイレに行った。昨日と同じく鏡の前でメガネをかける。


「よし、やるぞ沙雪!」


 鏡に映った自分に声をかけて、気合をいれた。

 トイレから出て、廊下の突き当りを見つめる。そこには配膳室があって、給食当番はワゴンを受け取って教室まで押してくるんだ。


 昨日はトイレ出たとこに立って、教室の前側の入り口のところまで来たワゴンを見たから、今日はそこから1歩、2歩ほど近づいた場所に立つ。ずーっとそこで立ってるのもおかしいかなと思って、アタシは壁に寄りかかってポケットからスケジュール帳を取り出して眺めた。そして横目で配膳室の方をチラチラ確かめる。

 ウチのクラスの給食当番が帽子とエプロンをつけて配膳室に入るのが見えた。少し待つとワゴンを押して出てきた。

 アタシはソワソワして、横歩きでワゴンの方へ少し近づいた。

 ワゴンはこちらに近づき、ウチの教室の一つ向こう、5年1組の教室の真ん中ぐらいまできた。その時アタシは気づいた。

 こちらに向かうワゴンの下段。お鍋の頭が傾いて横にはみ出して見えた。きちんと立っていれば見えるはずがないのに。やっぱり昨日見たのは間違いじゃなかった。お鍋が倒れる未来が見えてるんだ。

 ワゴンはさらに近づいて、教室の入り口まで来てそこでカーブ。お鍋の傾きはどんどん大きくなって横倒しになった。ワゴン内にも中身がこぼれてる。

 アタシは見逃さないように、しっかりと、見た。やっぱりスープは白い。具は……ジャガイモ、ニンジン、緑色のはアスパラかな? やっぱりクリームシチュー? でももう1種類具があるような……小さめで丸い形に見える、なんだろ。

 そこまで見つけたところで、ワゴンは教室に入ってしまった。う~ん、これで新しい作戦考えれるかなあ。アタシはメガネを外し、トボトボと自分の席に戻った。


「美沢、お前怒ってんの?」


 空野がそう声をかけてきたから、アタシの表情はそうとうしかめっ面になってたんだと思う。席に座ってからも今見たものを思い出して必死に考えてた。給食を受け取る列に並び、おつゆをもらったところでちょっと驚く。ああ、そうか今日の献立はクリームシチューだったね。


 そのクリームシチューは、さっきメガネで見たこぼれるスープによく似てる気がした。席に戻って食べながら、アタシが見た未来のスープと、今のクリームシチューを比べて違うところはないか考えてた。

 ほとんど同じなんだけど、スープのとろみはこのクリームシチューほどじゃなくて、もっとシャバシャバした感じだったような。


「おーい、美沢、食べ物で遊ぶんじゃないぞ」


 シチューをすくっては、おわんに落とすってのを何度もしながら考えてたら、先生に注意されちゃった。

 とろみとは別に気になるのは、さっき1種類だけわからなかった具。今目の前にあるクリームシチューにも、じゃがいも、ニンジン、たまねぎは入ってるけど、それ以外にさっき見た小さな具は入ってない。


 アタシは目を閉じて、さっき見た光景を思い返した。こちらに向かってくるワゴン、斜めに傾いたお鍋。教室の入り口でカーブするワゴン。録画したドラマをスロー再生するようにゆっくりと。

 教室に入る直前、横向きになったワゴンの中で倒れてるお鍋。周りには中身が飛び散っている。じゃがいも、にんじん、たまねぎ、アスパラ、もう一つ。他の具に比べて小さいそれは、なんか丸い形、飴玉ぐらいの大きさのものとしかわからない。

 あの時のアタシとワゴンの距離は5mぐらいかな、もっと離れてたかもしれない。その距離でそんな小さな具を見分けるなんて、相当むずかしい。けどなんか気になるんだ、どうしても引っかかってるんだ。

 その具が見えた瞬間で一時停止するように、その時の風景を思い出す。あたしの脳みそから引っ張りだすつもりで。

 目を閉じて、うーんうーん、ってうなってると、不思議なことが起きた。記憶の中で5m以上先にあったはずのワゴンが、急に、ギュイン! って近くにきたんだ。いや違う、ワゴンじゃなくて動いたのはアタシの方? カメラがズームアップする感じで、アタシの視点がワゴンに近づいた。目の前にワゴンがあるし、しかもそのまましゃがんで、下段を見れる。そしてアタシは、その小さな具がなにか気づいた。


「アサリだ!」


 そう叫んで目を開くと、席の前に先生が立ってた。


「おい、どうした美沢、大丈夫か?」

「へ?」

「給食中にうんうん唸ってるからどうしたかと思ったぞ。どうした嫌いなものでもあるのか?」

「あ、いや、ごめんなさい、ちょっと考え事を……てへへ」

「ならいいけど、給食はしっかり食べとけよ。じゃないと元気でないぞ」


 先生はそう言ってがっはっはと笑う。クラスからもクスクスと笑いがおきた。恥ずかしすぎるよ~。


「お前、なんか今日おかしいぞ」


 空野までそんなことを言ってくる。


「うるさいな~、ほっといてよ」


 そう言って座りなおして、ため息をひとつ。あーあ、失敗しちゃったなあ。クラスを見回すとリリカが心配そうな表情でこちらを見てたので、大丈夫だよありがとうって気持ちを乗せて精一杯の笑顔を作った。ちゃんと笑えてるかな?

 けど、これであのスープがなんていうメニューか、カンペキにわかった。あの白いスープの正体、それは、「クラムチャウダー」だ。よりによってこの料理とはね。アタシが好きなメニューの1位か2位に入るやつじゃん。クラムチャウダーが食べられないなんてありえない、ぜったいに守らないと。

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