9. 献立表の謎

「作戦会議だよ!」


 アタシがそう宣言したのは、おじいちゃんの蔵の中。今日起こったことをユキ兄と相談したかったんだ。あたしは多少早口で、今日のことを順番に話した。


「ええと、つまり給食ワゴンで鍋が倒れてるのが見えて、それは未来の景色だろうってことだな」

「なんかもっといっぱい話した気がするけど、すごい簡単にまとめられちゃったし」

「大事なのはその部分だろ」

「まあ、そうだけどさ」

「で、さゆ吉はその未来を見てどうしたいと思うんだ?」

「そりゃもちろん、お鍋が倒れないように未来を変えたい」

「なるほどね。でもそれは大変かもしれないぞ」

「そうなんですか?」

「そうだね。まず、鍋が倒れるのはいつかわからないよな」

「ええと、あの時の距離からすると、2,3日じゃないと思う。一週間ぐらい先かなあ」

「なるほど、でもはっきりこの日ってのは決められないよな」

「さゆちゃん、お鍋の中身って見えた?」

「一瞬だったから微妙だけど、なにか白っぽいスープだったと思う」

「白いスープって言ったら、シチューとか?」

「酒かす汁も白い、かな」

「りりかの好きなメニューだね」

「うん、でも近いうちにはなかったような。献立表もってくればよかったね」

「ん? 献立表? アタシ持ってるかも」


 リリカに言われて、アタシはランドセルの中をごそごそ探し出す。


「あった!」

「なんで持ってるんだよ、だめだぜプリントため込むのは」

「まあまあ、今はあってよかったんだからいいじゃん」

「それはそうなんだけど。うーん……」

「いいから、確かめよ?」


 献立表を開いて机に置いた。三人の頭を突き合わせて覗き込む。


「1週間ぐらい先だったよな。ええと……わかめスープ、けんちん汁、ポトフ、春雨スープ……」

「白いおつゆ、ないですね」

「明日はクリームシチューだけどな」

「明日は違うよ、倒れてるのみて驚いて近づいたけど、その距離だと倒れてなかったもん」

「でもな~、1週間先の献立は、白いやつがないんだよ」

「え~、ウソだぜったい白かったもん。味噌汁よりポトフより白かったよ」

「っていわれてもな」

「もしかして、未来メガネで見える景色がでたらめだってこと?」

「そうは思いたくないな。なんか理由があるのかもしれない」

「理由って、たとえば?」

「そうだなあ、距離と日数の関係は大体の感覚で言ってるんだろうから、1週間じゃなく、もっと先とか」

「それ、アタシが間違ってるってこと?」

「可能性の話だよ。でもさゆ吉、絶対に1週間後だって胸を張って言えるか?」

「う、それは、できないけど……」

「でもユキヤさん、今月はその先もシチュー的なおつゆはないみたいです」

「なんで~。アタシが見たのは何だったの」

「さゆ吉が見た未来が正しかったとして考えると、給食のメニューが変更になるってのが一番ありそうなパターンだよな」

「あ、それはたま~にあるね」

「あとは、来月の景色が見えたとかもあり得ますよね。来月の献立表はまだもらってないし」

「うん、可能性としてはある。けど、さゆ吉が1週間ぐらいと感じてる距離だから、来月だと3倍ぐらい離れてなきゃいけない。さすがに勘違いにしても差が大きすぎるかなあ」

「てことは……どうすればいいの?」

「う~ん、一番確実なのは」

「確実なのは?」

「これから毎日見張る」

「めんどくさい!」

「だよな」

「うん」

「じゃあどうすっかねー」


 そう言うと、ユキ兄が腕組みして首をひねって黙り込んでしまう。アタシもリリカもいいアイディアなんか出てこなくて沈黙状態。


「とりあえずだけど……明日もう1回未来メガネでお鍋を見てみるしかないんじゃないか?」

「やっぱそうなっちゃうか~」

「今日は偶然見ちゃったって感じだろ? だからしっかりと見れてない部分があると思うし、作戦を立てるにしても、確実な情報がほしい。まずは、『白いスープ』の正体だな。はっきり料理名が分かった方がいいと思う。」

「校内であんまりメガネかけたくないんだけどなあ」

「何言ってんだ、オシャレは自分を貫いてこそだぞ」

「だって先生に見つかったら、取り上げられるかもしれないし」

「そこは、まあうまくやるしかないな、だって未来変えたいんだろ?」

「うん。せっかく悪いことが起こるって分かってるのに、そのまま何もせずにいるなんて我慢できないよ」

「さゆちゃん、私にもできることがあれば協力するからね!」

「ありがとリリカ~!」


 というわけで今後の方針が決まった。その後、アタシたちは5年生になって初めての宿題をやってしまうことにした。ここならリリカというコーチがいるし。いざとなればユキ兄も使えるしね。とか思ってたら


「自分でやってから、どうしてもわからないところしか教えないぞ」


 なんて言われてしまった。


「リリカ~、ユキ兄がいじわる言うよ~」

「さゆちゃん、あたしもユキヤさんの言う通りだとおもうな」


 リリカまでにっこり笑いながらそんなことを言う。うう、前言撤回、このコーチたち厳しい。

 だけどそれでも同じ場所でいっしょにやれるのはありがたいんだよね。一人だとどうしてもサボっちゃうんだけど、リリカは何かやり始めたら集中力がすごいし、それを見たら自然とアタシもやらなきゃなって気持ちになる。

 リリカはさっきあんなこと言ったけど、質問すれば優しく教えてくれるし、今日はユキ兄の手を借りずに済んだ。教えてもらうのなんだかシャクだし、むしろ良かったよね。

 そういうわけで、アタシにしては珍しく、宿題をもらったその日に終わらすことができたのだった。


「おわった~!」

「おつかれさま、さゆちゃん」

「ううん、こちらこそありがとうね!」

「おお、終わったのか、えらいえらい」


 あきらかに棒読み口調でユキ兄が言う。


「しかしあれだね、リリカくんはいい先生になれるよ」

「うん、それはアタシも保証するよ。すっごい分かりやすかった」


 ユキ兄とアタシが褒めると、リリカは恥ずかしそうに笑ってた。


「ところで、アタシたちが宿題やってたあいだ、ユキ兄は何してたの?」

「んー? まあ問題集軽くやって、そのあとはこれ見てたな」


 と言って手に持ったのは、未来メガネと一緒に見つかった古い本。


「なんか新しいことわかったの?」

「わかるかもしれない、ぐらいかな。ちょっと気になることが書いてあるけど、まだ言えないよ」

「なーんだ、もったいぶっちゃって」

「不確かなこと言えないだろ、今日だってこんなトラブル持ち込まれるし、変な使い方で変な未来見られたら困る」

「なにさ、迷惑なら言ってよね、もうユキ兄なんかに相談しないから」

「ふふっ、まあ怒るなよ。あの日さゆ吉と再会してから、退屈しないで毎日過ごせて助かってるぜ」


 ユキ兄はそう言って、本でアタシの頭をポンポンとはたく。


「じゃあ帰るか~、先降りるぞ~」

 アタシが反撃しようかと思ったら、ユキ兄はスタスタと階段を下りてしまう。


「あっ、ちょっ、まってよ!」


 アタシはあわててユキ兄の後を追いかけたのだった。

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