6. 蔵の中の3メガネ(その2)

「日めくりカレンダー?」

「ご名答」

「それくらい知ってるよ」

「それは何より。んでこれは俺んちの台所にある日めくりカレンダーなんだけどさ、毎日一枚づつめくって、日付を新しくするわけなんだけど、その役目をなぜかオレがやることになっちゃってるんだよな。」

「で、それが未来メガネと何の関係があるの?」

「まあ聞けって、で、オレはこのカレンダーをめくるのを忘れたことはない。今は何日になってる?」

「3月30日」


 リリカが答える。


「そう、つまり今日だ。明日になれば31日、明後日になれば間違いなく4月1日になる。じゃあさゆ吉、メガネをかけてこのカレンダーを見てみて」


 アタシはメガネを頭から下ろして、見た。


「4月1日……」

「いいねぇ! つまり、この距離ならあさっての姿が見えてるってことだな」

「そっか、これならどれぐらい未来が見えてるのか分かるってことですね」

「リリカくん、そのとおり。そんで、このままさゆ吉から離れていくと……」

「わ、わ、わ。日付が進んでる!」


 日めくりカレンダーの数字は4月1日の「1」から2、3、4とまるでデジタル時計みたいに切り替わっていく。


「思った通りすぎてうれしくなるなぁ。さてさっきはここら辺まで離れたかな?」


 ユキ兄はそういって、もう一度おまんじゅうを取り出した。


「まんじゅう、カビてるか~」

「うん」

「日付は?」

「ええと、4月5日」

「ってことは~、このまんじゅうは1週間で半分以上カビに覆われるってことだな」

「なるほどね」


 アタシは、このメガネは未来が見えるってだけですごいすごいと思っていたけど、やっぱユキ兄、頭いいわ。って口に出さずにほめてあげた。


「ねえさゆちゃん、ほんとにカレンダーの日付とか、おまんじゅうのカビとか、そうやって見えてるの?」

「えっ」


 アタシとユキ兄の実験をじっと見てたリリカが、そんなことを言う。


「あっ、ごめんね、何回も聞いちゃって。別にうたがってるとかじゃなくて……ただ、なんか不思議で」


 リリカがそういうのも無理はない。図書館では一応信じてくれたけど、未来メガネのことをきちんと見せるのは、今日が初めてみたいなもんだし。


「うんうん、別に大丈夫だよ。そうだよね、信じられないよね。けど、ほんとに見えるんだよ。おまんじゅうのカビとかすっごいリアルだよ。近くで見たらちょっと、オエエってなるくらい。」

「『オエエっ』はないだろ、この後みんなで食べようと思ってたんだから」

「ユキ兄がおまんじゅうなんか使うのが悪いんじゃん」

「う~ん、まあそれを言われると確かに。でも前のときうまくいったし、他にいいのが思いつかないんだよなあ」


 そう言われてみて、考える。1週間ぐらいで勝手に見た目が変わるもの、うーん、あれ、とっさに出てこない。


「まあでもリリカくん、オレもさゆ吉がどんな風に見えてるのかはわからないけど、ウソをついてるようには思えないよ」

「はい、さゆちゃんはそんなウソはつきませんね」

「ふたりとも、ほめてもなんも出ないよ~」

「そんなに上手にウソをつけるタイプでもないしな」

「ひとこと多い!」


 アタシがそういうと、あははと二人は笑った。それを見てアタシまで笑っちゃってたんだ。


「さて、今日試したいことはできたかな、しかし大成功だったぜ」


 そう言って満足そうに腕を組むユキ兄。その表情はドヤ顔としか言えない感じ。


「今日の実験はあの本に書いてあったの?」

「ん~、直接書いてあるわけじゃないけど。読み取れた内容を確かめてみたってとこかな」

「他にはなんか書いてあった?」

「気になるところはあるけど、まだ解読中。読み取りにくいとこもあるし、古めかしい言葉使いだし読みにくいんだよな」

「へ~、そうなんだ、ユキ兄でも難しいとか、アタシじゃ絶対ムリだね」

「それはどうだろうな。そりゃ今すぐは難しいかもしれないけど、きちんと勉強するなり、時間かけて頑張れば、ムリってことはないと思うけど?」


 ユキ兄は本とにらめっこしたままそう応えたから、びっくりした。絶対からかわれると思ったのに。


「ねえ、さゆちゃん、目つかれてない?」

「え、なんで?」

「メガネかけて物をじーっと見たでしょ。私がメガネかけ始めた時、すごく目がつかれたから、だいじょうぶかなって」

「うーん、今のところなんともないかな」

「でも確かに目は大事にした方がいいぞ、未来メガネはさゆ吉の視力があるからこそ輝くんだし」

「まあ、今まで気にしたことないけど視力下がったことないし、だいじょぶだと思うよ」

「でも気にしないより、した方がいいよ、さゆちゃん!」


 リリカが胸の前で両手をギュッと握ってそういう。


「うん、わかったよリリカ。でもどうすればいいんだろ。ブルーベリー食べるとか?」

「まあ、本読むとき顔を近づけすぎないとか、遠くを見るようにするとかはよく言われてるけどな。少し意識するくらいでいいんじゃないか? でも何かおかしいと思ったらすぐ教えてくれよな」

「めずらしく優しいじゃん。あれでしょ? 未来メガネの実験できなくなるからでしょ?」

「そうじゃないとは言えないけどさ、でもオレとか目が悪いから、目がいい人にはそのままでいてほしいんだよ。なあリリカくんもそうだろ?」

「はい、ほんとそうですね」

「メガネだって不便なのは間違いないしな。ラーメン食べるときとか曇るし」

「ドッジボールの時、こわいです」

「へ~、そんなもんか」

「そういうもんだ」


 アタシが勝手にあこがれてたメガネ。けど実際にいつも使ってる人からすると、いろいろあるもんだね。


「さて、じゃあ今日も、未来を変えるとしますか」


 ユキ兄はおもむろにそう言って、月水堂のおまんじゅうを二つに割った。


「今日は三人だから、はい、こっちの大きいほうを二人で分けて」


 ユキ兄から受け取ったおまんじゅうの片割れを、アタシがまた二つに割ってリリカに渡す。


「未来を変える?」


 今回が初めてのリリカが尋ねる。


「ああ、そうさ。カビに覆われてしまうはずだったまんじゅうを、みんなで協力して食べてしまうことで、もうカビは生えなくなる」

「なるほど、未来が変わってますね」

「そう、未来は変えられる! いただきます!」


 ユキ兄はおまんじゅうを高く持ち上げて大きな声で宣言するものだから、アタシとリリカは思わず笑ってしまった。


「じゃあ、いただきます。……あ、おいしい」

「だよね~、おいしいよね月水堂」

「おいしいまんじゅうだけど、まあほっておけばカビも生えるよな。でもまあこのおいしさだけは未来永劫かわらないでほしいもんだね」


 口をもぐもぐ動かしながらしゃべるユキ兄。行儀悪いぞ。


「ああそうだ、これ渡しとくよさゆ吉」


 そう言いながらユキ兄から渡されたのは


「なにこれ、カギ?」

「そうそう、この蔵のカギ。次集まるときは学校始まってるだろうからな。さゆ吉たちが先に来た時に入れたほうがいいだろ」

「うわ、やった。すごいね秘密基地みたいだね。リリカ、また一緒に来ようね」

「うん、私、ここの雰囲気すきだな」

「リリカくんは、本読むの好き? ここにあるじいちゃんの本も見たかったらみてもいいからね」

「わ、いいんですかうれしい」

「オレの本じゃないけど、本もほこりをかぶってるよりも読まれた方がうれしいだろうし。何の本かわからないのがたくさんあるけど、どっかには昔の文豪の小説とかもあったはずだぜ。きちんと調べたわけじゃないけど」

「じゃあ、私が調べます!」

「わ、すごい、リリカが燃えてる」

「私、図書館の司書とかあこがれてて、これだけの立派な蔵書調べてもいいなんて、ううん、ちょっとゾクゾクします」

「リリカにそんな夢あったなんて知らなかったなあ」

「ありがとね、さゆちゃん。今日ここに連れてきてくれて」

「そんなの、全然だよ。ていうかアタシがついてきてもらったんだし」


 目をキラキラ輝かせてるリリカを見てると、こっちまでうれしくなるよね


「喜んでもらえて何よりだぜ。でもまあ、今日のところはそろそろお開きかな。暗くなる前に帰ろうぜ」

「え、もうそんな時間?」


 窓から外を見ると、空の色が少しづつオレンジ色に変わりかけていた。アタシは、メガネがちゃんと頭に乗ってるか触って確かめる。未来の景色を見てるんじゃないかって思ったんだ。だって時間がたつのがすごく早く感じたんだもの。

 そしてアタシたち三人は蔵を出て、ユキ兄がカギをかけた。

 アタシは改めて蔵を見上げて、未来メガネと出会ったあの時からのことを思い出していた。

 未来が見える不思議なメガネと、ユキ兄との再会。ユキ兄はアタシにいじわるなことを言うけれど、いろいろなことを知ってて頭がいいし、話してて楽しい。

 そしてメガネの秘密を知ってるリリカ。仲良しのリリカとおそろいでメガネをかけれるのはうれしいし、未来が見えることもすぐに信じてくれてほんとによかった。

 この蔵で、三人で、ずっと遊んでいられたらいいのにな。

 家に帰りながらアタシはずっとそんなことを考えてたんだ。

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